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エッセイ171:会議の六悪を見つめ直してみました

 エッセイ166回では、私が考えた会議から得られる14の宝物を紹介しました。どのような問題でも、その原因や本質を掘り下げて追究すれば、それまで気づかなかった着眼点や宝物が見えてきます。コミュニケーション能力を高める基本が、Face to Faceの直接対話であることもその一つです。何らかの問題が発生した時、Face to Faceの直接対話こそが、問題と向き合うことの本質でありながら、避けてしまったことが原因で解決不能に陥ったことが何度かありました。そんな経験を重ねて、何事においても、キチンと向き合うことが、本質的解決、根本的解決のスタートラインなのだと確信できるようになったのです。そうは言いながら、状況によっては、避けて先送りしてしまうことが現実に存在しています。避けてしまう理由を否定はしません。ただ言えることは、Face to Faceの直接対話を当たり前の行動習慣にすることで、それ以降の景色が違ってくるということです。どんな行動を選択するかは、結局、その人の使命感や志などによって決まると思います。

 今回は、会議の実態やあり方を逆説的言い方で考えてみることにしました。その上で、“何故会議を開くのか”、“会議の本質的意義は何なのか”を見つめ直すきっかけとしてくれたら本望です。その見つめ直し行為は、働き方改革の本質的取組みの一つではないかと思えてきます。

会議の六悪を見つめ直してみました

 会議というのは、組織の課題や方向性について、報連相や議論を繰り返しながら意思決定する、Face to Faceの直接対話によるコミュニケーションの場です。また、問題と課題、理念やビジョンを相互共有する場でもあります。さらに、参加者一人ひとりの人間的側面の本質を観察できる、願ってもない数少ない機会ともなるのです。その会議のあり方について、無理解、無頓着、不勉強が目につきます。もっともっと、会議の基本的本質を理解して参画して欲しいと感じるのです。そんな会議の実態とあるべき姿を考えてみましょう。

 どなたが考えられたのかは不明ですが、ある時に会議の六悪なるものを知りました。“言い得て妙”と言いましょうか、うまい表現だと思います。ご存知の方も多いのではないでしょうか。

  会せず、会して議せず、議して決せず、
    決して行わず、行って責をとらず、途中離籍して帰って来ず

 約50年の仕事人生を振り返ってみると、それぞれの項目について、これでもかというほどの記憶が蘇ってきます。もう苦笑するしかありません。結果と原因の法則ではありませんが、その実態には原因があって、その先には原因の基になっている要因(原因の原因)が存在するのです。ここで問題にしている要因には、会社全体も含めた各組織やチームの集団性格も含まれます。
 以下、六悪についてコメントしてみましょう。
 先ずは「会せず」です。
こんなことがありました。予め発表された議題から、自分勝手な判断で欠席を決め込むことです。目の前の仕事が手一杯で、所属する組織にとって優先度の低い内容が議題の場合に見かけますね。会社全体の運営に関わる内容が議題ですから、全く無関係な議題ということはあり得ません。その会議に召集される理由と職責を明示して、キチンと理解させることをしなければいけません。それにしても、ある程度の経験を積めば、もっともらしい欠席理由を考えられるようになるでしょう。それで通用してしまう企業は、マネジメントレベルが未熟なのです。ガバナンスの問題になります。職制と職責を明確にした企業統治から始めなければならないでしょう。
 その様な会社では、連絡ミスが頻発します。ミスも様々ですが、一番手に負えないのが、出席該当者に連絡し忘れる(または、連絡しなかった)ケースです。連絡ミスの多い会社は、発生原因を突き止めて、二度と起きないようにする問題解決能力が欠けているのではないでしょうか。連絡担当者を責めるだけで、対症療法すら施されない例も見てきました。日常の指示・命令の仕方に問題があるのですが、そのことに気づいていないことが多いと実感しています。
 また、組織運営に必須となる主要会議が開かれない企業もあるようです。それでは、会社の方向性や方針・ルールなどが、社員間に浸透していきません。急速に拡大している新興企業では、特に注意を要する課題だと思います。企業不祥事発生の要因にもなるでしょう。
 二つ目の「会して議せず」について考えてみましょう。
 告知で済みそうな報告・連絡事項が主体で、ついでに“何か議題のある方は、……”で終了するカイギに出席したことがあります。月一回の定例行事のようですが、“会議って何?”という疑問が湧きました。“不思議で怪しい会議”と意味づけて、怪(かい)議と呼ぶことができそうです。事前準備もしていませんから、なかなか議論に発展しません。会議の趣旨に反しますから、壊(かい)議と揶揄して中止にすればいいのです。
 自分の仕事とは関係なさそうなので、ダンマリを決め込む貝(かい)議もあります。貝のように口を閉ざして不参画状態のことです。具体的な提案をすればお鉢が回ってくることから、総論賛成で当たり障りのない一般論に終始してしまうこともありそうですね。
 会議の主催者・運営者は、“会議のねらいや議題、事前準備事項を明示する”というように、基本事項をしっかりと押さえることから再出発しなければ活性化は不可能でしょう。
 次は「議して決せず」です。
 組織運営の基盤の一つは、課題達成、問題解決の方途を意思決定することです。ベストの意思決定を目指して、議論が深まるようなデータや情報、考えや対案を準備して臨むことが、出席者の当たり前の任務でなければいけません。最終決定するまで誠実に対話や議論を繰り返すことです。決定をタライ回しして先送りするような堂々巡りの回(かい)議であれば、時間の無駄使いになります。また、考えや意見をただ言わせるだけのガス抜きや、決定したと思われる議題を一部の者だけで平気で変えてしまう改(かい)議などは論外でしょう。再度申しあげます。マネジメントとは、意思決定することなのです。
 四つ目が「決して行わず」になります。
これは、会議で意思決定したことを、実行に移さないということです。決めたことを実行することは、ビジネスパーソンの当たり前の責務です。決して行わず病の組織は、アッという間にモラルが低下します。そして、業績は急降下するでしょう。
 ところで、年齢に比例して成長し続ける厄介者をご存知でしょうか。“言い訳”君です。“出来ない言い訳”、“進行を阻害する言い訳”が、まことしやかに通り過ぎていくのです。そんな言い訳を見抜けない経営幹部やリーダーは、即刻その職制を返上すべきでしょう。新たな課題にチェレンジすることを奨励し、進んで能力開発できるような環境を整えることが任務なのですから。
 五つ目は、「決して行わず」に関連する「行って責をとらず」です。
 行動した結果、目標未達成の場合があります。未達の理由を検証しないまま、部下や他律要因のせいにして責任をとらないのが、「行って責をとらず」です。そんな上司は、早晩会社の信用を失うでしょう。そんな社員が大手を振っている会社は、顧客から相手にされなくなります。
 最後は、「途中離席して帰って来ず」。
 これは、“緊急の用事が発生した”ということでの離席ではありません。会議のねらいや議題が曖昧であったり、「会して議せず、議して決せず」であったり、何時から始まって何時に終わるのかハッキリしないことが暗黙のルールの会議で見受けられます。準備不足や会議運営能力不足が原因の場合が多いようです。そのような会議であれば、本来開催する必要のない会議と判断せざるを得ません。途中離席する社員の本音は、“こんな会議不要”なのかもしれません。

 さて、今回取りあげました六悪が横行している会議なら、ぶっ壊してしまえばいいのです。正に、壊(かい)議にするのです。重要な経営資源の一つである時間の無駄になります。結局、会議改革に着手するのか、自主性に任せるのか、様子を探って先送りするのか、そこが分岐点になります。本気で取り組まないことには、働き方改革など掛け声だけで終わってしまいます。心地良い、やる気を醸し出してくれる快(かい)議、間違いや勘違いを正してくれる戒(かい)議にするために腐心し苦心するのが、経営幹部と会議主催部門の機能的役割だと思います。会議の本質的意義に鑑みて、自社の会議の実態を見つめ直してみたいと思います。
                                                                                        (2018.8.1記)

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