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エッセイ162:信頼と安心のコミュニケーション実現のための前提条件

 今まで呟いてきたエッセイで、コミュニケーションに関する問題とあり方、そして基礎的知識やスキル修得について、かなりの頻度で取りあげました。テーマ別で括ってみれば、その回数はベスト3に入ると思います。仕事では当然として、私的な日常生活においても、コミュニケーションという手段が意思疎通の重要なファクターなのです。コミュニケーションを抜きにして、信頼を土台とした人間関係は成り立ちませんね。そのような思いが根底にあるからこそ、コミュニケーション関連のテーマを意識して取りあげたのだと思います。
 技術革新の波は、旧来のコミュニケーション方法を飲み込んで、そのあり方の本質さえも変えようとしている気がします。しかし、簡単な言葉や画像のやり取りだけで成立するほど、信頼と安心のコミュニケーションは単純ではありません。仕事であれプライベートであれ、多くの人の手を経て課題が解決されるのです。時代がどのように変化しても、信頼と安心を支えるインフラ(土台)は、コミュニケーションの質と量であることに変わりはありません。
 そんなことを思いながら、久方ぶりにコミュニケーションのあり方に言及したくなりました。信頼と安心のコミュニケーションを実現するための土台は何か、どうやって能力を磨きあげたらいいのか、改めて考えてみたいと思います。

信頼と安心のコミュニケーション実現のための前提条件

 コミュニケーションというのは、自分の思いや感情を伝えて“はいお終い”というものではありません。コミュニケーションの真意を強調するために、Two‐way(双方向)コミュニケーションという言い方がされます。One‐wayであればプロパガンダです。Two‐wayでなければ、コミュニケーションとは言えないのです。
 コミュニケーションの語源的な意味は、“ある共通なものを他人と交換し合う”ことです。定義づけすれば「コミュニケーションとは、なんらかの手段で、あらゆる情報、或いは意思・感情の伝達、交換、共有化を行なう活動」ということになります。現実の仕事場面では、顧客の対応(打合せ、商談、説明、対話など多種多様)、窓口でのやり取り、組織内での報連相(報告、連絡、相談)、チーム活動、意思決定に向けてのディスカッション、会議での質疑応答、ICTを媒介とした対話など、かなりのウェイトでコミュニケーションが介在します。そこには、直接か間接かを問わず、必ず相対する人が存在しているのです。常に申しあげていることですが、日常の生活環境を鑑みれば、自分一人では生きていけません。ですから、異なる考えや意見が存在することを認めて、問題や課題を解決するために、知恵を出し合って集約しなければ立ち行かないのです。さらに、関わりのある皆さん方は、意思決定したことを遵守する義務を負うことになります。これらは、コミュニケーションという重要なプロセスを経て陽の目を見ることになります。元来、組織運営において蔑ろにできないのがコミュニケーションであることが明らかです。30年以上も前に企業内教育担当に従事してから、常にコミュニケーションの重要性を意識して現在に至っております。
 一方、言動を含めたコミュニケーションのあり方が気になる場面があります。何年か前からは、特に気になり始めました。マスコミに登場する頻度が高い(=非常に影響力の高い)有名な方々だけではなく、日常の身の回りにおいても感じることです。一昨年の東京都知事選挙、昨年の都議会議員選挙や衆議院議員選挙における候補者や関係者の発言には、何とも言いようのないコミュニケーション能力の稚拙さを感じました。私が気になった言動の一部を紹介したいと思います。

“初めて聞く難しい言葉、抽象的なスローガンで終始する”(影の声:何を言わんとしているのか、何をされたいのか、見えてきません。理解できません。…)
“他政党の批判を声高に訴える”(影の声:あなたの政党に何ができるのですか?そう仰るあなたの政党の足元は大丈夫でしょうか?何とも聞き苦しい。…)
“選挙公約の理由や根拠、財源などの説明があまりにも少ない”(影の声:それでは支持できません。本当に実現可能なのですか?それでは信用できません。…)
“質問に対して、曖昧な言い方で煙に巻いたり、はぐらかしてしまう”(影の声:質問に対して明確に回答して欲しい!正直に回答して欲しい!上から目線で、何か見下されているように感じます。有権者を甘く見ないで頂きたい。有権者を馬鹿にしていませんか!…)
“何年か前の発言と異なる考えを、顔色変えずに訴える”(影の声:恥ずかしくないのでしょうか?カメレオンみたいで、信頼できそうにありません。…)
“何年か前と同じ政策を、選挙の度に掲げる”(影の声:今まで何をされてきたのでしょうか。言行不一致ではありませんか?実現不可能ではありませんか!…)
“一方的に弁明して、一切質問を受け付けない”(影の声:何が○○ファーストだ!自分ファーストではありませんか!本心は聴く耳をお持ちではないんだ。…)
“苦し紛れの答弁、間違った答弁を平気で繰り返す”(影の声:口は禍の元。覆水盆に返らず。厚顔無恥。…)…… 。
 ほんの一例ですが、脱線しそうですから、これ位で止めておきましょう。

 学歴、職歴などの経歴に圧倒させられる方々ですから、知識も語彙も表現力も豊富なのでしょう。巧みな話術で堂々と話されます。言い訳表現も朝飯前なのでしょう。しかし、繰り返し拝聴すれば、その場しのぎの発言を平然とお話しされていることが、透けて見えることだってあります。数年前の発言を、顔色変えずにひっくり返す発言にも出会います。自分本位の言い訳、質問に対して回答をはぐらかす言い方は、真剣にコミュニケーションを図る姿勢とは程遠いですね。支離滅裂な言い訳に至っては、感受性や倫理観・人間観を疑ってしまいます。また、傾聴姿勢を感じさせない姿は、自信がないことを自己証明しているとしか思えません。
 結局、固有専門能力がいかに高くても、共通専門能力は低いのだと判断せざるを得ません。特にコミュニケーション基礎能力はお粗末で、一般社会の常識には疎く、健全な庶民感覚も持ち合わせていないように映ります。使命感の塊だと錯覚しそうになる方もいらっしゃいますが、選挙の時の渡り鳥風景に接すると、もう信頼感は地に落ちてしまいます。
 綺麗ごとだけでは務まらないのが政治の世界なのでしょう。そんな姿を見せつけられると、少しは理解できなくもありません。しかし、発言する前に、場所柄・相手の状況・使う言葉の一言一句・表情などを、キチンと整理し整頓してから言葉を発するのが、政治家の基本要件ではないでしょうか。一度立ち止まって、言って良いのかどうか考えてから、覚悟の上で発言するべきだと思います。そんな潔さの一滴を見せてください、と申しあげたくなります。選挙の時だけ笑顔を振りまき、低姿勢で両手を握り、時には涙を流して投票をお願いされても、客観的な眼で観察すれば、政治家=自分ファーストの権化に見えてきます。在宅医療・予防医療も含めた地域包括ケアには、○○ファーストという考えは適合しません。二年以上も前から、○○ファーストなんて表現は勘弁して欲しいと思うに至りました。政治家にとって言葉は命であるはずです。政治は言葉を手段とした営みとすれば、発した言葉に責任を持つことは当然として、発する言葉を吟味し、理解されるまで丁寧に対話することが重要な任務の一つではないでしょうか。批判、攻撃、その場しのぎと感じてしまう大言壮語、理解できそうもない横文字言葉(独語のaufhebenに至っては、呆れ果ててしまいました)が闊歩する主張や説明には、もううんざりです。
 そんな場面を睨みつけたとしても、参政権を放棄する訳には参りません。一人ひとりを評価する情報も非常に限られていますが、その範囲から難しい選択をするしかありません。そんな時の気分転換策として、私はこうしています。醜い自分ファーストを反面教師とすることです。“人のふり見て我がふり直せ”と、 私の言行を看脚下することにしています。自己啓発的振り返りを押し付け風に自己奨励しています。あれこれと紙面を割いてしまいましたが、これがコミュニケーションの実態なのです。
 それでは、どう対処したらいいのでしょうか。永遠の課題かもしれませんが、私が実践している小さなアクション例を紹介したいと思います。

 いのうえ塾で実施するコミュニケーション基礎講座に、“コミュニケーションの難しさ体験ゲーム”(以下、体験ゲーム)があります。その中で、声を大にして問いかけていることが、信頼と安心のコミュニケーションを実現するための前提条件(或いは、行動理論)を、どのように捉えるかという本質的側面についてです。私自身の数多くの苦い失敗体験からも、本質的側面をハッキリと申しあげたいのです。私が考えている当たり前の前提条件が、見過ごされていることが多いと感じているからでもあります。
 コミュニケーション能力を磨きあげる一番の前提条件は、コミュニケーションの定義に鑑みて『コミュニケーションの難しさを、常に意識すること』です。一週間の基礎講座においては、この行動理論をサブタイトルとして、切磋琢磨しながら学び合うことにしております。体験ゲーム(2~3時間)では、『共通に理解できる言葉を活用することの重要性、必要性を認識すること』、『共通認識を確認して共有化しておくことの重要性を理解すること』の二点を狙いの中心に据えた進め方を心がけております。これらの前提条件をどう位置付けるかによって、受講者の克服目標は大きく異なってきます。信頼と安心のコミュニケーション実現の重要なポイントなのです。
 何年もの間、薬学生や現役薬剤師との教育機会を通して、つくづく実感させられることがあります。信頼と安心のコミュニケーション実現のための前提条件をどのように捉え、それを意識した実践的教育が行なわれているのだろうか、という疑問です。開催することが目的の教育機会ほど、無駄で無益なものはありません。体験ゲームを始めとした基礎講座での受講者の実態から、そんな危機意識が常につきまとってしまうのです。コミュニケーションの根幹は、行き着くところが人としての揺るぎのない信頼関係ではないでしょうか。友好を伴った信頼に至るかどうかです。それは、発酵と同じで、時間をかけた熟成というプロセスが必要です。“コミュニケーションの難しさを、常に意識すること”の本質の一つは、『人間同士の信頼関係は、一朝一夕には得られない』ということなのだと思います。

 さて、“コミュニケーション能力を高める一番の方法は何か?”と問われて、私は何と答えるでしょうか。10年来、こう言い続けております。『多くの人と、積極的に対話すること』と。それも、意見の異なる人、気難しい人、聴き上手の人、口数の少ない人など、いろんなタイプの人と対話することです。コミュニケーションの定義、信頼と安心のコミュニケーション実現の前提条件(行動理論)を意識して、赤ちゃんも含めた老若男女と、笑顔で対話することです。自分:相手=49<51を思い起こし、心を啓いて対話することです。自発的な対話を続けるプロセスこそが、何にも増して身近で最良の能力開発手法ではないでしょうか。これが私の見解です。
                                                                         (2018.4.15記)

エッセイ161:箴言・提言・切言・善言、失言・暴言・放言、… 〇言いろいろ

 今回は9年前に呟いたエッセイのリメイク版となります。
 2009年の立春も過ぎた2月のある日、国語辞典と睨(にら)めっこしながら、「○言」という言葉を調べたことがありました。いつの間にか夢中になり、70語以上も確認できました。一つひとつの意味を書き出して比較すると、あることに気づいたのです。同義語として括ることができそうなのです。あってはならない○言、戒めなければならない○言、気をつけて発しなければならない○言、もっと発しなければならない○言、…… 様々な○言がありました。
 併せて、それら意味を意識しながら、私の人生を振り返ってみたことも思い出されます。赤面、青面、… 反省しなければならない○言が、記憶の中にしっかりと残っていました。その事実をキチンと認識しながら、人間同士のコミュニケーションの多くは、共通語である言葉を媒介として成立していることにも気づかされます。そんなことが少しでも理解できれば、言葉の使い方、口のきき方も、相手のことも考えてから発することができると思います。良好なコミュニケーション実現のあり方を考えるきっかけになったことは、思ってもみなかった収穫でした。

箴言・提言・切言・善言、失言・暴言・放言、… ○言いろいろ

 暴言・侮言・雑言・讒(ざん)言・誣(ぶ)言、これらは、絶対に慎まなければならない言動ですね。
 流言・造言・空言(そらごと)・虚言・戯言(たわごと)・妄言は、“根拠のないうわさ、デマ”とか“偽り、うその言葉”という意味になります。意味が似通っている兄弟言葉の数の多さから、人間の心の中が透けて見えてきます。狂言も同類項と言っていいでしょう。“偽り”に関する言葉が、こんなに数多く存在するのかと思うと、ゾッとします。これらも、慎まなければいけない言動になります。それまで築いた信頼関係が瓦礫と化してしまう言葉に、食言というのがあります。

 広言・高言・大言も巧言も、傍から観ればみっともなく、場合によっては耐えられなくなります。その人の品性そのものが現れてきそうです。
 それぞれの言葉の意味を調べてみると、無責任な発言となる放言や、うっかり発言の失言は、まだ可愛らしくみえてしまいますが、政治家や名を成した有名人がやってはいけません。本音は聞きたくないのが繰言・泣言ですが、聞いているだけで相手の心が晴れる場合もあるので、時間に余裕があれば奉仕の精神を発揮していることにもなりそうです。

 名言・金言・格言・箴言は、人生における方向性を示してくれる言葉です。私たちの心の必活お助け人の役目を果たしてくれます。教育担当にとっては、話材として活用させて頂く機会が多いこともあって、私の本棚には何冊かの名言・格言集が常備されています。

 20年近く前の転職を機に、心に決めた優先度の高い行動指針があります。それは、発言・宣言・公言・提言などです。。進言・諫(かん)言・直言も、状況に応じて率直に申しあげることにしました。苦言・痛言も厭わない覚悟でしたね。また、心を尽くした切言・忠言・助言も、同じ位置づけにして意識するようにしました。
仕事を誠実に遂行するに当たっては、確言・明言・極言・揚言はもとより、換言・詳言・約言・略言にも気を配るようになりました。場合によっては、断言・曲言・寸言を駆使するように心がけたと思います。当然、善言となるような言葉を考えながら選ぶことが、いかなる場合にも前提としなければなりません。
 一方で、甘言・贅(ぜい)言・妖言にならないよう、常に気をつけております。また、なかなか難しいのですが、売り言葉と買い言葉は封印するようにしています。感情的な対処法では、解決の糸口が途絶えかねませんから。

 それ以外にも、たくさんの○言に出会いました。
 国文法の概念としての体言・用言を初めとして、謹言・祝言・通言・方言、一言・千言・万言・俗言、不言・有言に付言・前言・後言・独り言、証言・代言・遺言、綸言、……… 。そうそう、予言というのもありました。その予言、狭義ではキリスト教の神のお告げをさし、預言とも言われているそうです。

 まだまだありそうな気もしますが、新たな○言に出会いましたら追加したいと思います。
 根をつめてまとめていたら、チョッピリお疲れモードになってきました。譫言(うわごと)にならぬよう、このあたりでペンを置くことにしましょう。

 そうそう、どなたが発せられたのか不明ですが、こんな箴言もありました。薬や病という言葉に敏感な私ですが、そんなこととは関係なく納得できる戒めの言葉です。

 「苦言は薬なり、甘言は病なり
                                                                    (2018.5.10記)

エッセイ160:WELCOME なかたシップへ


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 平成31年4月入社の新卒新入社員を対象とした採用活動が本格化しております。その一環としてのインターンシップも、売り手市場が顕著になり始めた数年以上前から、全ての業種で過熱化しているように感じます。私が人材開発部長を務めます中田薬局(本店:岩手県釜石市)は、釜石市内に5店舗の小さな企業だからでしょうか、大学主催の就職セミナーでは、学生の皆さんになかなかお越し頂けないのが実情です。あれこれ手を尽くしているのですが、残念ながら成果に結びつきません。薬学生の採用業務に携わって20年近くになりますが、これだけ薬学生の心に入っていけなかったことはなかったと思います。これが厳しい現実なのでしょう。
 数年前から、採用のあり方を再構築してみました。薬剤師の卵である薬学生に対して、東日本大震災に関連する啓発活動とインターンシップを組み合わせて、小企業だからこそ実践できるやり方をオンリーワン的視点で企画することにしたのです。試行錯誤の結果「なかたシップ」(中田丸=中田城)と名付けて、こうありたいと思い描いている本質的インターンシップを立ち上げました。二年前のことです。採用活動は手段であって、これからの薬剤師のあり方を共に考える機会の提供を第一義として、薬局薬剤師の可能性の追究をメインにした中身にしております。
 今回のエッセイは、昨年度3回目のなかたシップを紹介したいと思います。

WELLCOME なかたシップへ

 一昨年4月にスタートさせました“なかたシップ”ですが、昨年度は3回ほど開催いたしました。在宅同行見学、特養老人ホームカンファレンス見学、他職種従事者の講義、参加学生の学事日程など、自社以外の複数箇所との調整が必要なことから、最終日程が確定するまで時間を要することになります。また、首都圏薬学生の参加が多いこともあって、被災地見学の時間確保にも頭を悩めることがありました。このような事情もあって、年間開催数は数回程度が限度になります。
 先ず、平成29年度3回目の「なかたシップ」の主なスケジュールを紹介しましょう。9月25日(月)~28日(水)の日程で、首都圏から同じキャンパスで学んでいる2名と弊社で実務実習中の薬学生1名(全員が5年生)に参加頂きました。

初 日:平成29年9月25日(月)
 ・被災地見学:釜石市鵜住居地区・両石地区、大槌町旧市街地・医療機関
 ・初日の振り返り
二日目:平成29年9月26日(火)
 ・オリエンテーション
 ・これからの薬剤師のあり方、調剤薬局の方向性を考える
  *東日本大震災の釜石方式、チームかまいしによる地域包括ケア、他職種連携の実際など
 ・実務担当者(薬剤師)による処方医との連携事例、介護施設との連携事例の紹介
 ・特別養護老人ホームでの全職種参加のカンファレンス見学
 ・介護福祉士&ケアマネジャーによる薬科介護連携事例研究、介護福祉士からの薬剤師への期待
 ・在宅看護師による薬剤師・看護師の連携事例研究、看護師からの薬剤師への期待
 ・二日目の振り返り、まとめ、レポート作成
 ・現役薬剤師との懇談会
三日目:平成29年9月27日(水)
 ・オリエンテーション
 ・介護施設見学
 ・患者様宅在宅医療同行見学(薬剤師2名に同行、全4患者様宅)
 ・三日間の振り返り、まとめ、質疑応答、レポート作成、感想発表

 患者様を始めとして、介護施設、特別養護老人ホームのご協力を賜りました。また、在宅医療に熱心な介護福祉士、看護師からは、貴重な体験談と薬剤師に対する期待や思いを拝聴できました。
 患者様宅同行(2名の薬剤師に同行、全4件)では、薬学生が描いていた以上の活動実態を目の当たりにして、薬局薬剤師のイメージが様変わりしたという実感を抱いたようです。感想の詳細については、機会を改めて取りあげたいと思います。
 二日目のオリエンテーションでは、将来を考えるための本質的着眼点について、問題提起を中心に私見を投げかけております。三日間のこの体験を、三期目の実務実習の中で活かしてくれることを強調しました。その講義録は、下記の通りです。その一部を紹介したいと思います。

 おはようございます。ようこそなかたシップへ!
 中田薬局が目指している今年度3回目のインターンシップに、今回は3名の皆さんにご参加頂きました。先ずは、お礼の言葉を申しあげたいと思います。誠に有難うございます。
 スタートにあたりまして、30分間のオリエンテーションを進めさせて頂きます。人材開発部の井上が進行役を務めます。宜しくお願い申しあげます。人事と人材育成が主な仕事です。  *簡単に自己紹介(OHP)
 このオリエンでは、なかたシップのねらい、スケジュールを中心に進めて参ります。最後に、皆さんの自己紹介もお願いしたいと考えております。
 先ず、わざわざ「なかたシップ」と命名した理由から紹介させてください。
 一にも二にも、現在のインターンシップのあり方に対する“大いなる不満”と“私達が思い描いている理想のインターンシップの実現”に尽きます。多くの会社の似たり寄ったりの内容、本質が見えてこない内容に対して、だから薬剤師の存在意義が認知されない、存在価値が上がらないというちょっとした憤りのような思いが出発点でした。
 そこで、「なかたシップ」(中田丸=中田城)と命名し、本質追究を旗印として掲げて、あるべきインターンシップを立ち上げた次第です。まだまだ未熟で、発展途上ですが、そんな思いを受け止めて臨んでくれたら嬉しく思います。
 その志を基にしたなかたシップのねらい(参加者向けの目的)を申しあげます。
 一つは、正に就職活動(就活)の本質を考えて頂くこと、つまり自分自身の将来を考えて頂くことです。就活というのは、企業研究や仕事研究も含みますが、一番重要なことは、「仕事の本質(何のために仕事をするのか)を考えて、その重さを覚悟すること」です。その上で、「どのような人間になりたいのか、どのような薬剤師を目指すのか、今持っている能力で意思決定すること」です。ここが大きなポイントです。これを疎かにした人の多くが、社会に出てから意味のない転職を繰り返すことになります。(キャリアアップの転職はOK)
 二つ目は、難しいテーマになりますが、これからの自分自身の生き方を深耕することです。あなた方のこれからの人生の本質を考えること、それも掘り下げて考えることです。何故このようなことを申しあげるのかというと、30才までには自分の居場所を特定して欲しいからです。“どこの場所で、何をライトワークとして社会貢献するのかを、30才までに決めなさい”ということです。時間が過ぎるのは速い。決められない人は、当てにされない薬剤師で終わって
しまう可能性が高いと思います。(私見)
 この二つのねらいを土台(プラットフォーム)として、なかたシップを企画しました。そして、これらのねらい実現のための内容が、事前配布いたしました“なかたシップ3スケジュール”になります。(内容説明:時間帯、予定カリキュラム、場所、担当など)
 毎日の振り返りでは、簡単なレポートをお願いする予定です。皆さんの声を参考にして、なかたシップをより意義のある形にレベルアップしたいのです。ご協力のほど、宜しくお願い申しあげます。それ以外の重要な着眼点は、その都度申しあげたいと思います。
 オリエンテーションの最後は、皆さんの自己紹介をお願いいたします。(氏名、大学名・所属講座・学年、出身地、なかたシップ参加理由、その他)有難うございました。

 なかたシップの運営には、時間・費用ともにかなりの負担が生じることも事実です。しかし、参加者の内発的やる気が明らかに高まること、それまで抱いていた薬局薬剤師のイメージが様変わりしたという感想を聴くにつけ、薬剤師の後輩育成という使命感を維持して継続開催する所存です。

                                                                       (2018.3.16記)

エッセイ159:怒りを鎮めて…焦らず腐らず日々努力~悔しい体験から逃げないこと


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 私が持ち合わせていると自認する課題解決法は、時間がかかっても、諦めないで、コツコツ努力を積み上げることしか見当たりません。優先順位に沿って、目の前の問題・課題と向き合い、考えついた対処法を実践することが、私にできる唯一の手法なのです。結果がどうであれ、その結果を受け入れる覚悟を以って臨むようにしております。
 そこに至った理由が何であったのか? この際まとめておきたいと思います。
 私の場合は、自覚しているいくつかの悔しい出来事が原点でした。それしか考えられません。そんな出来事が積み重なって、気がつけば“こんな事で負けて良いの?‼ …… 負けてなるものか!”という前向きな姿勢に繋がるようになりました。私のモチベーションを高める要因の一つとなったのです。平成30年という節目に、その出来事を振り返ってみたいと思います。

怒りを鎮めて…焦らず腐らず日々努力~悔しい体験から逃げないこと

 5年近く前になります。一生忘れてはならない私の初心を、隠すことなく正直に呟きました。“私が未熟だった時の出来事を忘れるな”というのが初心の本意です。その時の心情は、居たたまれないほどの気持ちから逃げ出したい一心でした。本音は悔しさでいっぱいでした。昭和60年代から平成10年代前半までの期間は、私の初心の溜まり場でしたね。その後も、情けないほど悔しい体験を何度か味わいました。先ず、3年前のエッセイで紹介した実例に再登場して頂きましょう。
 全国規模の販売会社では、エリア毎の売上構成比率が、施策面での重点地区設定の優先度に影響してきます。マーケティング戦略と戦術は当然として、人事面、社員教育面などにも少なからず反映していたことでしょう。私が20数年間お世話になりましたハウスホールド・パーソナルケア・サニタリー製品(在籍当時の取扱商品カテゴリー)卸売業のK販売は、各県毎にその地域の問屋が中心となって単一メーカー製品専門の卸売業として設立されました。以降、全国シェア(市場占拠率)ナンバーワンを目標に、何度かの合併をくり返して全国を一括カバーする会社に成長しました。何年か前に社名を変えて現在に至っているようです。
 私が退職した17年ほど前には、全国9拠点体制で運営をしておりました。北海道、東北、東京(関東1都7県)、中部、近畿、中国、四国、九州の8支店と支店を統括する本店(東京)がありました。K販売の売上高は、いわゆる東阪名(東京、中部、近畿)の3大経済圏で70%を優に超えていたと記憶しております。日本全体の人口の7割弱(2010年国勢調査データ)ですから、当然の結果でしょう。
 私が在籍しておりました1992年(平成4年)当時の東北地区(青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島の6県)は、人口構成比が対全国比8%弱で、売上高構成比も7%ほどだったと思います。一方、エリア面積は日本全土の17%近くもありましたから、活動面での生産性向上には頭を悩ませました。そのような実態は、裏を返して考えてみれば、業務革新の宝庫だったと思います。しかし、歴史によって培われた暗黙の劣等意識が大きく勝っていました。それが生の姿でした。いずれにしても、売上高規模と売上高構成比率が、あらゆる面での序列順位となっており、それが当たり前という環境の中にありました。
 その会社では年2回程度の頻度で、全社あげてのベストプラクティス発表会がありました。半期間の創造的チャレンジ活動の成功事例発表会です。全国の中で注目される先進的なベストプラクティス事例が、毎回数テーマ発表されました。具体的には、消費者への購買促進策成功事例、コンサルティング的売場改善提案事例、効果的効率的な販売活動革新事例、事業所の仕事改善事例など、企業理念や基本方針の具現化が顕著であった活動実践事例です。取りあげられる事業所は、売上高構成比の7割を占める東阪名地区がメインでした。一方、影響度が低い地区(つまり、ABC分析による売上高構成比がBランク、Cランクの地区)の場合、頑張りが評価される度合いが低かったと思います。そのような状況下で怖かったのが、東北地区のようなB・Cランクの地区では“それで当り前、それが当り前”という意識が染み付いてしまうことでした。そのような現状に甘んじてしまい、常に五番手、六番手でオーライ、という負け犬根性に蝕まれてしまうことでした。それ以上に、そういう認識すら感じなくなってしまうことを恐れた時期もありました。
 卸売業であっても、当時の組織形態には、人事、総務、経理、教育、物流などの間接部門も地区毎に存在しておりました。私の配属先は、新設部門の教育部でした。新設部門ですから蓄積されたノウハウもありません。先ず、自分自身を一人前の教育担当にすることから始めなければなりません。それから数年間、全国の教育担当者育成のプロジェクト活動が頻繫に行なわれました。仕組み作り、教材作り、マニュアル作りと、真新しい白いキャンバスに新たなロードマップを描く活動です。不慣れな活動を未熟な能力で実践しながらのプロジェクトでしたから、今振り返ってみれば、よくやれたと思うほどの10年間でした。教育を始めとする間接部門においても、売上高構成比の高低による影響度が巾を利かせていたと思います。(本音では)生々しい実態を詳しく申しあげたいのですが、際限がありませんので話を先に進めましょう。
 売上高構成比の高い東阪名地区の活動には、目を見張る成功事例、取り入れるべき成功事例が、それなりに存在はしておりました。また、会社全体を背負っているという自負心、そして背負っているというプレッシャーを感じながらの活動には、素直にリスペクトしておりました。一方、何年かして全体が見えてくると、首をかしげたくなる活動、当地にはフィットしない活動も分かってきました。そんな事例を“参考にせよ。真似をしなさい”と押し付けられたことが、一再ならずあったように記憶しております。
 このようなこともありました。私が担当する人事教育部門において、明らかに素晴らしい成果に結びついた活動が看過されたことです。問題提起をしても、見向きもされずに無視されたこともあります。一方的に、業務連絡一本で報告書の提出を求められたことだってありました。事実と異なる実態を指摘されたり、訳もなく威張り散らされた出来事は、今でも反面教師として忘れることはありません。正直に申しあげますと、精神的にはかなり腐りました。腹の底から怒り、眠れないほどの悔しさから、任務を投げ出したくなったことも何度かありました。しかし、頭を冷やして考えれば、それでは何一つ産み出すことが出来ないばかりか、結局、私自身が負けたことになりますし、部下に対して顔向けができなくなります。そんな思いが数ヶ月続いたある時、一つの指針が私の眼に留まりました。それは、アオイクマの五ナイ精神でした。五頭のアオイクマたちは、私の内面に冷静さを呼び戻してくれました。「焦らない」「怒らない」「威張らない」「腐らない」「負けない」です。これらは、他人事精神を排除した自戒の心構えです。アオイクマに出会って数日後には、「こんなことで負けてたまるか!」に至ったのでした
 人は誰でも、自分自身の未熟さを置き忘れて冷静さを見失うことがあります。気がつけば、失敗の原因を対他要因に求める、感情が先に立って失言・失態を繰り返す、という見苦しい対処法をとることになります。「焦る」、「怒る」、「腐る」では、暗に負けを認めたことを意味します。ある時、こう決めました。悔しい体験から逃げないで、焦らず腐らず日々努力しよう。小さなサクセスストーリーを、一つひとつ積みあげよう。…… と。日々の小さな積み重ねが、私の人生の石垣を築いていくのだと思います
 地味な行いを重ねる毎に、そんな行動姿勢を自然体で実践できるようになりました。謙虚の二文字を心に刻んで、一生学ぶ人であり続けるようになりました。そうすることが、私の座右銘である誠実であることを、思い出させてくれたのでした。


   我、決して焦らず、腐らず、辛抱して平凡なことをやり続ける。
   我、不都合を人に押しつけない。相手の身になって、当り前のことをやり続ける。
   これ誠実なり。  (読み人知らず)

                                                      (2018.3.7記)

エッセイ158:もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”その3(最終回)


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 新入社員導入研修の最終日近くになって、ホームルームで必ずお話することがあります。言い続けて30年以上になります。それは、初めて頂戴したお給料の使い途についてです。
 言い始めた時と現在の言い方は異なりますが、その主旨は変わっていません。「今までお世話になった方々に、初給料で、それまでの感謝の意を表してみませんか?」という問いかけでスタートします。10年前までは、遠慮がちな奨励的内容でした。最近では、私の家族の実話、そして私がどう感じているのかの紹介にしております。私からの奨励というより、家族のあり方、仕事のあり方などを、社会人1年生の時に考えて頂く機会としてお話しております。後日その使い途を訊けば、30年前も現在も変化は無さそうです。肉親や恩人に対する「有難う」の心が、今でも廃れていないことに安心しています。
 今回は、「新・23の行動習慣」の最終回にしたいと思います。取りあげたかったのが、“美点凝視の習慣”と“健全な判断力(判断基準)を養う習慣”です。1年間で定着することが難しい習慣であることを承知の上で、しかし、この時期から強く意識し続けなければ身につかないことから、わざわざ仲間入りさせました。部下を持つようになるまでに、当たり前化しておきたい行動習慣だと考えております。

もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”その3(最終回)

21.美点凝視の習慣
   
 美点凝視!?その意味は、読んで字の如しでしょう。ブラックリストを捨てて、人の長所・美点・善行に眼を向けよう、シッカリ観察して評価しよう、ということです。
 ヒトは、他人の短所・欠点そして不具合を容易に探すことができますね。事と次第によっては、自分自身と比較をして、悲しいかな一人ほくそ笑むこともありましょう。一方、長所・美点・善行は、意識していても、思いのほか気づくことが難しいのが実態ではないでしょうか。余談ですが、何故そうなってしまうのか、心理学的側面で学びたい気が起きています。
 皆さん、ここで一つチャレンジしてみませんか。あなたの同僚・後輩あるいは部下数名を選んで、“○○さんの長所・美点・善行と、短所・欠点・不具合な点”を書き出してください。いかに長所・美点・善行に眼を向けていなかったのか、明らかになるはずです。
 また、このような経験をされたことはありませんか。長所・美点・善行を言われた時と、短所・欠点・不具合を指摘された時を比較してみれば、前者の方が嬉しいですね。やる気も起きてきます。
 大切なことは、日常から、両面を、事実に基づいて、客観的に把握していることではないでしょうか。そのためには、努めて『美点凝視』を心がけたいのです。若い内に、美点凝視の習慣を身につけておくことではないでしょうか。実は、このことの大切さを、私に教えてくれた若者がいました。20歳も年が離れているTK販売時代の後輩です。彼は30才代半ばで亡くなりました。その経緯については、別の機会に譲りたいと思います。
 もう一つ触れておきたい着眼点があります。長所・美点・善行であれ、、短所・欠点・不具合であれ、本人に対してキチンと伝える努力を惜しまないことです。その場合、非常に大切なことは、そう評価した理由を必ず添えることでしょうか。何故なら、間違い勘違いが付きまとうことがあるからです。また、人によっては、“思いもしなかった”ということもあるかもしれません。コミュニケーションの問題になりますが、理解と共感・共鳴のための準備を用意して臨むことです。

 部下をお持ちの皆さんには、二宮尊徳の言葉をプレゼントしましょう。共感できる名言であり、金言だと思います。

   可愛くば、五つ教えて三つ誉め二つ叱って良き人とせよ

22.健全な判断力(判断基準)を養う習慣
   
 マネジャー(取締役、執行役員、支店長、部門責任者、部長、課長、係長、エリア責任者、薬局長、管理薬剤師など)となって部下を持ち、組織の責任者になった時、必ず身につけておかなければならない能力要件があります。“それは何か?”を申しあげる前に、マネジャーの任務に触れておきましょう。
 マネジャーの主要任務は、大きく三つあると思います。「業績・業務目標の継続達成」「組織活性化」「部下育成(人材育成)」です。この三つの任務を遂行する上で、絶対避けては通れない関所があります。それはデシジョンメイキング、意思決定ということです。“マネジメントとは、意思決定である”とも言われるくらいですから。この意思決定は、自分一人で判断しなければならないことも発生してきます。否、部門の最終責任はその部門のマネジャーが負うわけですから、マネジャーが判断しなければなりません。
 一方で、よ~く考えてみれば、この意思決定の問題は、部下の有無に関係ありませんね。日々の仕事、日常生活そのものが、一人ひとりの意思決定によって遂行されているのです。まさしく自己責任で行われるべき問題になります。そうなれば、意思決定の根拠となるものを、その都度用意することが必要となります。組織の場合は、上司という力学的立場で、上司の言うことを部下に言い聞かせることは可能でしょう。しかし、それでは不信感が募ってきて長続きしません。個人の場合は、根拠なしには評価のしようがありません。
 とどのつまりは、“常に判断基準が問われてくる”、ということになります。この判断基準を身につけるためには、様々な経験と試行錯誤、不断の勉強・学習が求められます。部下を持つようになってから勉強すれば事足りるほど甘くはありません。手遅れになってしまいます。だから、今の内に申しあげておきたいのです。“健全な判断力(判断基準)を養う習慣を意識しなさい”と。
 健全さとは、多くの人が納得できるものをいいます。その企業の顧客満足実現のために一所懸命努力している人が報われるもの、でなければなりません。当然、法に触れることは許されません。
 そのために、もう一言申しあげておきます。“健全な判断力(判断基準)の土台は、企業理念と行動理論(心構え)である”と。自然体で、当たり前に、患者満足・生活者満足・従業員満足・取引先満足を追究し続ける思考習慣、行動習慣を身につけたいのです。行動理論(心構え)を正す意識を持ち続けたいのです。

 もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”のいくつかを、3回に分けて取りあげてみました。いかがでしたか?
 このような行動習慣のあり方、行動習慣内容そのものに対して、様々な考え方が存在しますね。ですから、私の見解にも賛否両論あるでしょう。何事においても重要なことは、戦略発想ではないでしょうか。シンプルに表現すれば、6W3HのWHAT‐WHY‐HOWのトライアングルだと思います。

                                                                (2018.2.19記)

エッセイ157:東日本大震災から教えられ教わったこと


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 毎年2月半ばになれば、3月11日を意識するようになります。
東日本大震災発災から8年目に入りますね。どのような出来事でも、風化という現象がついてまわります。私自身がそうならないように、4年前にブルーレイディスクレコーダーを購入しました。新聞のテレビ欄をチェックしては、これはと思う番組を録画しております。東日本大震災を忘れないための番組録画が購入理由ですが、その他には、第2次世界大戦、その時々に起きたドキュメンタリー番組、ジャンルを問わずに気になる番組にも範囲を拡げております。
 また、私の力で実現可能な東日本大震災に関連する啓発活動も継続しております。学び塾は当然として、薬剤師の卵である薬学生を対象とした活動にも注力しています。いくつか実施している活動の中から一例紹介したいと思います。私が人材開発部長を務める中田薬局(本店:岩手県釜石市)のインターンシップです。名付けて「なかたシップ」。本来あるべきインターンシップの具現化を旗印として掲げ、こうありたいと思い描いているインターンシップを立ち上げました。そのねらいや実施録は機会を改めて取りあげるとして、今年度参加してくれた薬学生の参加理由には、“東日本大震災時の医療活動を知りたい”、“被災地を直に見学したい”、“復興状況を知りたい”という声があります。首都圏の参加薬学生からは、必ず被災地見学の要請があるのです。被災地見学と共に、かかりつけ薬剤師実現のヒントとなる事例をスケジュールに盛り込んでおります。
 今回のエッセイは、発災から7年間を振り返って、東日本大震災から私が教えられたと感じていることをまとめておきたいと思います。

東日本大震災から教えられ教わったこと

 年1、2回程度になりましょうか。450話近いつぶやきエッセイを、1話から順に読み返してみることがあります。斜め読みの場合もありますが、丸1日かけて熟読したこともありました。書き上げた時点では及第点であったものも、時を経て読み直して点検すれば、未熟さが露わになって恥ずかしくなります。当時よりも問題意識が高まっているテーマの場合、できる限り書き改めるようにしております。
 所々で、何らかの出来事が影響していると確信できる内容もあります。原因と結果の法則ではありませんが、“あの事態が、この呟きのきっかけになっていた”という具合に … 。もう一つは、私自身の直感と申しましょうか、それまでの仕事経験によって耕された感覚的な問題意識から発せられた内容もあります。
 “あの事態が…”という意味では、東日本大震災から教わったこと、気づかされたこと、さらに付随しているいくつもの諸事から教えられたことが、一番のインフルエンス(influence)であることは間違いないでしょう。エッセイ151回で触れておりますが、ある時期から“抑々論”をかなりの頻度で呟いていました。10年近く前から意識し始めたと自覚しておりますが、取り分け東日本大震災以降が顕著ですね。私の抑々論のポイントは、本質追究にあります。特にここ数年は、本質について言及する機会が半端なく増えているのです。

 最近になって感じたことですが、東日本大震災から教わったこと、或いは突き付けられたことは、「本質的側面をキチンと押さえて対処すること」だったのです。そうすることで、目的を見失うことなく活動の継続が可能になる、ということに尽きると思います。私は追究という言葉を多用するようになりました。追究することは、本質を明らかにすることです。そして、日々の学び一つひとつが、受身で教わることではなく、本質を自力で明らかにすることなのです。
 3年半ほど前には、今後の仕事(志事と表現)遂行上の重要な着眼点を、“本質を問い、本質に切り込み、本質を見定めること”、“本質を追求すること、追究すること”と、心に刻みました。それは、物事の本質を問い、本質を追求することが、相も変わらずマネジメントの隅に追いやられていると感じていたからです。それ以上に恐ろしいのは、本質追求という重要な着眼点の姿が消えてしまうことです。そうなれば、顧客満足、企業の社会的責任、持続可能性(サスティナビリティ)など、企業経営の根幹が欠落してしまうことになりかねません。
 また、発生している問題だけではなく、世の中の事象、組織や個人の考え方や行動のあり方にも、それぞれに本質というものが存在しているのだと思います。5W法(何故?、何故?、何故?、…何故を5回繰り返す )で問い詰めていけば、必ずや行き着くのが原因・要因であり、原点・出発点なのです。しかし、その本質が忘れ去られています。本質について言及したり、本質を追求&追究しあうことが少なくなっていることが気になって仕方ありません。
 私は71歳を過ぎました。何時まで仕事が続けられるか定かではありませんが、残りの私の現役期間は、その都度頂戴した仕事の本質追求を第一義として、そこから見えてくる課題を掘り起こしながら対処することにしております。会社組織だけではなく、学校、家庭、個人的つながりにおいても、同じスタンスで臨む所存です。難題ではありますが、その姿勢を貫いて進みたいと思います。東日本大震災から教えられたこと、教わったことは、「本質とは何か?」という自問自答を忘れてはならない、ということに尽きるのです
 そんなことを意識してから、私の問いかけ方にも変化が起きました。
「勉強の目的は何ですか?」、「就職活動の目的は何ですか?」、「企業内教育の目的は?」、「あなたの教育理念は何ですか?」、「御社の人材育成上の問題点は?課題は?」、「あなたの人生観は?仕事観、人間観は?」、「あなたの生きる目的は何ですか?どのような人間を目指していますか?」という問いかけが茶飯事になりました。これらはほんの一部ですが、WHAT-WHYの戦略思考的対話が進め方の主流になりました
 もう一つ、前提の捉え方も追究するようになりました。想定外という言い方に、疑問を感じることが多いからです。本当かな?って。不十分な備えや未熟な計画の言い逃れに使われるいる、と感じる時があります。また、“致し方なかった”で済まされて、思考停止で終わってしまうこともありました。
 3月11日を目前にして、これらの教わったことを思い返して、着実に歩を進めたいと思います。

                                                                 (2018. 2.10記)

【参考】東日本大震災関連のエッセイ、本質追究関連のエッセイの一例
   エッセイ第9回:東日本大震災を経験して、改めて問い質したい課題!(2011.4.7記)
   エッセイ第42回:被災した薬剤師道又君の醸しだす、仮設薬局での心のこもった空気(2013.4.15記)
   エッセイ第72回:本質を問い、本質に切り込み、本質を見定める(2014.7.17記)
   エッセイ第103回:薬局の未来は、薬剤師一人ひとりがつくる(2016.1.1記)
   エッセイ第104回:隠れた身近な被災地の声に、もっと耳を傾けよう(2015.10.26記)
   エッセイ第105回:もっとしっかり生きなければいけないんだけれども…。(2015.9.17記)
   エッセイ第112回:あの大震災から5年になります(2016.3.10記)
   エッセイ第147回:鳥瞰することで見えてくる本質(2017.8.20記)
                                                                    以上
                   

エッセイ156:もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”その2


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 私が企画運営する新卒新入社員導入研修(全日程15日間)の総まとめのカリキュラムは、『真のプロフェッションへの道』(約7時間)というタイトルです。
 その中に、「基本って、一体何ですか?」という問いかけのグループ討議を用意しております。「“基本とは何か”が分からなければ、基本修得は我流修得になってしまう可能性大なのです」という問題提起をしながら、問いかけに対する回答例の一つとして“入社1年間で定着させたい行動習慣”を、その理由も含めて方向づけしながら自分事として考えて頂くのです。
 対話が進むにつれて、少しずつ肯(うなず)きながら納得していく皆の表情から、こんなことを感じるようになります。それは、“人間は、方向性が見えてくると、自主的に行動する”ということです。その実態から、“研修こそ、その方向性のヒントやアイディアを、じっくり掘り下げて考えながら納得して見つけ出すことが可能な機会(チャンス)となる”ことが見えてきます。この実例から、心の中では研修に否定的な人材育成に関わる方々に、是非考えて頂きたいことがあります。研修に対する先入観や痛い失敗体験から離れて、研修の進め方を工夫して活性化することにチャレンジして欲しいのです。内発的自己動機付け効果を高めるノウハウを、試行錯誤を繰り返して掴んで頂きたいのです。難題ではありますが、是非乗り越えて欲しいのです。そうすることで、組織風土の革新という新芽が出てくると確信します。企業内教育担当のプロを目指すなら、そこまでの能力を身につけて欲しいとつくづく感じております。
 エッセイ156回は、前回の引き続きになります。もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”の2回目です。

もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”その2

 仕事の進め方の基本フォルム(型)は、何をおいてもPDCAサイクルです。どのような職種においても必須となる共通専門能力で、いつでも実践しているレベルに、早い段階で身につけておきたいことから、挨拶同様3項目リストアップしております。

5.日々目標を持つ習慣
6.目標達成のために6W3Hを動員した計画を立てる習慣
7.実
行したことを振り返って、次につながるチェックをする習慣

 PDCAサイクルをスパイラルアップし続けることで、仕事の質と量が上がっていきます。その場合、6W3H、報連相、成功確率の高い問題解決の基本手順の要点などを、常にお供に従えることが重要です。実行する段になったら、準備万端整えることをイの一番の指針と決めて、確実にやり通すことです。“成長という産物は、簡単には手に入らない”を大前提として、“倦まず弛まずコツコツと対処するべき”と、つくづく感じています。私が提唱しております「教育の基本理念(人財育成の着眼点)」には、PDCAサイクルの重要性を明記しております。

  ●理念5『私達の能力を発揮する場所は、仕事場である。最終的には、顧客との接点である現場や窓口、日常のオフィスとなる。
   そして、一人ひとりの仕事そのものが、最高の能力開発機会(チャンス)なのである。このことは、自分の手で課題を見つけだし、
   仮説を立てて、PDCAサイクルをスパイラル状に回すことを意味する』:仕事が教材

 薬剤師の場合、どのような職種にも必須となる共通専門能力に問題がありますね。未熟な方が多いと感じています。その代表が、PDCAサイクルと6W3Hであり、ビジネスマナーやコミュニケーション能力を含めた対人関係能力なのです。共通専門能力という土台が身についてこそ、専門能力が生きてくるのだと思います。

8.メモ用具を必携し、こまめにメモをとる習慣

 何故メモが大事なのでしょうか。
 誰彼を問わずに、何度も“メモをとれ!”と指摘されたことが、私がメモ魔を意識した出発点でした。小学生の時だったかもしれません。思い返せば、先生に言われたから、ただ従っただけでした。それ以来、メモをとることに何の疑問も感じる間もなく、小忠実(こまめ)にやり続ける当たり前の行動習慣になっていたのです。
その理由でもあるメモのメリットを意識するようになったのは、それから数十年後の30才代後半だったと思います。メモすることの重要性と理由について、チームリーダーとして問題提起する必要性を感じた時でした。それらの詳細は、エッセイ145回(2017.9.20掲載)をご覧ください。
 50才代までは、メモすることが目的に思えるほど、メモをとりまくっていました。その中身は、“教わった事、学んだ事”、“約束事”“感じた事”を中心に、“気づいた事”、“気になる事、気になった事”、“思いついた事”など、何でも有りの状態でした。場合によっては、“教わった事、学んだ事を、持ち帰ってどう活かすか”を、殴り書きしたメモもあります。書いた本人が判読できないほどの象形文字風メモも、あちこちに顔を出していました。最近では、一字一句漏らさずの様相から、その時々のニーズに応じて取捨選択しながら、要点を押さえてメモするようになりました。
 この機会に、成長したと思える私自身を検証してみました。
 人一倍メモをとるようになって、感受性や問題意識が明らかに高まったと思います。さらに、相手の立場を考える、一歩立ち止まって考えることが、当たり前の行動習慣になりました。それらの高まりや行動習慣は、何か変だと感じる嗅覚や皮膚感覚を研ぎ澄ましてくれたように感じています。科学的根拠は何もありませんが、そんな私の感覚を信じたいと思います。

9.約束事・約束時刻を厳守する習慣

 私が提案する「新・23の行動習慣」を、自然体で当たり前に実践しているレベルに達するまでに要する年月は、各項目によって異なるでしょう。また同じ項目でも、一人ひとり異なります。その問題はあるとしても、多くの項目は、キチンと修得してしまえば劣化することはないと思います。年数回程度のメンテナンスを怠らない限り、品質を維持し続けられます。しかし、項目によっては例外もあります。その一つが『約束事・約束時刻を厳守する習慣』というのが、私の経験則であり見解です。
 相手が誰であれ、“約束を守る”ということは、信頼関係樹立の基本中の基本と位置づけても過言ではありません。習慣というよりも、そうすることが当たり前というのが大前提ではないでしょうか。世の中における全ての関係性は、信頼という土俵の上で機能しています。ただ一度の10秒の遅刻が、以降の付き合い方に影響を及ぼすことだってあります。小さな約束事の不履行が、取引停止にまで発展したことも一再ならずみてきました。学生時代の苦い失敗から、約束時刻の15分前到着を行動指針としております。
 私の経験則になりますが、ちょっと気を抜くと綻び易いのが、この『約束事・約束時刻を厳守する習慣』です。友好的関係を築くことができたという気の緩みが、取り返しのつかない事態を招くことを何度か見てきました。信頼関係樹立のための一番の秘訣は、常に約束事・約束時刻を厳守することです。そのための秘訣は、段取りと早めの準備、そして克己心ではないでしょうか。この習慣は、一生持ち続けるべき行動指針になります。

 最後に、信頼という土俵に定住し続けるために、もう一言申しあげたい。実現は容易ではない、ということに尽きます。いくつもの要因があって、それらの要因を、何年もの間コツコツ積み重ねて、気がついたら土俵の上に定住させて頂いている、という代物なのです。自力で地道に築きあげてこそ、暗黙の信頼フラッグ(旗)が心地良くはためくのだと思います。
                                                                        (2018.1.16記)

エッセイ155:もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”その1


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 私事で恐縮です。
 私の家族にとって、12月は年間最大のプレゼント月間となります。誕生日3名、クリスマス2名+数名、その他いくつかのお振舞いと、財布の紐が緩んだまま年を越すことになります。それぞれに喜んで頂くためには、時々の情報収集と収集情報をベースとした想像力の出番になります。実は、私にはそれ以上に強い思い入れがあります。一人ひとりの顔と表情と心根に思いを馳せることです。一人ひとりが小さな幸せを持ち続けられることを願うことです。あれこれ思いを巡らすことで、脳の回転が滑らかになることを頑なに信じながら、それ以上に楽しむことを忘れない毎年の行事となりました。そんな(私にとって一番)贅沢な時間が持てることに、今年も感謝しております。当たり前の感覚で、自然体で感謝できるようになりました。
 平成29年の締めは、“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”の中から、いくつかの項目を取りあげて、その意図するところを呟いてみたいと思います。本質を理解して頂くことで、行動し易くすることが主目的です。今回は、その一回目となります。

もっと知りたい“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”その1

 日々の生活は挨拶で始まります。それぞれのステージに即した挨拶言葉で始まります。その挨拶が相手の警戒心や心の壁を溶かしてくれることは、世の中がいかに変化しようとも不易ではないでしょうか。私はそう思います。仕事も人間関係も、挨拶抜きでは円滑に進まないということです。挨拶こそが、信頼と安心のコミュニケーション実現の必須要件なのだと思います。挨拶無しには、世の中立ち行きませんね。
 その不易の当たり前である挨拶を、入社1年間で定着させたい行動習慣のトップに持ってきました。自筆のお礼状も含めて3項目です。それにしても、挨拶の空気感が希薄になってしまったように思います。徐々に、徐々に ……。いやそれ以上に、挨拶そのものが蔑ろにされていると感じることが多くなりました。そう感じるのは私だけでしょうか……。
 解説する前に、改めて挨拶に関して復習しておきましょう。

“挨拶”というのは、仏教用語からきた言葉だそです。“挨”は、軽く触れることで、「近づく、ひらく」という意味です。一方“拶”は、強く触れることで、「切り込んでいく、引き出す」という意味になります。そうすることで「私は、あなたに対して敵意がありません」という自己宣言証明書を発行していることを意味しているように感じます。
 日常社会において、公私を問わず「人と会った時や別れる時にやりとりする社交的な言葉や動作」を、挨拶と解釈されていると思います。しかし、語源を調べてみますと、上述したように「挨拶を交わす相手の心をおし開く」という意味が含まれています。事実、挨拶を交わした後は、親近感が湧いて、どこか爽やかな気持ちになるものです。ことに朝の挨拶は、その日一日「どうか宜しくお願いいたします」という気分にさせられます。人間関係の原点は、“礼に始まって、礼に終る”とも言われます。“礼の代表選手は何か?”と問われれば、 “あいさつ(挨拶)”をおいて他にありませんね。人間関係は、挨拶から始まるのです。
 元来、人は誰でも自分の存在を他の人に認めてもらいたいという欲求を持っています。挨拶を交わす行為は、自分の存在を他の人に認めてもらうと同時に、自分も相手の存在を認めているというサインなのです。このサインを送らずに、お互いの存在を認め合わなければ、そこに摩擦が生じることはないにしても、決して良好な人間関係を築くまでには至らないでしょう。そうなれば、お互いの仕事を円滑に進めることもできなくなってしまいます。ですから、職場では、キチンとした挨拶ができるということがとても大切なのです。挨拶はビジネス活動の潤滑油、とも言われています。「挨拶ぐらい、今までだってやってきた」と思われるかもしれませんが、ここでもう一度、その意味を十分理解して、状況に応じた挨拶がしっかりできているのか、どれだけ実践しているのかを、虚心坦懐に振り返って頂きたいと思います。
 それでは、各項目の解説に移りましょう。

『1.ニッコリ・テキパキ“ハイオアシス”を言う習慣』
『2.だれかれの区別なく、キチンとした挨拶を言う習慣』

 先ず、質問です。“ハイオアシス”をご存知でしょうか?

      ハ:はい、いいえ
      イ:いらっしゃいませ
      オ:お早うございます(お世話様です。お蔭様です)
      ア:有難うございます
      シ:失礼いたします
      ス:すみません

 代表的な挨拶用語の頭文字を並べて表現したもので、何度も取りあげ続けている挨拶の基本中の基本です。日常、頻繁に使われるべき挨拶用語ばかりですね。ニッコリを添えた“ハイオアシス”は、相手に対して“心のオアシス”を提供していることを、どなたも実感されたことがあると思います。流通業界においては、企業の垣根を超えた基本用語でした。今でも変わっていないようです。
 ニッコリ・テキパキの反対は、ムッツリ・グズグズになりましょうか。挨拶とは“心を啓いて相手に向かう”ことですから、“あなたを認めています”という暗黙のサインになります。ニッコリ・テキパキが一番お似合いでしょう。
 もう一つ大切なことがあります。それは、人を選ばないでニッコリ・テキパキ“ハイオアシス”を実践するということです。相手がどなたであろうとも、いつでもどこでもニッコリ・テキパキ“ハイオアシス”といことです。会社の上司やお偉いさんに対しては、ニッコリ・テキパキだけれども、部下やお取引先様の場合は、挨拶しなかったり、挨拶したとしても心がこもっていなかったりでは、その方の品位が見抜かれてしまいます。そういったケースは、想っている以上に多いように感じています。
 挨拶をはじめとしたビジネスマナーの基本は、“心”(おもてなし)と“型”(正しいやり方)の両方が、当たり前にできることです。無礼・虚礼は礼に非ず、ということになりますね。

『3.心を込めた自筆のお礼状を出す習慣』
  
 皆さん、毎年恒例の年賀状は、どのような様式にされていますか?一番多いのが、印刷した年賀状でしょうか。印刷は、パソコンを駆使してあれこれと工夫したものが主流になりました。そのことに全く異論はありませんが …… 。
 やはり、一言で良いから自筆の言葉が欲しいですね。年賀状を出す相手の方は、少なからず恩義を感じていらっしゃる方、親近感のある方が多いのではないでしょうか。だからこそ、お礼や感謝の言葉、近況報告などを一筆啓上するのが、最低限の礼儀のような気がします。時代がいかに変わろうとも、“不易の人としての道”だと思います。何年も前から、年賀状は虚礼廃止の対象とされる場合が多くなりました。時流に逆らわないで私もそうしようかと思いつつ、簡単に割り切るものでもありませんから、断捨離が難しいのも現実かもしれません。
 もう一つ、人間は一年間を振り返ってみて、誰かに助けられたということが必ずあると思います。そんな時、どのような対応をされていらっしゃいますか。たまには、わざわざ時間を割いて、自分の思いを文字にして、相手に届けてみてはいかがでしょうか! 自筆でなくも構いませんから、心を籠めて丁寧で誠意が伝わる文言で表現することです。品格が1センチ以上は伸びていることでしょう。

 以上のような小さな自分運動を繰り返していくと、自分自身の人間性や心構えが磨かれていくように感じてきます。その実感こそが持続力の原点になると思えるのです。ある国には、こんな諺があるそうです。“礼儀は受け取る側より、支払う側を豊かにする貨幣である”と。

                                                                         (2017.12.10記)

エッセイ154:入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」その経緯

 いつの間やら師走が……、そんなことを意識する時期になりました。毎年繰り返される、年の瀬を感じ始める心境になったようです。何事においても、意識することで得られるものがありますから、時節を味わう思考習慣もまんざらではないと思います。今年(平成29年)の強調テーマは、「心構えが変われば言動に表れる。言葉と態度が変わる」でした。押し迫った初冬の今、そのことをあれこれ考えております。
 仕事場だけではなく、家庭内、日常の生活空間における全ての言動には、必ず理由があります。日々の多くの言動は、いちいちその理由を語る訳ではなく、暗黙の了解を前提として無意識に表現しているのが実態でしょう。しかし、それが無意識であろうとなかろうと、その言動の一つひとつに強く影響を及ぼしている何かがあるはずです。それを行動理論と名付けて、だから正していく重要性を言い続けてきました。学生の場合、講義であれ実習であれ、その人の行動理論が受講態度に表れていると思います。限られた範囲ではありますが、毎年接する学生との交流で、そのように感じる時があるのです。
 行動理論という表現は分かり難いので、心構え、考え方、思考習慣などと言い換えて使っています。新社会人に対して、行動理論を正して躾化したい言動例として、“入社1年間で定着させたい行動習慣”を提唱し続けて、もう30年近くになるでしょうか10年ほど前からは、提唱し始めた頃よりも一層強く、それらの行動習慣の重要性を感じております。本音を申せば、大学入学時の一般教養課程の段階から、その重要性を理解し納得させた上で身につけさせたい行動習慣なのです。冷静に看脚下し、長所を伸ばしながら改善点を認めて矯正して欲しいと願っております。
 今回から何度かに分けて、私が提唱しております“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”のいくつかを、少しかみ砕きながら呟いてみたいと思います。

入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」その経緯

 新卒新入社員の初年度年間育成目標としてスタートさせたのは、確か平成元年だったと記憶しております。その時は「20の行動習慣」でした。数度の改訂を経て、4年前に「新・23の行動習慣」として現在に至っております。今回は「新・23の行動習慣」の全項目と“何故提唱し続けているのか!”の理由を披露したいと思います。私自身の経験則、教育担当という仕事を通して私が感じたことに基づいていますから、項目も提唱理由も賛否両論あるでしょう。人材育成という難題に関わりを持つ方々と議論したいテーマですね。
 先ず、その理由や経緯を振り返ってみましょう。
 合併企業の専任教育担当として、初めて新卒新入社員と関わりを持った1年間(昭和62年度)の様々な出来事が、そのことを考えるきっかけとなりました。基本となる職務遂行能力が、会社内に根付いていないことがはっきりしたからです。特に、どんな職種であろうとも必須の共通専門能力の貧困さでした。このままでは、専門性を要求される仕事、状況に応じて対処しなければならない仕事は、ほとんど消化不良で終わってしまうと確信したほどです。ビジネスパーソン必須の基本的能力要件の修得レベルの差が、そのまま課題解決達成度の差として表面化するのは明らかだと思えたのでした。合併前の各企業では、計画的な人材育成が殆ど行われていませんでした。育成の仕組みもノウハウも持ち合わせていなかった訳ですから、たとえやりたくても実施できない状態だったと思います。そこで取り組んだ課題の一つが、新卒新入社員の年間育成目標を明示すること、さらに明示した目標の達成度を直属上長が定期的にフォローする仕組み作りでした。試行錯誤して考え出したのが、“入社1年間で定着させたい「20の行動習慣」”だったのです。
 発足したばかりの教育部でしたから、多くの業務課題を同時並行で仕上げながらの毎日でした。“入社1年間で定着させたい「20の行動習慣」”については、「教育の基本理念(人財育成の着眼点)」(エッセイ122&123回)、「教育活動の基本原則」(エッセイ124&125回)との整合性に留意しながら、行動習慣に関する教材を作成し、定期的フォローのあり方と仕組みを練りあげました。特に、基本理念8(修破離)、基本理念9(知・技・実行)、基本理念10(心を耕す)、基本原則7(風土作り)に鑑みながら、20項目の育成目標(行動習慣と表記)に辿り着いたのです。さらに、入社3年間を基本となる職務遂行能力修得の義務教育期間とし、入社後2か月間の新入社員導入研修後は、毎年2回(3年間で計6回)の集合研修で育成目標をフォローすることにしました。
 どのような仕事であれ、必ず目的・目標が存在します。その目的・目標を効果的・効率的に実現するために、多くの会社では役割を分担し合う分業体制をとっていると思います。その体制を組織と呼びます。メンバーの担当する仕事はスポーツの団体競技と同じように、所属する組織の目的・目標を達成するために、メンバー一人ひとりが自分自身の役割を認識し、その役割を完遂し合うことによって進められています。一人きりで仕事を完結するということは、まずあり得ないでしょう。自己完結的と思われる仕事であっても、その仕事は、チーム(会社、組織)全体の中のある部分を担い、全体の活動の中に反映されるのです。その様な状況下では、メンバー個々の仕事に対する姿勢や行動習慣が、周囲の人だけではなく、チーム全体の雰囲気にも影響を及ぼすことになります。そのことは、会社だけではなく、どのような社会においても基本となるモラル(道徳、倫理)が存在することを意味しています。仕事のツールは日進月歩のスピードで進化し、仕事の進め方も急激な変化を遂げていますが、基本的な職務遂行能力やモラルは、時代によってそれほど変わるものではないと思います不易流行の不易ではないでしょうか。
 今までのエッセイでも、何度も問題提起したことがあります。それは、ある時期から基礎教育やモラル的側面が蔑ろにされ始め、気がつけばその歪みがあちこちに生じて現在に至っている、という危機意識です。社会問題となっている各種ハラスメント、メンタルヘルスケア、残業問題などは、モラルを含めた対人関係能力に主原因があると思っています。また、ダイバーシティ、サスティナビリティなどの新たな方向性への対応も、正にモラルのあり方が問われている課題であり、社会人1年生の時からそれらの課題を意識して考える必要性を常に感じております。私たち一人ひとりは、企業人である前に社会の一員なのです。人間は一人では生きていけません。必ず、社会の中で成長していくものなのです。その考え方を大前提とした修得指針を、“入社1年間で定着させたい「20の行動習慣」”と名付けて育成目標にしたのです。以上が、行動習慣に辿り着いた理由であり経緯となります。


   入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」


  1.ニッコリ、テキパキ“ハイオアシス”を言う習慣
  2.だれかれの区別なく、キチンとした挨拶をする習慣
  3.心を込めた自筆のお礼状を出す習慣
  4.毎朝自宅で新聞を読む習慣
  5.日々目標を持つ習慣
  6.目標達成のために6W3Hを動員した計画を立てる習慣
  7.実行したことを振り返って、次につながるチェックをする習慣
  8.メモ用具を必携し、こまめにメモをとる習慣
  9.約束事・約束時刻を厳守する習慣
  10.整理・整頓と清掃・清潔を実践する習慣
  11.初めてのことでも恐れずチャレンジする習慣
  12.何事も、まず肯定的に考える習慣
  13.気が向かないことでも、まず実行してみる習慣
  14.不明な点はどんなことでも謙虚に教えを乞う習慣
  15.指示・命令・依頼を復唱する習慣
  16.報告・連絡・相談をこまめに植える習慣
  17.結論を先に言う習慣
  18.失敗の原因を、まず自分に求める習慣
  19.有言実行・言行一致の習慣
  20.前向きな人と自分から進んで付き合う習慣
  21.美点凝視の習慣  
  22.健全な判断力(判断基準)を養う習慣
  23.親孝行の習慣           (2013.6.15改訂)

 次回以降から数回に分けて、いくつかの項目について解説する予定です。
                                                                       (2017.11.16記)

エッセイ153:身近な仲間の日々の努力にこそ光を


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 17年前に転職してから、五つの会社のお世話になり現在に至っております。全ての会社においての主任務は、社員教育の企画・運営を含む人材開発と採用です。会社によっては、経営アドバイス的支援の仕事もありました。
 人材開発の実務は、人事制度と運命共同体の関係にある仕事になります。その人事制度の内容と運用実態は、それぞれの会社でかなりの違いがありました。率直に申しあげますと、多くの会社において、“未整備、未実施、未成熟”(三未)のどれかが問題として横たわっていると思います。教育を含む人事の根本的重要性の認識が希薄であること、基本を含む人事の本質的側面の勉強がなされていないこと、その一要因として人事教育のプロが見当たらないこと、さらにはプロといえる人事教育パーソンの必要性を感じていないことなどがあげられます。結局、それらの仕事を任せられない経営者、だから本気で人事教育のプロ育成に関心のない経営者にこそ、一番の問題がありそうです。在籍していた会社の実態が現在どうなっているのか、チョッピリ覗いてみたい気もしますが ……。
 お世話になりました五社の内、二社は2年未満で退職を願い出ました。その理由は、経営者との人事教育に関する考え方のミスマッチでした。中には、考え方を擦り合わせる機会すら儘ならなかった会社もありました。入社間もない時点から、辞めざるを得ない空気が流れていました。
 そのような状況下でも、実践的教材作りを忘れることはありませんでした。その姿勢は、教育担当に任命されて以来、どのような環境下でも維持し続けております。10数年前からは、探し出すのに一苦労するほどの教材量になっていました。活用不能と思われる教材も数多くあります。5年ほど前になりましょうか、手許に残っている教材・資料の整理を敢行いたしました。いわゆる断捨離ですね。その整理対象の一つが、300本以上もあったダビング済みのVTRテープでした。
 確か昭和63年前後でしたか、テレビ番組録画用にSONY社製ビデオレコーダーを購入しました。全ての研修を8ミリ用ビデオカメラで録画しておりましたから、VHSと8ミリの両方が録再可能のデッキを選んだのです。最初に録画したのは、沖縄出身の全盲テノール歌手新垣勉氏のドキュメント番組でした。14歳で天涯孤独となった新垣氏の生い立ちや生き方から、私の最初のオリジナルカリキュラム「いま夢工房の刻(とき)」の話材に最適と判断して録画したのだと思います。それ以来、企業内教育において一寸でも活用できそうだと閃いた番組があれば、片っ端から録画しました。活用したい部分が60分番組のほんの数分間であろうとも… 。いつの間にか、120分テープが300本を超えていました。手書きの録画リストを用意して、番組毎に活用方法を細かく記載していましたが、テープを整理した時点で一緒に処分したようです。テープも40本を残して廃棄しましたが、それらも近々再整理を考えております。
 録画テープの中で、主にマネジメント研修のケーススタディで活用したのが、NHKの「プロジェクトX~挑戦者たち」でした。今回のエッセイは、その番組から教わったこと、教わったことから意識して実践したことを、振り返りながら取りあげてみたいと思います。活用した理由や考え方は、今でも引き継いでおります。

身近な仲間の日々の努力にこそ光を

 NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトX~挑戦者たち」は、2000年(平成12年)3月から2005年(平成17年)12月最終週まで放映されました。特集版も含めて200本近くの番組がオンエアされたようです。現在40歳代後半以上の方々にとっては、かなり気持ちを揺さぶられるインパクトある内容が多かったと思います。教育担当の仲間内でも、よく話題になりました。しかし、末期には題材のネタ切れ感が見え始めたこと、中には過剰な演出や事実誤認が確認されたこともあって、5年9カ月で幕を降ろしたのです。
 この番組に対して私が関心を持った理由は、“無名のリーダーと、そのリーダーを支えた多くの仲間の成果とそのプロセス・要因に光を当てることがメインテーマ”であること、“終戦直後から日本経済成長期までの数々の挑戦と課題克服のドキュメント”の二点でした。その全てを鵜呑みにするつもりはありませんでしたが、番組がスタートしてからの数年間は、ほとんど毎週録画していましたね。300本の所蔵テープの中でも、断トツ一番の録画番組数だったと記憶しております。一方、有名な経営者や高度成長期を支えた重厚長大型のトップ企業の事例が多く、当時の会社のマネジメント教育に活かすといっても限られていたように思います。

 私が合併して誕生したTK販売の教育部次長に就任したのは、31年前の昭和61年(1986年)10月でした。それから5、6年の間、私が講師を担当した研修や講話の実態を紐解いてみましょう。
 基礎教育も実践的教育も、教育ニーズを基に誂えて作成した教材を土台に進めました。教材の中身とその意図や意味を、より正確に理解してもらうことが第一義という考えからです。そのやり方を基本としながら、理解度促進や内発的やる気の喚起を目的に、先人の逸話や名言・至言を例え話として引用することがありました。それも、問題解決・課題解決のあり方や着眼点、ビジネスパーソンとして或いはリーダーとしての心構えに関することが多かったですね。先人といっても、内外の偉人、歴史上の有名人など、名前だけはどなたでもご存知の方々が中心でした。興味を示して頂ける度合いが高いと判断したからです。実際、目を輝かして傾聴してくれる比率が高かったと思います。私が受講する立場の場合でも、何か素直に入り込んでいけたからでもありました。
 しかし、よ~く考えてみれば、その方々にお会いしたことはありませんし、その活動実態を直接見聞きした訳でもありません。その全てが、書籍、雑誌、WEB情報などからの受け売りです。時代背景や環境も、現在とは比較になりませんし、想像しようにも如何ともし難いのが実態なのです。美談や妙策として語られていたことが、“実は、……”というように疑わしいことだってあり得るでしょう。真実を確かめる術もありませんし… 。とどのつまり、その時々の研修目的に合わせた都合の良い解釈、付け焼刃的な講釈など後付けが可能なのです。全てが良いとこ取りの受け売りで終始する危険性を孕んでいるように感じたこともありました。しかし、その話を初めて知る受講者の多くは、講師を信じて納得しながら真剣に聴きいってくれます。いずれにしても、平成3年あたりまでは、そのようなやり方を続けておりました。
 ある時、そのやり方では私が描く真の動機づけに繋がらない、なかなか心に火を点し続けるには至らないと実感するようになりました。その場を離れて現場に戻れば、ほとんど多くの場合、住む世界の違う他人事、次元の異なる先人たちの他人事で終わってしまい勝ちなのです。さらに、現実の忙しさに流されてしまいます。私自身もそうでしたから… 。今でも内外の先人の事例を引用することはありますし、そのやり方を全否定するつもりもありませんが、そんな問題意識が湧き上がってきた時のヒントになったのが、「プロジェクトX~挑戦者たち」の“無名のリーダーとそのリーダーを支えた仲間に光を当てる”という訴求ポイントでした。
 私の身の回りの出来事を、キチンと目を凝らして観察すれば、人知れずコツコツ努力し続けながら企業目的実現に貢献している実例、人としてのあり方を教えてくれる善行・美談が、あちこちに眠ったままに埋もれていることが見えてきます
 そのような私の意識の変化は、ホームルームや閑話休題の例え話のあり方を見直し始めていました。地味な努力を積み重ねて着実に成長し成果を上げている社員、誰彼問わず誠実なコミュニケーションを地道に実践するマネジャー、目立たないけれども顧客満足実現に精一杯励むパート社員の善行や美談など、会社の仲間の実話を極力取りあげるように方向転換しましたそれらの多くは、陽の目を見ることが稀で見落とされ勝ちですが、組織のいわゆる倫理的側面の品質を維持する上で、非常に重要な側面だと常に感じております。さらに付け加えておきたいのが、身近な同僚のそれまで気づかなかった努力を知ることで、“私にも出来る。私も努力してみよう。…”という内発的やる気が高まる度合いがアップすることを、ある時から膚で感じられるようになったのです。
 注目されない当たり前の善行に光を当てる、本人には当たり前の一所懸命の努力をキチンと評価する、今の組織を支え合っている身近な同僚に感謝する、……。多くの無名の仲間の身近な努力・善行に光を当て、それを同じ釜の飯を食べている仲間の内発的やる気を引き出す術にしたいのです。さらには、仲間を認め合う文化を社員教育のプラットフォームにしたいと思うようになりました。仲間の素晴しさを率直に称賛し、素直に感謝し、拍手と声援を送ることで、新たな切磋琢磨の風を吹かせたいのです。最近あちこちで問われている“働き方改革”なるものは、そのような信頼感を醸成する視点からも見直すことが重要だと感じています。
 最後にもう一言。身近な仲間の日々の努力に光を当てたいと考えるようになった理由の一つに、私自身の悔しい体験のいくつかがベースにあることも分かりました。今回のエッセイを通してあれこれ考えながら、悔しかった記憶がジワリと湧き出てきたのです。その体験は割愛とします。
                                                                 (2017.10.2記)

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