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エッセイ66:実行し続けることは立派な能力

 前回のエッセイでは、寄る年波の実態を囁きました。
 その中で、“これでも、健康管理には相当に気を遣っている”ことを申しあげました。私なりの生活習慣病対策を行っているのです。本日は、その一端を披露させて頂きます。
 50歳代後半からは、起床就寝の時間帯が早くなりました。早寝早起きになったのです。三度の食事も、決まった時刻に摂るようになりました。食事バランスにも気を遣います。半年前からは、大好きなアイスクリームやケーキも、その頻度を大幅に減らしています。
 食事の順番も、野菜から始まって、汁物、蛋白質、最後に炭水化物にしております。野菜は、かなり意識して多くの種類を食べるようにしております。食わず嫌いだったトマトも食べられるようになりました。蛋白質も、植物性、魚、肉を基本順にしながら、強迫観念ではなく、気楽な気分で食べています。塩分は控え目です。
 ただし、料理は全て家内任せですから、バランスの良い食事や食材の工夫に対して、家内に感謝している次第です。
 日課として、腹筋20回、腿上げ左右各25回、爪先立ち20回、スクワット20回、深呼吸10回。
 ウォーキングは6千歩以上を目標に、階段や坂道を意識して組み合わせています。時々数分間の速歩を入れます。1分間120歩のペースで歩きますから、1時間前後で概ね6千歩はクリアしている勘定になります。
 これらは、冬の酷寒時期にはお休みしますが、無理のない範囲でやり続けております。
 今日のエッセイ、私の主宰する第13回学び塾(2月11日)の帰りに感じたことからつぶやいてみます。

実行し続けることは立派な能力

 五年目に入った学び塾ですが、過去13開催で全て参加の塾生が3名いました。
 会社によっては土日勤務の方もいらっしゃいます。学び塾の予定日と、勉強会や休日当番薬局の日程とがバッティングすることもあります。風邪や食中毒など、不測の病気に罹患することだってあります。今まではありませんでしたが、大雪や台風などの悪天候で、中止を余儀なくされることだって考えられます。
 学び塾は年間3開催を基本にして、年間計画で会場を予約しております。薬剤師会や所属企業の研修会と重なってしまい、中止せざるを得なくなったことがありました。また、片道3時間の移動時間を要する塾生もいますから、日程を急遽変更することも不可能なのが実態です。
 そのような状況の中で、開催数が少ないとはいえ、皆勤者が3名もいることに驚いております。

 この学び塾、平成21年8月にスタートいたしました。2回目の時点で、参加塾生は23名に増えました。それがピークでした。転勤、結婚、退職などによって、年々退塾者が出て参ります。現在(第13回時)は8名で継続しております。
 最近、ここまで続けてこられたことに、少々驚きを感じております。その驚きの根底には、8名の明らかな成長の姿が見てとれるからです。さらに、時間や距離の制約を乗り越えて、継続して学び続けていること、メンバーと切磋琢磨し続けていることに、新鮮な驚きを隠しえないのです。
 現実に目を向けると、いかに継続することが難しいことなのか、多くの場面で見てきました。6月8日(日)の第14回学び塾では、こんなことを問いかけてみたいと考えております。
 以下、考えております内容の一部をご紹介させて頂きます。


 私が、薬学生に、現役薬剤師に対して「どのような薬剤師になりたいのか?どのような人間を目指しているのか?」という問いかけは、薬剤師としての一生涯を、ライトワーク(患者、生活者の一隅を照らす仕事)を目標として掲げ、目指して欲しいと願っているからです。
 しかし、そこに行き着くまでには、先ず“ライクワーク(この仕事が好きだ)になれるかどうか”が、大きな関門の一つになってきます。それも、素直に、心の底からライクワークと公言できる段階に到達できるかどうか、ということになります。このことは、人間同士の真の信頼関係樹立と同様に、かなりの時間、年月を要するテーマになってきます。
 皆さんは、「この仕事、私に向いているのだろうか?やっていけるのだろうか?」という不安の中で、右往左往しながら仕事をし続けていた経験、今までにありませんでしたか?
 いろいろ考え過ぎて立ち止まったり、自信が持てなくてやる気を失って努力することを躊躇したことがありませんでしたか?優柔不断さや覚悟の未熟さから、キチンと向き合うことから逃げたり、投げ出したことはありませんでしたか?
私 の場合、40歳台半ばまでは、それを繰り返していたように思います。また、採用という仕事を通して、居場所を替え続けている人を何人も見てきました。
 結局、どのような選択をしようとも、自己責任の下で意思決定することですから、どの方向を選択しても構わないと思いますが、まだ一人前という免状を交付されていいない段階(未熟な段階)では、以下のように考えて欲しいと思います。

 「とりあえず、もうちょっと続けてみるか」が、一つのベターな選択だと思います。

 一番の理由は、仕事というものは、10年、20年続けてやって、そこで初めて分かる事、判る事が、ずっとずっと多いような気がするからです。本日申しあげた件も、私自身がそうでした。MYライクワーク、MYライトワークを意識したのが40歳過ぎでした。
 半年以上前だったでしょうか。ある一言を耳にして、納得したことがあります。
 「向いていないけど、続けるっていうのも才能よ」。
 NHKの朝ドラの「あまちゃん」で、鈴鹿ひろ美が主人公にかけた言葉です。
 その一言は、“継続は力なり”、“積み重ねは力なり”を結実する才能だからなのです。ですから、学び塾も同じだと思います。これから頻繁に取りあげるテーマの人材育成もそうです。続けて努力するからこそ、モチベーションが喚起され維持されるのです。成長につながるのです。
 ソチオリンピックでの葛西さん(スキージャンプ)、竹内さん(スノーボードパラレル大回転、回転)から、そのことを教えて頂きました。身近なところでは、三回目のコロキウムが証明してくれています。やはり、続けるからこそ意義が見いだされるのです。
だから皆さんには、続けることで意義がさらに深くなっていくことを感じて欲しいと願っております。

 実行し続けることは立派な能力です。最高の能力です。希少な能力です。私はそう思います。
 8名の塾生には、実行し続けていることに誇りと自信を持って頂きたいと思っています。

                                          (2014.3.15記)

エッセイ65:等身大で良いのだ

 今年の誕生日で、満68歳になります。
 八年前になりましょうか。就業形態や関わり方が何であれ、内容が何であれ、“納得できる仕事には、可能な限り一生涯携わる”と決めて、現在に至っております。
 ただ、数年前から、少々弱気虫が顔を出す時があります。寄る年波には勝てなくなってきたからです。勝ち負けといっても、何かと勝負を決しよう、というのではありません。体のあちこちから“無理はご法度”との叫び声の頻度が増え、さらにその叫び声の強さが増してきた、ということなのです。
 その実感している寄る年波のいくつかを囁いてみましょうか。

等身大で良いのだ

 先ず、10年近く前から降圧剤を服用するようになりました。さらに、8年前には軽い痛風発作に見舞われました。その痛風発作、それ以来、毎年、決まって同じ時期(新卒新入社員合宿研修中)にだけ顔を出すようになりました。血中尿酸値は少々の基準値超えでしたが、それ以来尿酸排泄促進剤のお世話になっております。これらのおかげで、血圧も尿酸値も落ち着いてはいます。
 また、軽度の逆流性食道炎のようで、夕食後3時間経ってから就寝するようにしております。
 視力の衰えは顕著です。パソコンでの資料作りの時間が多いからでしょうが、能率にも大きく影響してきます。明らかに、集中力はガクンと落ちました。小さな文字は見え難いので、新書本や文庫本を読むのに一苦労します。積読本が40冊にもなりました。さらに、眼球の充血や逆さまつ毛によるゴロゴロ感、眼の奥の鈍痛などで、眼科のお世話になる機会も増えております。眼圧は正常で、いつもヒアルロン酸とビタミンB12の点眼剤が処方されます。ドライアイとのこと。
 数年ほど前から、耳鳴りが気になる時があります。その分、耳が遠くなったような気もします。昨年夏頃、初めて耳鼻咽喉科の門を叩き、何度か診て頂きました。歯が欠けたり、歯磨き時に冷水が沁みることもあって歯科医院にも通いました。酸蝕歯の影響でしょうか・・・。
 ちょっとした力仕事で手指の関節がはずれるようになってから、8年以上になりましょうか。回転式のキャップの開閉には四苦八苦する時があります。温風ヒーターの灯油タンクやペットボトルの栓をひねっても、回せない時があるのです。シッカリ握ることができないのです。何とも情けなくなります。
 躓いたり、転びそうになる頻度も増えました。ほんの数ミリの段差にひっかかったり、ちょっとした傾斜で足首をひねったり、50歳代前半までには考えられないほどの体力の衰えを実感しています。ひじ関節や背筋が痛くなることもしょっちゅうです。
 毎年インフルエンザワクチンを接種していますが、ちょっと油断すれば風邪をひくことがあります。回復には時間を要するようになりました。体が固くなっており、就寝後に寝返りを打つのも一苦労です。
 このような状態ですから、診察券は二桁の枚数になります。ですから、高齢者の医療費増大が取りあげられますと、肩身が非常に狭くなります。心が萎えてしまいそうです。
 それでも、健康管理には相当に気を遣っていますし、軽い症状の時は通院も控えております。

 ことほど左様に、無理はできなくなりました。気合でどうにかなるものでもありません。ですから、“身の丈オーライ”を基準にしながら、ユッタリ気分の毎日を心がけるようになりました。
 等身大で良いのだ、と思えるようになってきたのです。そうすることで、考え方に変化が起きてきました。
 先ず、自分自身のことを客観的に観ている自分が分かるようになりました。
 過去のことを、素直に冷静に見直したり、反省するようになりました。相手のことを先に考えようとする精神的な余裕を感じることもあります。
 その等身大、5年ほど前から口にする頻度が格段増えた気がします。
 それにしても、診察券の多さには、心が萎えてしまいます。それも本音です。

                                          (2014.3.7記)

エッセイ64:カルテの裏側を考える

 企業が永続的に繁栄できるかどうかは、“企業理念の具現化”と“経営環境の変化への対応”という二つの幹を両立させることが必要である、と考えております。ですから、社員一人ひとりが、その二つの幹の両立を意識しながら、日々の仕事に取り組んでいけるような組織運営をすることが、経営者や管理者の実力を評価する重要なポイントの一つになるのだと思います。
 社員育成を司る部署(以下、教育部門)は、これからを予見しながら、その相反するような二つのテーマの両立を意識した教育機会を、どれだけ的確に提供できるかが問われるのではないでしょうか。経営者の右腕としての機能を有する教育部門の専任担当者は、先ずその考え方の本質を理解して、さらには社員を動機付けできる教育機会を提供できることが、仕事遂行上の必須要件になってくるでしょう。20数名の部下を抱えた40歳を越えた有能な部門長経験者ですら、社員育成に四苦八苦しているケースに、何度も出くわしていたことの記憶が蘇ります。成果が見え難い人材育成の仕事は、ことほど左様に難しく心が疲れる仕事なのです。

 さて、教材としてテレビ番組の録画に力を入れていた時期がありました。今から14年ほど前になりましょうか。そのために、VHSテープと8ミリテープの両方が録再可能のソニー製ビデオデッキを購入しました。
 ビデオテープへの録画は、平成11年から始めて10年近く続けました。特に、始めてからの数年間の録画テープが多かったですね。全て高品質のVHSテープに録画しました。気がつけば120分テープが100本以上になっていました。
 録画を思いたったのは、身近な出来事をケーススタディとして、自らを練磨していける教材の必要性を感じていたからでした。“企業理念の具現化”と“経営環境の変化への対応”を学ぶケーススタディ教材作成は、当時の私にとりまして優先度と重要度の高い課題でした。録画したのは、ドキュメンタリー番組や特別番組など、その時々に話題となったテーマのものがほとんどでした。それ以外では、医療に関するもの、人材育成に関するものをマークしましたね。平成12年からの3年間は、食の安全、企業不祥事に関するものが特に多かったことが思い出されます。あれから10数年、今も同じようなことが繰り返されていることに、ショックとガッカリ感、そして諦念感と白け感が、入り混じってしまいます。

 昨秋、家の中の所有物を大整理しました。活用機会が減ってしまったビデオテープ群の減量にも着手しました。
 先ず、現在も使っている20数本は保管BOXに整頓しました。それ以外は、おぼろげな記憶を辿って、気になるテープを50本ほど残しました。それらは、全て再生を繰り返して活用の可能性を探りました。約半分を残して、最終的には保存していたテープの8割を処分したのでした。
 大整理という関所を通過したテープの中には、便利になった時代では置き去りにされてしまった、しかし、だからこそシッカリ向き合う必要性を感じる根源的事例が数多くあるのです。
 年が改まってから、時間を作っては、40数本のテープを再生しては、その活用方法を考えております。そのほとんどが、私たちの日々の仕事のスタンスやあり方を考えさせられるものでした。その一例が今回のエッセイです。

カルテの裏側を考える:道下俊一(医師/元浜中診療所長)

 録画した番組の中でも、NHKテレビの「プロジェクトX~挑戦者たち~」のものが、かなりのスペースを占めておりました。このプロジェクトXは、戦後から高度経済成長期までの産業や文化の様々な分野だけではなく、大事件、自然災害、医療問題、スポーツなど、多くの人々の挑戦と努力、その成果の紹介がテーマでした。登場人物の多くは無名の方々で、だからこそ勇気付けられることが多かったと記憶しております。平成13年(2000年)3月28日(火)に第1回がスタートして5年半の間放送されました。放送時間は、火曜日の21時からの約43分間でした。特別編を除けば、183本のプロジェクト作品が放送されたようです。

 平成16年9月30日(火)には、「霧の岬 命の診療所」が放送されました。今から60数年前のことです。昭和27年3月、M8.2の十勝沖地震が発生しました。北海道浜中村霧多布は、地震による津波で深刻な被害を受けていました。翌年、その地にある当時の釧路赤十字病院浜中分室(浜中診療所)に、北海道大学病院から一人の医師が赴任しました。道下俊一さんです。それから半世紀の苦闘と地域医療の取組みを、プロジェクトXで取りあげられたのでした。

 その中で、道下先生の一言に強く惹かれました。
『カルテの裏側を考える』という一言です。
 その裏側というのは、その人の人生のことを指すというのです。
 例えば、“親子、嫁姑の関係”であったり、“経済状態”も含めた人生を考えなさい、ということなのです。“その裏側が分かるようになって、初めて医療行為が出来ると思ってやってきた”という道下先生の一言は、薬剤師にも当てはまります。
薬歴の裏側を考えるということでしょうか。

 録画をした10年前には、『カルテの裏側を考える』という一言は、私の心には残っておりませんでした。私の大学時代の卒論で取り上げました、岩手県旧沢内村の深沢村政に思いを馳せていたのでした。このことから、時代時代の情勢によって、その時々の置かれている環境や心境によって、気づくこと、惹かれること、教わることが違ってくる、ということが分かってきます。そのようなことにも気づかされたのでした。

 その当時、先生のお手伝いを志願した定時制高校生がいました。16歳で志願した漫画家志望の加藤一彦さんです。レントゲン助手として、道下先生を支えたのです。その加藤さんの代表作には、浜中診療所が出てくるのです。その代表作とは「ルパン三世」ですから、レントゲン助手の加藤さんはモンキーパンチということになります。このプロジェクトXに出演していたのでした。

                                                     (2014.3.5記)

エッセイ63:薬学生の服薬指導演習にて模擬患者役を演じて

 昨年の10月から12月は、当初思い描いていたよりも密度の濃い3ヵ月間でした。いつもより頭を使わなければ進まない課題に挑戦した結果、そう感じたのかも知れません。
 12月には、新たな経験もさせて頂きました。それは、現役薬学生の服薬指導ロールプレイング(以下、ロープレ)の患者役を依頼されました。その経験から、薬学部5年生の実務実習受入れ医療施設の指導薬剤師の方の参考に供したい、或いは考えて頂きたい内容をレポートしてみました。
 尚、私が演じた患者役のロープレ内容は、心臓に病を抱えての検査入院二日目で、午前中の診断で処方された薬の服薬指導という設定でした。2日間で、23名の薬剤師役の方の患者を演じました。

薬学生の服薬指導演習において模擬患者を演じて

私が感じた薬学生の課題
(1)いわゆる“あがる”ことによって、保有能力を十分に発揮できないまま終了してしまう。
   *このテーマは、多かれ少なかれ誰もが経験していることである。経験が浅い段階ではなおさらだ。
(2)何らかの理由によって、スタートでつまずいてしまい、最後まで尾を引いてしまう。
(3)トレイなどのツールの置き場所が特定出来ないまま、無駄な時間を費やしてしまう。
  さらに、説明しながら薬袋や説明資料を何度か置き直してしまい、落ち着かないままの説明に終始してしまう。入院患者は、不安感
  いっぱいであることを鑑みれば、その不安感がさらに増長される可能性も考えられる。
    ※ツール:トレイ、処方薬、患者情報、お薬情報、メモ用紙、バインダーなど
(4)説明を始めようとするのだが、その説明用資料がどこにあるのか見当たらず、忙しなく探してしまう。それが焦りにつながってい
  る。
(5)クロージングの後、退室しないまま演技を終了した方が複数名いた。
  また、最後に「お大事に(なさいませ)」を言わなかった人が、数名ほどいたと思う。
(6)指導者から、身なりについての指摘や注意が複数回あった。私も同感であった。
   ①前髪の長さ(前髪で顔の上半分が隠れている。何度も前髪を手で払う人もいた。この動作は、本人が気付かないまま自然に
    行っている)、②爪の手入れ、③白衣の汚れやしわ、など。
(7)今回の想定問答の中には、薬剤師が服薬指導を主導できる(あるいは、コントロールできる)箇所が少なくとも一つはあった。正
  に、コミュニケーション能力の問題になってくる。主導するコミュニケーションのあり方を、実務実習までに身体に沁み込ませたい。

   Q:何か 心配や不安に思っていることはありませんか? → A:父親が同じ病気で亡くなっているので、かなり不安です。

 いたわりの言葉、共感の言葉、うなずきの表情や同情の視線などのボディランゲージで、患者の心や思いに寄り添う対応をした方が何名かいた。その方々の気持ちが、模擬患者の私にも伝わってきた。そして、そのような薬剤師の卵の存在に接して、素直に嬉しく、それ以上に頼もしく感じた。患者の不安に接して、明らかに、共感の表情に変わった方、チョッピリ涙目になった方もいた。
 患者視点とか患者本位の対応とは、患者の心配事や不安、さらに思いや要望などを、より正確に引き出すことであり、引き出した後に共有化して共に考えることにつきる。それが、患者に寄り添う姿勢の一つにもなる。それこそが安心と信頼のコミュニケーションへとつながり、いわゆる“かかりつけ薬剤師”の丈夫な根っこになる。
 いま指摘したことは、コミュニケーション能力の重要な基本要素である“相手の立場に立って考える、対処すること”の自然な表現例であり、日常のコミュニケーションにおいても無意識に出てくるものだと感じている。今後は、状況に応じたコミュニケーションのあり方を、もっともっと意識して訓練しながら成長し続けることを期待したい。知行合一なり。

●課題を乗り越えるためのあり方〔例〕
 私の場合、30年近く企業内教育に従事し、その中で延べ15年ほど、営業担当者の商談(新製品の売込み、購買促進策の提案、売場作りの提案など)ロープレ、管理者の目標管理の面談(目標統合、期末評価、日常対話)ロープレなどの企画、モデル演技、研修トレーナー、コメンテーターを経験してきた。
 そこで身につけた考え方やノウハウによる課題克服のあり方や方法例について、上記の感じとった課題別に考えてみた。

(1)あがり防止の良薬なし、と肚を括る
   ①“誰でもあがるものだ”と開き直る。
   ②繰り返し訓練する。自助努力が自信につながる。   
   ③目標必達魂を強化する。
※稽古は本番のつもりで!本番は稽古のつもりで!
(2)スタートダッシュで弾みをつける → 訓練で克服する    
    ・ドアのノック、入室許可の挨拶は、慌てず、優しく、スムーズに。
    ・患者に近づいて自己紹介。
(3)段取り八分
    ・演習毎に、日頃から段取りを設定して、本番に備えておく。
    ・その上で、今までの授業や実習を振り返って、所定の準備時間の中で、服薬指導に必要なツールを選別し、使う順番に
     セットする。
    ・トレイの置き場所は、最初から決めて臨む。
(4)準備万端整えること~備えよ常に
    ・準備した段取りに沿って、落ち着いて演ずる。
(5)服薬指導はお薬情報を活用して、患者と一緒になって読み合わせるように、指で指し示しながら、正確に伝える。
(6)終わり良ければ総て良し
    ・“立つ鳥後を濁さず”なり。病室を退室するまで、患者に対して信頼と安心を抱いて頂ける行動の習慣化を目指す。
    ・最後の「お大事に(なさいませ)」という一言は必須!!
(7)第一印象の良否はあなた自身の日頃の行動習慣の鏡
    ・四年次なったら、外見や態度・行動について、日常どうあるべきかを把握しておく。
     さらに、日々点検を心がけ、意識してあるべき行動を実践する。
    ・ロープレ時やらない人、できない人は、医療人失格と自覚したい。
(8)共感姿勢を表現するための言葉遣いやボディランゲージのあり方を、日頃から考えて実践する。 このことは、私が提唱してい
  る「薬剤師である前に一人の人間であれ」を具現化するための道程の一つではないか!、というのが私見でもある。
    ・個人で考えて実践する。
    ・身近な同窓生との意見交換や議論を通して、学びあうことも奨励したい。
    ・実務実習の指導薬剤師にも、自分自身が薬剤師成りたての頃を思い起こし、
                      実習生は未成熟であることを踏まえて、根気強い指導をお願いしたい。

              (2014.1.23記)

エッセイ62:あの玄関の大鏡は自身を映す鏡だった

 新聞や雑誌の切り抜きを、相も変わらず続けております。パソコンが普及し始めてからは、古臭いやり方と敬遠されてしまったきらいがありますが……。
 長年続けていると、月毎に毎年決まって取りあげられる記事の存在が判ってきます。
 12月初旬には、アルコールハラスメント、急性アルコール中毒に関する内容の記事が顔を出してきます。若者の“一気飲み”や“多量飲酒”を防止するグループや市民団体も、この時期に動き出すそうです。急死という悲劇が、今でも続いているからでしょう。今年も切り抜くことにしました。
 7年前につぶやいたエッセイの中に、「起こさない、起こさせない“急性コール中毒”(2006.2.20記」がありました。その時、急性アルコール中毒に関する知識の無さに気づき、関連する情報収集に時間を使いました。そのような過程を通して、様々なところに情報の在処が存在することも教えて頂きましたね。そのようなことも思い起こされたのでした。
 思い起こしついでに、私が所属していたI社の玄関先の光景が浮かんできました。
 その玄関先の大鏡の存在意義をつぶやいてみます。

あの玄関先の大鏡は自身を映す鏡だった。そして ……

 昭和53年からの8年間は、日用雑貨・トイレタリー、さらにサニタリー製品の卸売販売業I社に在籍して、営業の仕事に従事しておりました。30歳代のことです。
 営業先は、スーパーなどのチェーンストア本部、中小規模のスーパー、薬局・薬店、食料品店、雑貨品店などの小売業です。コンビニやドラッグストアのような新業態店の無い時代でした。
 社屋は奥羽山脈の麓近くにありました。その関係で冬季は風が強く、玄関には風除室がついていました。風除室で上履きに履き替ると、その先には大人二人分の身を映すことが出来るほどの大きさの鏡が、デンと構えていたのでした。
 当時はそれほど意識しておりませんでしたが、営業に出発する時と営業から帰ってきた時には、必ず鏡に向かって『ある点検』をしていたことが思い出されます。その点検は日課でした。
 出発時は、服装と顔の表情の点検です。とりわけネクタイは、キリッと締めてから靴を履き替えておりました。その頃から、第一印象で評価されることを、どこかで理解し意識していたのかもしれません。
 帰社時は、元気度と服装のチェックです。営業担当には、毎日の販売目標があります。その成否こそが、一番の元気の源になります。しかし、目標がクリア出来ればルンルン気分ですが、未達成の場合は、「ただいま帰りました」のトーンにも明らかに反映します。それも人間の姿なのでしょう。内勤の皆さんには、ハッキリと分かるのだそうです。ですから、余計な心配をかけまいと、それ以上にやる気が失せないようにセルフチェックをしていたのです。

 この鏡の発案者が誰なのか、その目的は何だったのか、在職当時は意に介していませんでした。それから数十年経った今、自分自身の今の姿を正直に映してくれる鏡の存在が、自分の周りに数多く存在していることに気づくようになりました。
 I社の玄関先の大鏡、私が日々接している方々との会話やお付き合い、行き交う人々の仕種や行動、地球上で起きている出来事、自宅の庭や自分が生活している場所、仕事の流儀、人生観や人間観、家族や友人からのアドバイス、もちろん洗面所の鏡…それらはみんな自分自身を映す鏡、映し出す鏡になるのです。
 さらに踏み込んで思いを巡らせると、そう考えられるようになった原点の一つが、“相手の立場に立って考えること”であり、自分:相手=49<51の比率によって、自分自身を映してくれる鏡の数は違ってくるのだろう、と感じているのです。本人の考え方次第なのではないでしょうか。

 今日は節分。追い出された鬼たちが走り回っています。鬼はソトー、福はウチー ・・・

                                                     (2014.2.3記)

エッセイ61:四半世紀も続けている私のあるオリジナル作法

 数ヵ月も前でした。些細なことでしたが、情けない失敗をしてしまいました。
 何とか解決し終わって、一週間ほど経ってからだったでしょうか。その失敗の原因が初めてではないということが、遠い昔の郷愁のような感覚として、漣のように押し寄せたのです。20年ほど前の同じような光景が、日が経つにつれて鮮明になって表れてくるのでした。
 なんで同じことを。それも厭きれかえるほどの初歩的ミスをやらかしてしまったのです。
 問題解決の基本として、口が酸っぱくなるほど、言い続けていることがあります。四直四現主義で事実確認することです。それに反して、経験則を優先させて、事実確認を怠っていたのです。中途半端な事実確認で済ませようとしたのです。先入観:事実確認=8>2状態だったのです。
 経験を重ねることで、その豊富な経験則で的を射ることが増えることも事実です。しかし、事と次第によっては、成功体験が通じないケース、過去の成功体験では通用しないケースも出てきます。かなり苦い経験もしました。
 今回は、ごく小さな問題であるという認識と、自分自身の多忙さにかまけてしまい、曲者である先入観が事実確認という基本プロセスを省いてしまったのです。結局、怠慢でしかありません。これでは、“学習効果の低い人”というレッテルを貼られても、受け容れざるを得ないことになりましょう。まだまだ未熟な自分自身であることを自覚して、謙虚に看脚下することにしました。常に、“初心忘るべからず”なのですから。
 そして、生涯未熟であることを心にしっかり留めて、私の座右銘でもあります“誠実に向き合って対処する”ことを、改めて実践しようと反省しております。そのためにも、今でもやり続けているある事をつぶやいて、基本のあり方を復習することにします。

四半世紀も続けている私のあるオリジナル作法

 研修の運営、講話、祝辞、スピーチなど、人前でお話しする時、もう26年以上も続けている作法を紹介させて頂きます。
 たとえ1分間の自己紹介であろうと、30分間の講話であろうと、さらに3週間にわたる合宿研修であろうと、全て同じスタンスでやり続けている井上のオリジナル作法です。
 それは、私の担当する全ての時間の原稿を一字一句作り、極力暗記して臨むということです。それを誠実に実行するためには、多くの時間を要することになります。それを承知でやり始めたのが、1988年(昭和63年)前後でした。私流の一定のフォルムに到達するまで、10年近い試行錯誤を繰り返したと思います。膨大な時間とかなりの費用を投下しました。

 その作法手順の骨子は、以下の様になります。研修トレーナーの場合で申しあげましょう。

〔ステップ1:受講者の教育ニーズの把握とねらいの確定〕
 研修受講対象者の教育ニーズを把握し、ねらいを明らかにして確定します。それは、研修コース全体とカリキュラム毎に設定します。

〔ステップ2:ストーリーの策定(全体、各カリキュラム)〕
 研修全体のストーリーを考えます。確定したストーリーに沿って、カリキュラムの順番を策定します。この段階は、研修全体の成果に大きく影響する肝心要の部分になります。
 何かの都合を優先させたり、教育機会の消化主義などで、カリキュラムを意図もなくランダムに並べることだけは、よほどのことがない限り認めません。ですから、それが3週間続こうとも、全てのカリキュラムを私自身が運営できるよう努力します。
 進め方、運営ツール、教材、補足資料なども、この段階で企画し作成します。
〔ステップ3:カリキュラム毎のトーク原稿の作成〕
 全てのストーリーが確定したら、カリキュラム毎に、主要なキーワードを吟味して選択し、所要時間に沿って一字一句原稿を作ります。何度も見直しをかけますから、この作業に一番時間を要します。時間を惜しまずに推敲します。ここは二つ目のキモになります。
 同じカリキュラムでも、受講対象者の職種、役割、職歴、経験年数が異なることもあります。その場合は、受講者のプロフィールに則して、原稿内容も作り変えます。

〔ステップ4:原稿の暗記とロールプレイングの実施〕
 原稿が出来たら、一字一句暗記します。何度も何度も声を出して、納得するまで暗記します。実施日が近づくと、寝床についても、朝起き掛けの布団の中でも、リフレインする日々が続きます。事前準備の最終難関になります。

 この作法を自分が当り前に習慣化するための歯止めとして、T販売時代には、私が担当する全カリキュラムをビデオ撮影しました。気になった部分は、何度か見直して改善することを課したのでした。10年間は続けました。
 講話、スピーチ、祝辞の場合も、基本的には上記ステップと同じ手順を踏んでおります。

 さらに付け加えておきたいことがあります。それは、何故、そのような作法を四半世紀以上も続けているかということです。
 理由の一つは、一月のエッセイ第55回「目の前のことに集中して全力投球(2014.1.3記)」で申しあげました。
 以下、それ以外の理由をご紹介して、今回のつぶやきを締めたいと思います。

①目の前の受講者、聴き手と向き合い対話しながら進めるために、顔をシッカリと見て、その方々の反応を観察しながら、その都度のねらい実現を目指したい。対話を通して、潜在意識と潜在能力を引き出したい。 
②話す内容と言葉に魂を籠めて、自発的やる気を引き出したい。 
③失言、放言の防止。
④何よりも、参加してよかった、受講してよかった、と感じて頂きたい。
⑤一知半解はご法度にする。

                                             (2014.1.15記)

エッセイ60:大きな本屋さんにて、そして県立図書館にて

 今回のエッセイは、昨年12月につぶやきましたエッセイです。

大きな本屋さんにて、そして県立図書館にて

 昨年11月下旬のある日、9時半に家を出ました。午前中は本屋さんのはしごをしました。午後2時過ぎからは岩手県立図書館を訪れました。
 欲しい書籍があったわけでもありません。時々やるタウンウォッティングであり、書店ウォッティング、書棚ウォッティング、書籍ウォッティングです。
 圧倒的な質量の本を目の前にして、今年一年の心の垢を落とすことにしました。

 多くの本屋さんの難点は、購入候補の本を置いていない場合が多いことです。取り寄せすると、返本は利きません。私の場合、内容を確かめてから購入したいので、ついつい在庫切れの頻度が低い本屋さん(以下A書店)を利用することになります。
 A書店では、検索用のパソコンで、該当する本の取り扱いと在庫の確認が出来ます。他の本屋さんならば取り扱っていないと想定される本も、ほとんど間違いなく取り扱っています。私の場合、当てが外れたことは稀です。
 A書店のフロア面積はどれ位でしょうか。200坪はありましょうか。担当の方に取り扱っている書籍数を訊ねましたが、笑顔のみで回答は得られませんでした。答えられないほどの書籍数なのでしょう。
 岩手県立図書館は、4フロア合計で10,590㎡(約3210坪)の広さだそうです。受付と閲覧スペースのある3階部分は4,186㎡(約1,270坪)で、かなりゆったりとした閲覧席があります。現在の蔵書数は706,658冊で、収蔵能力は153,5万冊とのこと。(岩手県立図書館ホームページ、平成25年3月31日現在)

 想像を絶する圧倒的な質量の知の中に埋もれていると、人間一人ひとりがいかに小さな存在であるかを窺い知ることになります。思い知らされることになります。世の中は、そのような人間の集合体として息づいているのではないか、と考えてしまいます。
 そう考えると、等身大で謙虚に生きていこうと安心して思えてきます。誠実に精一杯生きていこうと思えてきます。
 そう考えていくと、改革だとか、変革だとか、つかの間、どうでもいいことのように思えてきます。小さな改善を積み重ねることの方が、ずっと自然のような気がしてきます。

 今年数多く使った言葉を振り返ってみました。
 謙虚、誠実、真摯、努力……。
 これら(謙虚、誠実、真摯、努力)に勝る知恵はないように思えてきます。私のような凡人にとっての知見であり経験則かもしれません。
 多くの知識の中を泳いでいると、ついつい何かと比べて、自己満足の優越感に浸っている自分が恥かしくなります。肩肘張って強がっているのが惨めに思えてくるのでした。
 そんな、平成25年11月下旬の一日でした。

                                                                        (2013.12.14記)

エッセイ59:小さい自分運動も、気負わず積み重ねていけば力になる

 早いもので、年が改まってから3ヵ月目になります。昨日は、この数ヵ月分の切抜きの整理と整頓を行いました。
 一日おいた今日の午後、心に残っていることをつぶやきます。

小さな自分運動も、気負わず積み重ねていけば力になる

 新聞記事であれテレビ番組であれ、年末年始のマス媒体のコラム、インタビュー、ドキュメント、その他特集・特番などからは、教わることや気づかされることが、掘り出し物のように出てきます。
 ここ数年、私自身の年末年始の過ごし方に変化がおきつつあります。ユッタリとした感覚を味わえるようになったことでしょうか。否、あることを境に、そうしたいという思いが強くなったのです。
 日常の忙しないペースとは異なる、ゆっくりとした時間の流れから産み出されているだろう無意識の心の余裕(ゆとり)が、謙虚に学ぶことを後押ししてくれているように感じます。ほんの数日間ではありますが、私にとって貴重な時間帯となりつつあります。その余裕を産み出してくれている要因が何なのか、ちょっとばかり考えてみました。
 同居する家族、離れている暮している家族、年金制度、安心で円滑なコミュニケーション、目標、日々の謙虚な振り返り、お気に入りの音楽、世界に類を見ないであろうこの国のインフラ、認め合える友人・知人、私を必要としてくれる仕事環境・人間関係、…… もっともっと在りそうです。
 考えれば考えるほど、周りのことに目いっぱい感謝しなければいけないことが解ってきます。そのような環境の中で生きていることに、キチンと感謝しなければいけません。心の底から感謝しなければ、バチ(罰)が当たってしまいそうです。

 さて、昨年末に、東京都内で出版社「ほんの木」を営む柴田敬三(68歳)さんのことを知りました。私の人生の一年先輩にあたるのでしょうか。
 先ずは、「ほんの木」のホームページにログインしました。
 柴田さんは、株式会社ほんの木代表、ブログマガジンの主筆・編集長で、人呼んで「世直しおじさん」、「闘う老働者」と自己紹介されていました。

 柴田さんのお話しの中で、特に気に入った表現が在りました。
 それは、「気軽にできる自分運動」という表現です。自分運動という言葉が、現在の私にピッタリな気がするのです。直ぐに気に入ってしまいました。しばらくの間、その表現を拝借しようと思います。
 ここ数年、若い方々に対して繰り返し強調しております「積み重ねは力なり」の一法として、“小さな自分運動”を奨励したいと考えたのです。
 つまりは、身の丈にあった小さな自分運動を気負わずに積み重ねて、自分自身の力を徐々に蓄えていこう、積み上げていこう、ということを申しあげたいのです。急がば回れなのです。コツコツこつこつ積み上げていくことが、結局、私にとって最適な自己啓発方法であり、私たち誰にとっても、最も確実な成長戦術なのです。
 そのことを気づかせてくれた柴田敬三さんに感謝したいと思います。
 もう少しで、東日本大震災から丸三年になります。

                                                         (2014.3.2記)

エッセイ58:“教育担当者に求められるもの”の一考察 その3(最終回)

 今回が、“教育担当者に求められるもの”の最終回になります。
 是非、企業の壁を取り払って、お互いの意見や考えの交換をしたいものです。そこから相互理解に発展し、相互啓発が実現できることを祈念したいと思います。

“教育担当者に求められるもの”の一考察 その3(最終回)

Ⅲ.求められる心構え・態度・スキル

1.心 構 え
  (1)赤々と燃える成長願望を持ち続ける
  (2)自ら率先して学ぶ人になる:教うるは学ぶの半ばなり
  (3)良好な人間関係を作る:ヒューマンリレーション作りの達人になる
     *相互理解 → 相互受容 → 相互信頼 → 相互支持:「和」の確立
  (4)分りやすい言葉で話す:考えが貧弱だと、言葉も貧弱で分かりにくい
  (5)理解と納得の話し方をする:必ず結果とその理由・根拠をセットで
  (6)基本をよく知り、マネジメントに精通し、顧客の声によ~く耳を傾け、
     ・洋の東西の哲学(倫理)を知り、自社・他社を研究し、社員を知る
  (7)人のやる気の起こし方を、充分に知っている。そして、皆が生き生きとしている風土にする
  (8)人材育成・企業内教育に関する理論・技法を身につけ、知行合一を実践する
  (9)教育の要諦は、諦めずにやり続ける:継続は力なり、積み重ねは力なり
  (10)「我以外皆我師也」という謙虚で真摯な共育魂を持つ

2.態 度
  (1)情熱
  (2)誠実・正義感
  (3)共に考える姿勢:教育は共育なり
  (4)自分自身を客観的に観察できる冷静さ:離見の見
  (5)謙虚に看脚下:教わるとは?

3.ス キ ル
  (1)教育理念と教育体系の構築、策定:教育とは?
  (2)教える内容の深い知識と経験:相手を納得させ、やる気を喚起する
  (3)教え方の知識と技能
  (4)人をひきつける対人関係能力、互いに浸み込んでいくコミュニケーション能力
  (5)健全で柔軟な判断力
  (6)問題意識、想像力、感受性
  (7)的確な問いかけ、問題提起:応答は問いに依存する

                                                                      (2013.11.3記)

エッセイ56:“教育担当者に求められるもの”の一考察 その1

 今から10数年前になりましょうか。『企業内教育の活動指針』と名づけて、今後の私の仕事遂行のプラットフォームとしての個人的な手引きをまとめました。
 表現した文言は、それまで直接間接を問わず教えて頂いたこと、体験しながら学んだこと、などを整理してまとめたものです。決してオリジナルの内容ではありませんから、発表できるものではありません。しかし、“若い教育担当者の参考に供したい”という思いから、今回から三回にわたりましてご紹介させて頂きます。
 活動指針はいくつかの単元で構成されております。その中の一つ“教育担当者に求められるもの”を、加筆修正してご紹介させて頂きます。それらが全て納得頂ける内容とは思っておりません。企業内教育に携わっている方々との相互啓発の材になればと希望しております。
 意見交換の場が実現出来ると良いですね。実現すれば、ただただ嬉しい限りです。
“教育担当者に求められるもの”の一考察 その1

Ⅰ.人材育成の基本テーマは何か?

1.社員一人ひとりの考え方や心構えを変革すること。そして“自発的やる気”を喚起すること
   (1)“健全な心構え・判断基準とは何か”を、しっかりと肚に落とすこと
    ・“人間尊重(Yの心)”を基本的信念に
    ・4S志向:CS(顧客満足)、DS(生活者満足)、PS(患者満足)、ES(従業員満足)
    ・自己責任意識、目標必達魂、チャレンジ精神
    ・CSR(企業の社会的責任)の追求
   (2)必ず行動変革へ結びつけること:仕事が教材(On the Job Learning)
    ・方針と目標を明確にして、全員に明示する
    ・目標達成のための方途を考える、考えさせる
    ・目標と具体的計画を合意する
    ・目標の進捗状況を確認して、納得するまで共有化する
    ・対話を通して、“背中を押す”、“誉める・叱る”、“勇気付ける”
    ・納期がきたら客観的に評価する。その結果をフードバックして、評価奨励する
     *やる気=自己確信(自信)×自己動機づけ

2.心を耕して、人間性を磨くこと
     *自助力(自力で生きていける力)と共助力(周りの人と一緒にやっていける力)を身につけて、
                                                “いつでもどこでも誰とでも協働できる人”を育てる。
   (1)謙虚に素直に看脚下することの習慣化、当り前化
   (2)利害関係にとらわれない、お役立ちの心を持つこと
   (3)人の痛みを知り、その痛みを自分の痛みとして自覚し、自己を厳しく律すること(自律心)
   (4)個人の尊厳を大切にし、権威主義に陥らないこと(倫理観、道徳観)
   (5)社会や組織の秩序を維持し、社会や会社の諸規程・規律を率先して遵守すること(規律性)
   (6)言ったことや決めたことを実行にうつすこと(誠実)

3.問題発見能力と問題解決能力を高めること。そして、継続的業績向上に結びつけること
   (1)仕事の進め方の基本であるPDCAサイクルをスパイラルアップすること
   (2)問題意識と感受性・好奇心を引き出すこと
     ・3W(なぜ・なぜ・なぜとWHYを3回繰り返す)思考の習慣化
     ・“何かおかしい、ちょっと変だ”と感じたら、立ち止まって視る/観る/診る
   (3)問題提起をする時は、必ず対案を出させること
   (4)試行錯誤を奨励すること、歓迎すること
   (5)失敗にこそ宝物が隠されていることを気づかせること

                                                           (2013.11.3記)

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