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エッセイ157:東日本大震災から教えられ教わったこと


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 毎年2月半ばになれば、3月11日を意識するようになります。
東日本大震災発災から8年目に入りますね。どのような出来事でも、風化という現象がついてまわります。私自身がそうならないように、4年前にブルーレイディスクレコーダーを購入しました。新聞のテレビ欄をチェックしては、これはと思う番組を録画しております。東日本大震災を忘れないための番組録画が購入理由ですが、その他には、第2次世界大戦、その時々に起きたドキュメンタリー番組、ジャンルを問わずに気になる番組にも範囲を拡げております。
 また、私の力で実現可能な東日本大震災に関連する啓発活動も継続しております。学び塾は当然として、薬剤師の卵である薬学生を対象とした活動にも注力しています。いくつか実施している活動の中から一例紹介したいと思います。私が人材開発部長を務める中田薬局(本店:岩手県釜石市)のインターンシップです。名付けて「なかたシップ」。本来あるべきインターンシップの具現化を旗印として掲げ、こうありたいと思い描いているインターンシップを立ち上げました。そのねらいや実施録は機会を改めて取りあげるとして、今年度参加してくれた薬学生の参加理由には、“東日本大震災時の医療活動を知りたい”、“被災地を直に見学したい”、“復興状況を知りたい”という声があります。首都圏の参加薬学生からは、必ず被災地見学の要請があるのです。被災地見学と共に、かかりつけ薬剤師実現のヒントとなる事例をスケジュールに盛り込んでおります。
 今回のエッセイは、発災から7年間を振り返って、東日本大震災から私が教えられたと感じていることをまとめておきたいと思います。

東日本大震災から教えられ教わったこと

 年1、2回程度になりましょうか。450話近いつぶやきエッセイを、1話から順に読み返してみることがあります。斜め読みの場合もありますが、丸1日かけて熟読したこともありました。書き上げた時点では及第点であったものも、時を経て読み直して点検すれば、未熟さが露わになって恥ずかしくなります。当時よりも問題意識が高まっているテーマの場合、できる限り書き改めるようにしております。
 所々で、何らかの出来事が影響していると確信できる内容もあります。原因と結果の法則ではありませんが、“あの事態が、この呟きのきっかけになっていた”という具合に … 。もう一つは、私自身の直感と申しましょうか、それまでの仕事経験によって耕された感覚的な問題意識から発せられた内容もあります。
 “あの事態が…”という意味では、東日本大震災から教わったこと、気づかされたこと、さらに付随しているいくつもの諸事から教えられたことが、一番のインフルエンス(influence)であることは間違いないでしょう。エッセイ151回で触れておりますが、ある時期から“抑々論”をかなりの頻度で呟いていました。10年近く前から意識し始めたと自覚しておりますが、取り分け東日本大震災以降が顕著ですね。私の抑々論のポイントは、本質追究にあります。特にここ数年は、本質について言及する機会が半端なく増えているのです。

 最近になって感じたことですが、東日本大震災から教わったこと、或いは突き付けられたことは、「本質的側面をキチンと押さえて対処すること」だったのです。そうすることで、目的を見失うことなく活動の継続が可能になる、ということに尽きると思います。私は追究という言葉を多用するようになりました。追究することは、本質を明らかにすることです。そして、日々の学び一つひとつが、受身で教わることではなく、本質を自力で明らかにすることなのです。
 3年半ほど前には、今後の仕事(志事と表現)遂行上の重要な着眼点を、“本質を問い、本質に切り込み、本質を見定めること”、“本質を追求すること、追究すること”と、心に刻みました。それは、物事の本質を問い、本質を追求することが、相も変わらずマネジメントの隅に追いやられていると感じていたからです。それ以上に恐ろしいのは、本質追求という重要な着眼点の姿が消えてしまうことです。そうなれば、顧客満足、企業の社会的責任、持続可能性(サスティナビリティ)など、企業経営の根幹が欠落してしまうことになりかねません。
 また、発生している問題だけではなく、世の中の事象、組織や個人の考え方や行動のあり方にも、それぞれに本質というものが存在しているのだと思います。5W法(何故?、何故?、何故?、…何故を5回繰り返す )で問い詰めていけば、必ずや行き着くのが原因・要因であり、原点・出発点なのです。しかし、その本質が忘れ去られています。本質について言及したり、本質を追求&追究しあうことが少なくなっていることが気になって仕方ありません。
 私は71歳を過ぎました。何時まで仕事が続けられるか定かではありませんが、残りの私の現役期間は、その都度頂戴した仕事の本質追求を第一義として、そこから見えてくる課題を掘り起こしながら対処することにしております。会社組織だけではなく、学校、家庭、個人的つながりにおいても、同じスタンスで臨む所存です。難題ではありますが、その姿勢を貫いて進みたいと思います。東日本大震災から教えられたこと、教わったことは、「本質とは何か?」という自問自答を忘れてはならない、ということに尽きるのです
 そんなことを意識してから、私の問いかけ方にも変化が起きました。
「勉強の目的は何ですか?」、「就職活動の目的は何ですか?」、「企業内教育の目的は?」、「あなたの教育理念は何ですか?」、「御社の人材育成上の問題点は?課題は?」、「あなたの人生観は?仕事観、人間観は?」、「あなたの生きる目的は何ですか?どのような人間を目指していますか?」という問いかけが茶飯事になりました。これらはほんの一部ですが、WHAT-WHYの戦略思考的対話が進め方の主流になりました
 もう一つ、前提の捉え方も追究するようになりました。想定外という言い方に、疑問を感じることが多いからです。本当かな?って。不十分な備えや未熟な計画の言い逃れに使われるいる、と感じる時があります。また、“致し方なかった”で済まされて、思考停止で終わってしまうこともありました。
 3月11日を目前にして、これらの教わったことを思い返して、着実に歩を進めたいと思います。

                                                                 (2018. 2.10記)

【参考】東日本大震災関連のエッセイ、本質追究関連のエッセイの一例
   エッセイ第9回:東日本大震災を経験して、改めて問い質したい課題!(2011.4.7記)
   エッセイ第42回:被災した薬剤師道又君の醸しだす、仮設薬局での心のこもった空気(2013.4.15記)
   エッセイ第72回:本質を問い、本質に切り込み、本質を見定める(2014.7.17記)
   エッセイ第103回:薬局の未来は、薬剤師一人ひとりがつくる(2016.1.1記)
   エッセイ第104回:隠れた身近な被災地の声に、もっと耳を傾けよう(2015.10.26記)
   エッセイ第105回:もっとしっかり生きなければいけないんだけれども…。(2015.9.17記)
   エッセイ第112回:あの大震災から5年になります(2016.3.10記)
   エッセイ第147回:鳥瞰することで見えてくる本質(2017.8.20記)
                                                                    以上
                   

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