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エッセイ141:私が心がけているヤル気の点火剤は?

 今の時代の現役教育担当から、どれだけ共感して頂けるのだろうか? 全く計り知れませんが、出会ってから意識し続けている行動指針があります。それは、19世紀の英国の哲学者・教育学者ウィリアム・アーサー・ワードの至言です。
 
      凡庸な教師はただしゃべる。
        良い教師は説明する。
          優れた教師は自ら示す。
            偉大な教師は心に火をつける。

 教師という表現を、教育担当、人事担当、部下を持つマネジャーなどに置き換えて、人材育成が主要任務の方々の不易の心構え、或いは自戒・自省の行動指針として引用しております。
「心に火をつける」とは、“やる気を引き出すこと”。正に、教育の語源であるEDUCOのことです。さらに、その火は実行動へと受け継がれなければ元の木阿弥となります。意識と行動をセットで変革に導いて、はじめて“火をつけた”と言えましょう。私は、そのように解釈しております。
 人の心に火をつけるためには、力のある言葉を学びとり、その言葉の使い方を吟味し、心に届く眼差しと雰囲気をもって、心に響く話し方で、全力投球することを忘れてはいけません。問いかけ続けること、問い質し続けることを忘れてはいけない、と心に刻んでおります。
 今回のエッセイは、心に火をつける剤には何があるのか、一緒に考えてみたいと思います。

私が心がけているヤル気の点火剤は?

 エッセイ126回(日常の教育機会の指導ポイント)の復習からスタートしましょう。
 その指導ポイントの一つ「部下や受講者のやる気・好奇心・感受性を高めて、想像力を養い発揮させる」は、全4項目の中でもハードルの高いテーマです。しかし、避けて通ることの許されない根源的なテーマなのです。難しい課題ではありますが、そう意識しながら、根気強く働きかけていけば、徐々にやる気や感受性が高まっていくことを、何度か体験してきました。その体験を信じて働きかけていけば、自ら学ぶことを楽しんでくれる様子が、雰囲気として感じられるようになります。“勉強が楽しくなりました”、“生まれて初めて学ぶことが好きになりました”と、照れながら発する人も出てくるのです。
 実際に指導する際のコツは、小さな努力をコツコツ継続させて、スモールサクセスストーリーを積み上げさせることに尽きると思います。この場合、仕事の進め方の土台として、“目標によるマネジメント”の定着が前提となりますが、この件は別の機会に取りあげたいと思います。
 一方、現実はどうかと言えば、思うような成果に結びつかないことや失敗の方が、はるかに多いのが実態ではないでしょうか。その比率(成功率<失敗率)から察すれば、日々の失敗から学ばせることはさらに重要なのです。そして、“毎日の小さな努力を、何年も何十年も積み重ねるしか道はないと覚悟させること”は、もっと大切だと思えてきます。経験の浅い段階では何も見えてきませんが、辛抱強く行動させ続けていけば、的確な問題意識が拡がっていく感覚が芽生えてくるものです。やる気はもとより、好奇心も感受性も、そして想像力も高まっていくのです。成長度合いを確認し合いながら、より積極的な行動姿勢を引き出し、継続行動を促して粘り強く育んでいくことではないでしょうか。
 エッセイ141のスタートとして、心に火をつける上での基本的な考え方を申しあげました。ここからは、今回のテーマである心がけている点火剤の正体について、話を進めたいと思います。

 先ず、最初に明言しておきたいことがあります。人材育成を任務とする方々の行動姿勢についてです。
 何が点火剤の正体であるかは、“一人ひとりが試行錯誤を繰り返して、自力で考えて見定めよ”ということです。“本気になって究明しなさい”と、ハッキリ申しあげておきましょう。正体を意思決定したなら、間髪入れずに当たり前に実行することです。描いた目標のレベルまで、満足できるレベルまで、克己心で追求し続けるだけです。言葉にすれば簡単そうに思えるかもしれませんが、相当量の努力と覚悟が必要となります。自らの手で掴み取るしかありませんから、実践行動の積み重ねが不可欠です。正体が何であるかを知ることは簡単であっても、スキルに辿り着く時間距離はオリンピック並みと心得てください。だから、“克己心で… ”と付け加えたのです。
 ここからは、私が心がけている点火剤の正体をつぶやいてみましょう。

 企業内教育に従事する教育担当者にとって、社員との信頼関係なくして任務を果たすことは不可能でしょう。友好的な関係を築くことはそんなに難しくはありませんが、信頼関係は容易く構築できるものではありません。確固たる指針と信念無しには、本物の信頼関係には至らないと思います。その信頼関係樹立のために、私は五つの行動指針を掲げております。
 「⓵目の前の課題に、自ら進んで取り組むこと(率先垂範)」、「②真剣に、一所懸命立ち向かうこと」、「③最善を尽くすこと」、「④先ず受け入れてみること(肯定的に、前向きに)」、そして「⑤誠実に全力投球すること」です。
 五つ目の「誠実に全力投球すること」は、私が心がけている一番の行動指針です。これだけは“手を抜かない”と決めた指針なのです。納得するレベルに行き着くまでには、何度も苦い経験を味わいました。ある時から、誰が何と言おうと「誠実に全力投球すること」と、自分の心に誓いました。一所懸命働きかけていると、真剣に耳を傾ける人の存在を感じるようになりました。ぶれずに全力投球し続けていると、表情や姿勢からやる気を感知できるようになります。私が真剣であれば、私の真剣さが伝わる感覚が認識できるようになりました。

 「井上さん、今日も全力投球でしたね。……」
 20年以上前になりますが、この一言は私の背中を後押ししてくれました。3日間の新任マネジャー研修の反省会において、系列会社のある教育担当が発した感想です。それ以来、全力投球という評価は、私にとっての最高の励みの言葉になりました。そのような評価を支えに、ここまで人財育成の志事を続けられていると思います。さらに、実現が難しくても全力投球で対処しさえすれば、年齢に関係なく、まだまだこの志事が続けていけると思えるのです。
 もう少し掘り下げて、点火剤の正体を考えてみたいと思います。紹介した私の行動指針を支えてくれる心的側面の存在です。それは、「愛情」、「情熱」、「本気」のトライアングルです。「熱意」、「誠意」、「根気」と言い換えても良いでしょう。五つの行動指針とは、車の両輪の関係ですね。これらとの関わりが成否の鍵を握っている思います。
 一方、状況にもよりますが、心的側面はストレス源へと変化することもあります。教育担当にとって、常に抱える心の重しになることが考えられるのです。それは、教育の成果が表れるまでには、かなりの時間を要するところにあります。研修を実施した翌日から、成果が表れるような簡単な問題ではありません。5年、10年、20年と経験を積み重ねながら、気がついたら積み重ねた教育の効果が出てくるものだと思います。ですから、ストレスを感じたならば、こんな視点で打っちゃってください。
  「効果が出ないからと止めてしまっては、未来永劫ダメになる。教育はそんな簡単に成果が出るものではないと。

 私の目標の一つは、“人間的魅力をもっと高めて、影響力を発揮できるようになることです。今回のテーマである心がけている点火剤の正体は、私に合った目標達成の行動指針であることが再確認できました。繰り返して申しあげます。人材育成が任務の皆さんには、メンバーの心に火をつけるオリジナル点火剤を、日々意識して追求して頂きたいと思います。
                                                                         (2017.4.5記)

エッセイ140:「考えるとは?」を、行為レベルで考える

 平成29年3月卒者の就職活動(以下、就活)が本番の時期になりました。
 私が新卒採用を担当するようになって、かれこれ31年になりましょうか。16年前からは薬学生がメインとなりました。初めて薬学生と接した時、多くの薬学生の就活実態に大きな衝撃を受けたことが思い出されます。“これが薬学生の就活なんだ!?”、“これで良いのだろうか?”、“これで通用するの?”というような、意識の低い緊張感が希薄と受け取られても致し方のない実態に、ただただ唖然としたのでした。その光景が、今でも頭から消えることはありません。
 就職先の方向性を訊くと、病院の比率が高かったですね。調剤薬局が続きます。さらに、その理由を問うと、採用担当者として耳を傾けたくなるような返答が、(余りにも)少なかったのです。それも、10人10色ではなく、概ね同じようなグレー系の色合いでした。
薬剤師の任務をどう捉えているのか知りたくて、“薬剤師法第一条には、何が書かれてありますか?”と確認をします。残念ながら、満足な回答が得られないのです。薬剤師法第一条のタイトルさえ答えられない方がいました。怪訝そうな視線で、その場を立ち去る学生もいました。現在でも大差ありません。何十年間も続いている薬剤師超売り手市場が、問題意識の希薄な視野狭窄ステレオタイプの薬学生を、自立心の乏しい受身タイプの薬学生を量産してしまったように思います。
 採用側にも問題がありそうです。求職学生一人ひとりが自社の求める人材像にマッチしているか、そのことを採用担当者がキチンと評価してしているのだろうか、という疑問です。さらに、人間的側面や個性、将来の可能性など、どれだけ多面的に観察評価して内定を差しあげているのだろうか、…… 疑問が膨らみます。薬剤師不足であることを理由に、人物評価は二の次で薬剤師の卵に内定手形を乱発している姿勢に対する私の問題意識は、変わることなく失せないのです。
 薬学部で学んだ方々の職能は、想像以上に間口が広くバラエティーに富んでいる、と私は考えています。そこで、“将来何をやりたいのか”、“どのような人間を目指したいのか”、“学んだ学問で何を見出したいのか”、“どのような仕事で社会と共生したいのか”、“学んだ学問を活かしてどのようなことで社会と関わっていきたいのか”、そして“どのような薬剤師になりたいのか”、などを明らかにすることが就活の出発点、と薬学生には長いこと問いかけております。しかし、そんな私の問いかけに対する反応は、ますます薄くなっているように感じます。一方、その程度の就活でも、他の職種に比べて職を得ることに困ることがありません。そんな風潮を横眼で見ながら、企業研究の基本的なあり方に対する疑問は、相変わらず膨らむ一方なのです。最近では、他人事のように眺めるしかできない自分に対しても、自虐的に腹が立ってしまいます。
 しかし、私は諦めずにアドバイスしたいと思います。
 『薬学生よ、もっともっと己の心身全体を使って、これから何十年も続く自分の将来を真剣に考えなさい。薬剤師の職能は国民から負託された誇るべき任務であることを覚悟し、自分自身の生き方と人生観を明確にすることから逃げないで、自己責任意識で意思決定しなさい』と叫びたいのです。薬学を修めた者の職能の巾を狭めないで、視野を拡げいくつもの着眼点を動員して考え、自分の将来を決めて欲しいのです
 そんな思いを募らせながら、“考えるとはどうすることなのか?”を啓発的に綴ってみたいと思います。エッセイ第93回(2015.5.30記)を、人材育成という視点で教育担当者向けに書き直してみました。

「考えるとは?」を、行為レベルで考える

 何かにつけて便利さが優先される世の中になりました。
 コンビニエンスストアでは、そのお店の取扱商品であれば1年365日24時間購買することが出来ます。いつでも入手可能ですから、生活者には買い置きの必要性が薄くなります。何らかの事情でも無い限り、必要になった段階で買いに走れば事足りるでしょう。事前にあれこれ考えなくても、日常生活に支障をきたすことも少なくなりつつあるのです。流通企業にとって、消費者ニーズを先取りした利便性追求競争は、今後も生き残り策の一環として激化していくことでしょう。
 そのような中での私の(老婆心的な)心配事は、便利さが進展すればするほど、全身を使って考える必要性が減っていくことです。別の言い方をすれば、思考停止が徐々に進んでいきはしまいかという危惧のようなものです。それ以上に恐ろしいのは、そのことに気づかないばかりか、日常生活における問題意識が低下してしまうことではないかという気もします。
 もう一つは、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」現象が、相も変わらず気になることがあるのです。災害にしろ、不祥事にしろ、突発的な事故にしろ、取り返しのつかないような経験を教訓として、備えを疎かにしてはいけないことへの格言なのでしょうが、その出来事がいつの間にか忘れ去られてしまうのも実状なのです。「人の噂も七十五日」の通り、特に他人事であれば、時の経過とともに多くの出来事は消え去っていくのです。大多数の生活者がそうであるように、日常生活で精一杯の状況であればあるほど、その傾向は無理からぬことと思いながらも、「喉元過ぎれば…」のような事態に気づいたなら、私自身に対する自戒として、こう言い聞かせると決めています。
 そのような傾向は誰もが持ち合わせている人間の必然的心理現象と認めた上で、“喉元過ぎても熱さを忘れない。考え続けるべし”と。
 
 ここからは、前途有為な若人に物申したい、特に薬学生に物申したいと思います。日々の生活では、些細なことでも“何か変だ?”と思うことがありますね。そんな時に、ちょっと立ち止まって想像の羽を広げることは無駄なのでしょうか!感受性も、好奇心も、問題意識も、無益なのでしょうか!私には関係ないからと、面倒だからと、その場の雰囲気に流されて向き合うことを止めて良いのでしょうか!思考停止に近い状態で、今後の人生を歩んで良いのでしょうか!……
 私は思います。考えるという行為こそが、将来の生きがいに辿り着くプラットフォームだと。そこで、現状実態に気落ちしながらも、考える行為の啓発目的で、“考える”ということを「○考」という形で表現してみました。

      足考:行動することは、足で考えること。
      手考:メモすることは、手で考えること。
      口考:言葉に感情を添えて表わすことは、口で考えること。
      目考:観察することは、目を凝らして考えること
      頭考:感じること、疑問に思うこと、興味を抱くこと。
               そして、掘り下げること、組み立てること、深化させることは、頭を使って考えること、脳で考えること。
      耳考:傾聴することは、耳を研ぎ澄まして考えること。
      指考:温もりや肌触りを感じることは、指先を使って考えること。
      顔考:思いや情緒を表情に表すことは、顔全体で考えること。
      心考:相手の気持ちを想像することは、心で寄り添って考えること。
      書考:書き表すことは、言葉に魂と思いを添えて考えること。

 こうやって視点を変えてまとめ直してみれば、考えるという行為の巾の広さと奥行きが見えてきます。これらの「○考」は全て考える行為を表しています。これらの「○考」を認識して、日々全身で考えるという行為を実行することは、脳活性化の自己啓発になります。視野拡大につながります。ちょっと意識してその気になれば、「○考」の機会は身の周りに数多く存在します。ステレオタイプが巾を利かせている昨今、考えることの意義、考える行為の実例を掘り下げながら、問題意識を高める行為の実践を奨励し続けたいと思います。

 最後にひと言。
 本文の冒頭で申しあげた便利さを、全て否定している訳ではありません。決して、全てを悪者扱いしているのでもありません。大切なことは、少しでも納得のいく意思決定を可能にするには、全身を使って考えることではないか、ということを問いかけたいのです。考えないまま借用で済ますことは、責任を放棄したことになります。考えることの躾化は、一生涯の修養道だと思います。
 人事教育担当として31年間、ほとんど毎年のように新卒新入社員の育成に直接関わってきました。学歴は様々です。16年前からは、ドラッグストアや調剤薬局での新入社員研修に携わるようになりました。それ以来、つくづく感じていることがあります。それは、議論が弾まない、という実感です。課題解決を目的としたグループ討議では、議論内容の深まりが期待できなくなりつつあるのです。考える必要性を感じなくなったのか、考える余裕がないのか、考える行為が滅びつつあるのか、…… 。何故そうなのか、ずっと考えさせられています。そんな私のトラウマが、今回のエッセイを書かせたのかもしれません。
                                                            (2017.3.26記)

エッセイ139:「備えよ常に」&「準備万端整える」

 30年近くも続けている私の行動指針の一つが、“備えよ常に”という理念の下で、“準備万端整えること”を何が何でも実践することです。研修であれ講演・講話であれ、依頼されて受諾した教育機会は、可能な限り予定日の一ヶ月前までには実施可能の状況にすることを、イの一番の指針と決めて守り続けてきました。この指針は、未熟の度合いが高いほど、時間をかけて取り組まなければならないルーティン的課題だと思い続けています。
 そんな仕事作法を堅持しながら、一方でつくづく感じていることがあります。それは、仕事であれ、学びであれ、“準備不足が横行していませんか!”という皮膚感覚です。準備内容の貧困化と言っても過言ではありません。
 かなり以前のある時から、“想定外という言い訳は恥かしいこと”と自分自身に言い聞かせて、どのような事態が起きたとしても最低限の任務を果たすことができる作法を特定し、その作法を当り前に実践し維持し続けている人こそが、本物のプロフェッションなのだと思うようになりました。その不易の日常的作法の一つが、何度もしつこく言及している“備えよ常に”と“準備万端整える”なのです。最近、その重要性を後押ししてくれる方に出会いました。
 つぶやきエッセイで何度も取りあげました「備えよ常に」と「準備万端整える」を、改めて考えてみたいと思います。

「備えよ常に」&「準備万端整える」

 上野由岐子投手(以下、上野さん)をご存知でしょうか。
 日本女子ソフトボール界のレジェンドであり、今でも至宝と評されるほどの現役アスリートです。2004年アテネ五輪銅メダル、2008年北京五輪金メダル獲得の立役者である上野さんが、岩手県出身の二刀流大谷翔平選手(以下大谷君)との速球王対談を行ないました。一昨年12月下旬、朝日新聞紙上にその対談内容が掲載されました。上野さんの試合に臨む心がけから、目標達成のためには、いかに準備が重要であるのかを掬い取ることができたのです。そして強く申しあげたいこと、シッカリ気づいて頂きたいことは、それは名声あるアスリートだから為し得ることなのではなく、未熟で力不足の我々こそが、その何十倍もの準備を積み重ねることを示唆しているということなのです。

 大谷君の「大事な試合の前日にすることはありますか?」という問いかけに対して、上野さんはこう回答していらっしゃいます。
 「相手に関することやコンディショニング、道具とか準備にはきりがなくて、無駄のないものだと思っています。大事な大会になればなるほど相手より一つでも多く準備した者勝ち、という気持ちでいます
 さらに、「北京の時、ソフトボールが五輪競技として最後の大会だったので、これでソフトボール人生が終わってもいい、という思いでした。これでやって負けたら仕方ない、と思える準備ができたと自分は思っています。だから、結果を出すことができた。ですから、もう1回五輪に向かうとなると、またあの準備をするのかと思うとちょっと踏み切れないですね。それくらいすべてをかけて臨んだ
 また、「私は自分の目標が達成できるまで毎日、日記をつけていました。そうすることでやるべきことが見えてきた」、「中学の時からそこそこボールが速かったので、捕手の構えたところに投げないと取れないというケースが多かったんです。捕手が親指を突き指とかしていたので。その子を思って投げていたので、コントロールはつきました」とも答えていました。

 上野さんの一言一言から、言い続けてきた「備えよ常に」、実践し続けてきた「準備万端整える」に、希望のような明かりが灯った気がしております。天賦の才の持ち主が、想像もつかないほどの努力(準備)を積み重ねているのです。私のような名もない人間こそ、“準備万端整えることができなくなったなら現職を辞する”くらいの矜持を持って、日々の課題と向き合いたいと思います。

 折角の機会です。改めて「備えよ常に」と「準備万端整える」を復習してみたいと思います。
 日本ボーイスカウト愛知連盟のホームページによれば、「備えよ常に」は、世界各国のボーイスカウトの共通のモットーだそうです。イザという時に備えて、どのようなことに出会っても、必ずやり通せるように、日頃からいろいろと準備しておく、という意味なのです。言い方を変えれば、どんなことにも直ぐに応じられる心構え、身構えを持って、“いつでも準備ができているぞ”という態勢の証明でもあるそうです。
 仕事でいえば、やりがいのある仕事を任された時、それをやり遂げられる能力開発を、日頃からコツコツやっておこう。自己啓発による積み重ねを怠らず、日々、心技体を磨き上げておこう、ということになりますね。
 「準備万端整える」とは、事前準備を万端整えるということです。「万端」の「万」は、数の多いことを言いますが、「端」は単なる“端っこ”ではなく、“時局多端”とも言うように“キチンとやらなければならないこと”を指します。その心は、数の多さではなく、やるべきこと、やらなければならないことを、百パーセント準備して事に臨むことが“勝利の唯一の方程式”だ、と言うことになりそうです。

 もう一つ、備えにしろ、準備にしろ、その具体的内容を考える際の大前提も重要です。私が意識している以下の三つの前提を、皆さん方には是非考え頂きたいと思います。

 【前提1】最悪の事態(結果、プロセスなど)を想定しておく。
 【前提2】“行動や結果の責任は自分でとる”、“自分のことは自分で守る”と肚をくくる。
 【前提3】“平時でも、有事においても、自分の能力以上のことはできない”と自覚する。

 三つの前提は、今まで受講した自己啓発研修やテレビ番組などから教えて頂いたことです。
 前提1は、私が企画し運営する教育機会では、ほとんどの場合に実践している指針になります。何事においても、不測の事態や失敗は起こり得ることですから、最悪と判断した事態を想定して備えることが、イザという時に対処できる度合いが高まると考えております。タガの緩んだ付け焼刃の備えでは、想定外の場合には役に立たないことを、何度も経験し見てきました。
 前提2は、自己責任意識を意味します。自分の将来は自力で意思決定する、行動結果に対しては責任をとる、ということです。備えに対する心構えが他人任せでは、有事の際に何も対応できないことは自明の理です。自己責任意識が根底にあるからこそ、万全の準備が実現可能になります。
 さらに、イザという時には、即断即決しなければ間に合いません。そこで前提3に行き着きます。
 能力開発、自己啓発の重要性が、何故問われるのでしょうか。理由はいくつかあると思いますが、“日常においても、有事においても、自分の能力以上のことはできない”という経験則が前提にあるからではないでしょうか。現社会で生きていくからには、“将来への備えを自力で行うことは当たり前である”と、自覚しておかなければいけないでしょう。“将来に対する備えは義務である”という気概で、日々能力開発に励むことです。生涯学習の所以は、そのようなところにあるのかも知れません。
 以上の三つの前提が全てとは思いません。自然災害が起きるたびに叫ばれる対応への警笛、失敗や不祥事が表面化した時に言及される防止対策の必要性 ……。難題ではありますが、ボーイスカウトのモットーに立ち返って見直さなければ、根本解決に至らないと思うのです。

 最後に、何度でも申しあげます。
 「備えよ常に」も「準備万端整える」も、仕事だけに限ったことではなく、日常生活においても相通じる躾化すべき不易の作法だと。
 そして、備えは予防医療のプラットフォームでもあるのです。
                                                                     (2017.3.17記)

エッセイ137:いのうえ塾のオンリーワン「ホームルーム」その2:WHAT

 前回のエッセイでは、“何故(WHY)、毎日ホームルーム(以下、HR)をやるのか?”というHRの目的(意図)を言及しました。今回は、“HRでは何(WHAT)をやるのか?”を、いくつかの研修事例から紹介したいと思います。

いのうえ塾のオンリーワン「ホームルーム」その2:WHAT 
 研修のHRで取りあげる課題やテーマは、対象者の仕事経験度、職種によって変わってきます。また、毎年行う定例的研修(例えば、新入社員研修、薬局長研修など)においても、その時々の経営環境実態によってリアルタイムに変えるように気を遣っています。さらに、取りあげる一つひとつについて、必ず意図する目的(WHY)と向き合ってもらうように方向付けします。一人ひとりが考える、考えをグループメンバーと議論する、議論を通して掘り下げたり組み立てる、それらの過程を通して、自発的やる気を引き出したいのです。
 今回は、直近の研修からの実例を取りあげてみましょう。一つ目は、3週間(15日間)の新入社員導入研修から、私が担当します第1週(5日間)と第3週(5日間)の課題・テーマの紹介です。もう一つは、私が企画し運営するコミュニケーション力強化基礎研修(全5日間)のHRです。

⦿新入社員導入研修
 ★初 日:教わるとは?/頭の中の枠?/初日を終えての感想/毎日の2分間スピーチのあり方、進め方の基本ルール
 *毎日実施すること:全員の2分間スピーチ/昨日の振り返り/本日のスケジュール確認
 ☆2日目:毎日HRを実施することの意味/行動理論とは、何故行動理論なのか?/教育とは?
 ★3日目:何故、毎日2分間スピーチをやるのか?/顧客に受け容れて頂ける挨拶のあり方/自分の頭で考えるということは
 ☆4日目:ホスピタリティの意味/マナーとは、常識はあってもマナーを持ち合わせていない人/「きけわだつみのこえ」をご存知ですか、「出陣学徒壮行の地」記念碑をご存知ですか?
 ★5日目:我が社の企業理念理解度テスト/信念を持つことの意味は
 ☆11日目:自分の身近なところに目標を置こう/スーツを売るのが私の転職/愛の反対は?
 ★12日目:最初から上手な人はいません/5Sとは、ハインリッヒの法則/問題とは、問題解決の基本手順、問題解決の思考プロセス/挨拶用語理解度テスト
 ☆13日目:「誓いの碑」をご存知ですか?/はがきの二大効用/正しい言葉遣い理解度テスト
 ★14日目:勉強の目的は何か(何のために勉強するのか)?/コミュニケーションの本質
 ☆最終日:自己啓発とは/1年半後のあなたへの六つのメッセージ/自分の感受性くらい

⦿コミュニケーション力強化基礎研修
 ◆初 日:教わるとは?/頭を柔らかくするパズル/初日を終えての感想/毎日の2分間スピーチのあり方、進め方の基本ルール
 *毎日実施すること:全員の2分間スピーチ/昨日の振り返り/本日のスケジュール確認
 ◇2日目:毎日HRを実施することの意味/勉強の目的は何か?(何のために勉強するのか)/修破離/問題解決の思考プロセス
 ◆3日目:成長・成果の三要素とその掛け算の意味/行動理論とは、何故行動理論なのか?
 ◇4日目:信頼のコミュニケーションの1丁目1番地は/情熱と行動/Boys’ be ambitiousの本意は何か?/就職活動目前の薬学生に言っておきたいこと
 ◆5日目:調剤過誤防止の基本、5S、ハインリッヒの法則/謙虚×真摯/知っていますか?(きけわだつみのこえ、学徒出陣、漂流ポストなど)

 どう感じられましたか。教育担当者が集まっての研究講義、或いは共同研究の最適テーマだと思うのです。切磋琢磨こそが有効な成長手段ではないでしょうか。
                                                                   (2017.2.23記)

エッセイ136:いのうえ塾のオンリーワン「ホームルーム」その1・WHY

 私が企画し運営する“いのうえ塾”オリジナルカリキュラムの一つに、ホームルーム(以下、HR)があります。全日程が何日であろうと、毎日スケジュール化して進めております。1日の始まりには必ず、終礼時には状況に応じて適宜組み入れます。その日のスタート時は40分から60分、終礼時は数分から20分程度と、所要時間は様々です
 今回、“何故(WHY)、毎日HRを実施するのか?”というHRの意図を明らかにしたいと思います。研修時にHRの時間を設けるようになってほぼ30年になります。今では、呼び方は別にして、他のどの企業にもない“いのうえ塾”オンリーワンのオリジナル企画と自負しております。

いのうえ塾のオンリーワン「ホームルーム」その1:WHY

 教育担当就任当時、「教育とは何か?」、「企業内教育の目的は何か?」という問題意識が、全身にまとわりついて離れませんでした。行き着いた先は、“潜在意識・潜在能力を引き出すことが企業内教育の根幹ではないか!”という本質論だったのです。
 それ以来、全ての教育機会を企画し運営する時のプラットフォームを、“社員一人ひとりの潜在意識・潜在能力を引き出して自己啓発・相互啓発出来るようにする”と位置付けました。それが不易の理念となりました。そして、“引き出す時間をどうしようか”と試行錯誤しながら辿り着いたのが、ホームルームと名付けたカリキュラムだったのです。専任教育担当に従事して3年目(昭和63年/1988年)の新入社員導入研修から、正式に組み入れてスタートさせました。

 いのうえ塾におけるHRでの一番の問題意識は、“自発的やる気をいかにして喚起するのか”、“能動的に学ぶ姿勢をいかに引き出していくのか”の二点に尽きるのです。具体的内容と進め方は、その二点を意識して編成します。当然のことながら、全てのカリキュラムにも相通じることです。つまり、究極的なHRの目的は、そして存在意義は、『①自発的やる気の喚起』であり『②能動的な学びを引き出すこと』になります。
 一方、それぞれのカリキュラムには、特定分野の技術的能力開発を目的にしている関係上、心構えを始めとした行動理論や態度に関する時間を付加することが難しいのも事実なのです。つまり、所定のカリキュラムでは取りあげることが出来ない『③心構え・行動理論を看脚下して見直す、見直して正す』時間の必要性からも、HRというカリキュラムを考え出したのです。
 それ以外の目的として、『④視野を拡げて観る、聴く、感じる』、『⑤着眼点(視点、観点)を増やす』、『⑥状況対応を可能にする引き出しを積み上げる』ということも、併せて意識しております。そうすることで、目の前の課題と向き合って『⑦考える、掘り下げる、組み立てるという思考習慣を身につけさせたい』のです。
 欲張りのようにも思えますが、①から⑦までの目的は、問題解決の思考プロセスという視点から考えても、それぞれが関連しあっている、或いはつながっていることが明らかだと思います。

 もう一つの重要な側面として、『⑧理解度の確認、検証』、『⑨理解度の促進』があります。その日に学んだこと、或いは前日学んだことの中でも、特に重要な個所を重要であると共有化することを忘れてはいけません。受講者の脳裏に叩き込むことを野放しにしておいては、教育担当者失格ですね。費用と時間の無駄遣いにつながりますから。
 最後に一言…。これだけの目的を達成するためには、画一的な内容の編成では対処し切れません。その時の状況に応じて対応できるように、二の矢、三の矢をも用意して臨まなければいけません。そういうことが当たり前に出来るようになって、初めて一人前のプロと呼ばれるわけです。
 次回のエッセイでは、HRの具体的姿を紹介したいと思います。
                                                                   (2017.2.11記)

エッセイ135:教育手法(能力開発手法)の特徴

ファイル 167-1.pdf
ファイル 167-2.pdf

 前回と今回のE森は、教育担当者必須の基本知識を取りあげております。どれだけの薬剤師の教育担当者が、教育担当者必須の固有専門能力として知り得ているのだろうか…。常に、そんな問題意識がつきまとっているからです。
 今回は、能力を開発する教育手法(能力開発手法)の長所と短所、開発能力と教育手法(能力開発手法)の適合関係を考えてみたいと思います。

教育手法(能力開発手法)の特徴
 
 OffJT、OJT、自己啓発の三つが、代表的な教育手法(能力開発手法)となります。どなたもご存知だと思います。先ず、それぞれの定義を押さえておきましょう。
 OffJTは、Off the Job Training の略で、仕事の場を離れて、職務遂行に必要な知識・技能・態度を、計画的・総合的に育成する訓練のことを言います。代表的なのが、集合研修です。新入社員や、初任者(例えば、新任マネジャー、新任薬局長、新任部課長、新任取締役、新任執行役員など)には、必要不可欠で効果的は手法といえます。
 OJTは、On the Job Training の略で、上司や先輩が部下や後輩に対して、仕事を通じて、職務遂行に必要な知識・技能・態度を、計画的・重点的に育成する訓練のことです。これは、知る・分かるということだけではなく、体験を通して「身につける」という実践的手法で、とりわけ個別指導に最適な手法となります。特に、担当実務を通して自分の仕事や任務を完遂しなければならないという臨場感が、能力開発の効果を高めてくれるでしょう。現実に体験済みの方が多いと思います。“日々の出来事や仕事そのものが、最良の教材である”という意味は、そのような理由からも伺い知ることができます。
 自己啓発は、“自己責任で、自分のために、自分の力で、自律的自主的に推進する能力開発”のことです。教育の目的の一つが、「一人前のプロ」「一人で問題解決できるプロ」を育成するという観点にたてば、自己啓発できる能力こそ最優先されるべき能力開発テーマとなってきます。啓発の『啓』は“ひらくこと”、『発』は“出すこと、始めること、成長すること”ですから、自己啓発とは、自分自身の潜在能力・潜在意識を自力で発掘する自己完結型能力開発法と言えるでしょう。
 以上の定義も含めて、それぞれの能力開発手法の特徴を理解した上で、OffJT、OJT、自己啓発を意識的・計画的に連動させていけば、効果を確認できるより効率的な人材育成が実現できるということを、最初に申しあげておきたいと思います。

 それぞれの能力開発手法には、人間同様に長所もあれば短所(問題点)もあります。教育担当者や部下を持つ管理者は、それらを充分に理解していませんと、成果につながる企業内教育を企画し運営することなどできません。教育担当者や部下を持つ管理者の人材育成能力が未熟なために、能力開発手法の長所が活かされなかったり、短所を克服できなかったケースを、数多く経験してきました。そう考えると、社員に対して影響力を行使する立場の方々は、使命感を持って日々自己啓発して人材育成能力を強化することが求められます。その姿勢が、“背中で教える”(率先垂範)という非言語的影響力となるからです。

 話を戻して、私の30年間の体験を通してまとめた二つの見解を紹介したいと思います。
 先ず、開発したい能力と教育手法(能力開発手法)の適合関係です。(添付資料2-1【図1】)
 もう一つは、OffJTとOJTの長所と短所をまとめたものです。(添付資料2-1【図2】)
 いくつものマネジメント書やセミナー・研修から学び、実務での失敗や試行錯誤を繰り返しながら、教わったことや気づいたことに基づいた私の見解を列挙してみました。
 
 再度申しあげます。
 教育担当の皆さん、部下をお持ちの管理者の皆さんには、「開発したい能力と教育手法(能力開発手法)の適合関係」、「OffJTとOJTの長所&短所」を、先ずは理解して頂くことを提案します。その上で、それぞれの長所を上手に活かし、それぞれの短所を少しでもカバーする工夫をしながら、積極的な姿勢で行動に移してチャレンジすることです。そして、いつの日にか、自分自身の失敗の経験則に基づいたオリジナル版作成をお奨めしたいと思います。
 そういう積極的自己啓発こそが、人材育成能力、マネジメント能力ブラッシュアップの近道ではないでしょうか。“コツコツ努力すること”、“目の前にある小さな課題や目標を、倦まず弛まず一つひとつ地道に解決していくこと”が、唯一の成果実現の秘訣だと確信しております。

  *知識、技能、態度、問題解決能力は、前回のエッセイ(134回)を参照してください。
                                                             (2017.1.31記)

エッセイ134:知識&技能&態度はトライアングルの関係

 後輩指導、部下育成などの人材育成をテーマとした教材の編成は、5年ほど前からの私のライフワークの一つになりました。
 組織活性化の関心事はいろいろあれど、組織を構成するメンバー一人ひとりの個別育成が大きなウェートを占めてきます。薬剤師の場合、人材育成の基本を学ぶ機会が皆無に近いのが現状でしょう。そのような実情から、私が関わりを持ちながら共に学び合っている仲間には、人材育成のイロハを学ぶ機会を意識して用意しております。数年前からは、私が主宰する学び塾の重点テーマの一つになりました。
 学ぶ機会において、使う言葉の解釈がバラバラでは、学びの効果が大きく後退してしまいます。同じ土俵に立つ仲間が使う言葉の共通理解と共有化が、教育機会のより高い成果に寄与します。今回のE森は、その教育機会のために作成した教材の中から、知識と技能と態度の定義と、それらの関連を取りあげてみたいと思います。人材育成という実務の難題を、ささやかでも後押しする種蒔きの場にしたいという思いを表したいのです。

知識&技能&態度はトライアングルの関係

 ある程度のキャリアを積んだビジネスパーソンの場合、仕事遂行上必要な能力を考える時、現在担当している仕事だけではなく、将来担当する可能性のある仕事も含めて広く考える必要があります。仕事そのものの内容や方法がどんどん変化する時代ですから、将来の仕事に備えての能力開発も必要と考えざるを得ないからです。
 ここでいう「能力」は、最も広い意味での能力のことで、その内容は大別して、知識・技能・態度に、問題解決能力を含めた四つと考えてみたいと思います。能力をこのように分類する主たるねらいは、それぞれの能力を開発するための教育方法に異なることがあるからです。それぞれの能力の教育方法については、次回のE森で言及したいと思います。
 以下、学び塾用にまとめました“人材育成の基本知識”から引用させて頂きます。


 まず知識“知っている”ということ)には、実務知識と基礎知識、さらに問題解決に必要な周
辺知識が含まれる。
 実務知識とは、担当する実務作業を遂行するために直接的に必要となる知識のことである。薬剤
師の場合、調剤業務、服薬指導、薬歴管理、在庫管理、医薬品分類、医薬品知識、病態生理、個々
の患者のニーズ、関連法規、ITに関する知識などが該当する。経理であれば、管理会計、簿記、伝票処理手続き、取引先情報に関する知識となる。店舗運営であれば、クリンリネス・伝票処理手
続き・前進立体陳列をはじめとした店舗運営手順、商品分類、商品知識、商圏特性、顧客のニーズ、流通関連法規等に関する知識などになってくる。実務を正確に遂行していくためには不可欠のもの
である。
 基礎知識とは、体系的に整理された知識、原理・原則等の知識で、実務作業をより広い視野で総合的に判断する時に役立つ知識である。この知識によって、実務の応用性や客観性が高まって
くる。患者の心理、調剤報酬の仕組み、経済や業界に関する体系的知識等がそれに当たる。店舗で
あれば、消費者の購買行動や購買心理、市場や経済の仕組み、流通に関する体系的な知識等がそれに当たる。これらは、バイヤー、スーパーバイザーも同様で、さらにマーケティング、マーチャンダイジングに関する知識も含まれる。
 また担当する職務に関係なく、経営理念や経営方針そして会社概要、コミュニケーション、プレゼンテーション、PDCAサイクル、6W3H、ビジネスマナーに関する知識は代表的な基礎知識
となってくる。

 技能というのは、知識を行動に変えるための方法と言われる能力である。“知っている”だけではなく、“出来る”ということだ。仕事の腕前とか知恵、あるいはツボとかコツ、ノウハウと言われる能力で、これには身体的技能と知的技能の2つが含まれる。
 身体的技能とは、反復や繰返しで身につけることができる能力で、調剤技術・薬歴作成・服薬指導が出来るとか、調剤機器の操作、ワープロを一分間で何字打てる、レセコン操作を決められた通りに出来る、というように身体的熟練に関する能力である。
 知的技能とは、身体的技能が身体の熟練であるのに対して精神的な習熟能力で、いわゆる「仕事の知恵」と言われるものだ。例えば、状況分析力や状況判断力、洞察力、企画力、実行力、管理力、表現力、説得力等が広くこれに含まれてくる。

 態度というのは、広い意味での「物事に対する受けとめ方」のことで、意欲、意志、物の見方(着眼点)・感じ方(感受性)、問題意識、価値観、あるいは行動理論や行動パターン等も含んでいる。態度は、その人独自の情緒的で非合理的な側面を多分に含んでいるものだ。例えば「仕事に対する責任感が強い」「仲間との協調性がない」「上司に対して従順である」「会社に対する忠誠心がある」「視野が狭い」「向上心が旺盛である」「出来ない言い訳が多い」……といったようなものは全て態度に含まれる。
 人間の能力開発において、この態度がきわめて重要な働きをする。というのは、意欲や意志が強くなければ、知識の修得も技術の体得も出来ないからだ。また物の見方や行動理論は、物事に対するその人の判断基準になるから、それが不健全であれば知識や技能を正しく行使することが出来なくなってしまう。その意味で、態度教育こそ教育の原点であると言われる所以となってくる。

 最後は問題解決能力である。これは、問題を積極的に見つけ出したり解決したりする能力で、広い意味にとらえることとする。この問題解決能力の発揮には、知識・技能・態度の三者が一体となって、総動員で使われる。バラバラでは問題は解決しない。例えば、どんなに知識があっても、それを上手く使いこなす技能と意欲がなければ問題は解決できないし、どんなに意欲があっても、知識と技能が伴わなければ行動は空回りをしてしまう。知識と技能がどんなに優秀であっても、行動する意欲と意志がなければ、その能力は結局のところ宝の持ち腐れで終わってしまうことになる。
 このように問題解決能力とは、それらの個々の能力が有機的に統合された能力なのである。そういう意味で、問題解決能力は知識・技能・態度の三つの能力が一体化された、「総合的な能力」といえる。


 問題解決能力の項でも触れておりますが、知識・技能・態度には密接な関係があります。育成責任を有する皆さんには、その密接な関係を常に意識して、有効で有益な方途を選択して頂きたいと思います。

   知らないこと(知識)は出来ないし(技能)、やる気にもならない(態度)。
   やる気があれば(態度)、いろいろなことを知ろうとするし(知識)上達も早い(技能)。
   出来ることは(技能)やる気も出るし(態度)、勉強もするようになる(知識)。

 
 また、具体的な能力要件は、時代と共に変化します。先を見通しながら、適宜見直すことも忘れてはいけません。
 さて、どのように思われましたか?どのようにお考えでしょうか?
                                                                          (2017.1.22記)

エッセイ133:私の初心からの賜りもの

 元祖ID(Important Date)野球を実践した野村克也氏は、名選手であり名監督でした。ボヤキ風のものから、卓見と感心させられるものまで、数多くの野村語録なる名言が存在します。私にとりましては、ビジネスパーソンの行動指針として共感できるものがいくつもあるのです。
 その中には「原因と結果の関係」に相通じる語録がありました。
 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」です。後半部分の“負けに不思議の負けなし”は、正に『悪因悪果、自因自果』であり、ビジネスに置き換えると“失敗に不思議の失敗無し”なのです。悪因悪果、自因自果を肚に落とし、成功確率の高い問題解決の基本手順(PDCAサイクル)をキチンと回すこと、スパイラルアップすることが、学習効果の高い集団のあるべき姿なのだと思います。正に仕事の進め方の1丁目1番地ではないでしょうか。
 能役者・能楽師の世阿弥の言葉に、「初心忘るべからず」というのがあります。この有名な格言の意味は、「自分の芸が未熟であったことを、いつまでも忘れるな」なのです。その真意は、芸は未熟なのに人気が先行して、その結果“芸が優れている”と勘違いしてしまう、そんな若い役者が出てくることがあります。その役者に対する戒めが、世阿弥の本意だったのです。
 私には、忘れられない初心、忘れてはならない初心が、数えきれないくらいあります。特に昭和60年代から平成初期までの期間は、私の初心の溜まり場でもありました。人事教育の仕事に携わっての30数年間を振り返って、さらに多くの初心を見いだすことができます。新社会人なりたての昭和44年(1969年)代まで遡りますと、赤面ものの未熟な姿のオンパレードになりそうです。この年になっても、未熟と思しき顔が出てきます。
 だから、『謙虚』と『真摯』の四文字を心に刻んで、一生学ぶ人であり続けようと思います。

 今回のエッセイは、私の初心からの学習成果事例を紹介したいと思います。エッセイ40&41回の再来です。

私の初心からの賜りもの~仕事の進め方の基本的フォルムの修得
 
 以前のエッセイでは、“一生忘れてはならない私の初心”の具体例をいくつか披露させて頂きました。時を経て振り返って実感したそれらの初心(未熟な私)は、上を向いて前に歩を進める推進力となってくれたのでした。言葉に表せそうにもない閉塞的うつ症状を感じながらも、何とか踏ん張って、目の前の仕事や課題から逃げずに向き合って対処しているうちに、背中をそっと押してくれる支援的賜りものが増えていることがありました。それらは、後々になって気づいたものがほとんどでしたが。
 実力も精神力も十分に備わっていなかったひよこ時代は、課題を提示されて直ぐに、何をするのかという目先の方法論だけが気になりました。“何よりも競争に負けられない、誰よりもスピード最優先”が大手を振っていた時代でしたから、先手必勝しか頭にありません。一番に気になるのが周りの方々の対処法で、それを裏返して考えてみれば、自分自身の未熟さ、自信の無さの表れだったと思います。偏狭な視野からの思いつきに先導されて、結局、成果を見出せずにスタート地点をウロウロしている自分がおりました。
 専任教育担当なりたての頃の仕事のあり様も、同じ轍を踏んでいる状況でした。もう1年もすれば不惑世代に手が届く年齢にも拘らず、何とも情けない状態だったと思います。その頑迷固陋(がんめいころう)な状態に楔を打ち込んでくれたのは、藁をもすがる思いで学び続けている中から賜ったものでした。そんな実態との縁切りが成立するまでに、5年以上は要したかもしれません。サヨナラするために、延べ数百万円以上の自己投資も厭いませんでした。“今が人生の瀬戸際”という危機感と、“こんなことで負けてたまるか”という一途な目標必達魂が、学び続ける原動力になっていたのだろう、と振り返っております。

 楔を打ち込んでくれた賜りものを一言で表現すれば、“仕事の進め方の基本的フォルム(型)”の重要性を見出すことができたこと、それらが徐々に身についたことでしょうか。新たな課題に取り組む時、何ものにも代え難い賜りものであることを納得させてくれたのです。
 以下、その具体的な中身を列挙してみましょう。

 最初の具体的な賜りものは、仕事を進める上での考え方、あり方、姿勢の基盤の必要性に気付かされたことでした。その根幹となったのが教育理念です。数年もの間、何度も何度も練り直しました。「教育の基本理念(人財育成の着眼点)」(エッセイ122・123回)、「教育活動の基本原則」(エッセイ124・125回)として、現在に至っております。さらに、“教育とは何か?”という自問への回答として、「EDUCO TREE」(エッセイ119回)を植えました。

 仕事遂行上の賜りものには、次のような行動指針が挙げられます。
 基本中の基本は、PDCAサイクルをスパイラルアップし続けることに尽きます。そして、6W3H、報連相、成功確率の高い問題解決の基本手順の要点などを、常にお供に従えることです。
 実行する段になったら、準備万端整えることを、何が何でもやり遂げることです。研修講師であれば、一ヶ月前にはいつでも実施可能の状況にすることを、イの一番の指針と決めました。

 どのような形態であれ、教育機会を企画する時には、「研修企画検討表」に則って進めることを基本原則としました。教育問題の兆候と教育ニーズを四直四現主義で明らかにするところから始めます。実施することが目的の教育機会は、無駄以外の何物でもありません。それだけは、絶対に避けなければいけませんね。
 GOサインの可能性が見えてきたら、ねらい(目的、目標、意図)を明確にすることが何よりも重要となります。平行して、教育機会全体を小説・映画に見立てて、一つの作品としてプロデュースします。ねらいは全体だけではなく、各単元、各カリキュラム別に明らかにしていきます。教材や資料は、ねらい実現に沿って念入りに用意します。これらの作業には、相当の時間を要することになります。
 講師として皆さんの前に立つ時には、私の基本スタンスと進め方を明示することから始めます。A-4版1枚にまとめた“WELCOME、いのうえ塾へ”を配布して、共感・共有を意識しながら理解して頂くことに注力します。
 研修中の基本スタンスは、カウンセラー、ファシリテーター的な引き出し役、メンターという助言役、またある時はガイド、トレーナーとしての道案内役、場合によっては厳父役・慈母役というように、状況に応じた役割を心掛けております引き出すための「グルグル回りの対話」は、自然体でやれるレベルになりました。考えては自問自答することを常に要求することで、自己動機づけ意識を引き出したいのです。

 こうやって数えあげれば、かなりの賜りものの存在に気づかされます。それらが、今後とも基本的フォルムであり続けるのかは分かりかねますが、何事も決め付けることなく、状況に応じて見直す度量を持って日々対処することで、本質を外さないで考えられるようにもなりました。本質を外さないで状況対応することが可能になりました。現在の取り組みも、E森の執筆も、身についた基本フォルムからスタートしていると思います。状況が一変することも視野に入れながら、常にベストを目指して対処すると決めております。
 気がつけば、周りの方々がどうであれ、常に熱意と本気で全力投球することから逃げない私になれたと思います。また、突発的なアクシデントへの対応、スケジュールや方向性の変更への対応も、焦ることなく余裕を持ちながら全体最適で対処することが可能になりました。それらこそが初心からの貴重な賜りもののような気がしてなりません。近年とみに感じております。

                                                       (2017.1.10記)

エッセイ132:教育担当者に求められる基本要件(その2)

ファイル 162-1.pdf

 古希の誕生日からひと月になりました。いくつもの経験が積み重なり、それらが整頓されて積み上がったから、“それなんだよね。…… ”と思うことが増えてきたように感じます。エッセイの中で、そんな風景を自然と呟くことが一再ならずありました。これからもコツコツと右肩上がりで推移させたい、と考えております。
 潜在能力が開花したと実感する、“アッ、あれだ……”と気づく、そして“これで行こう…”と方途が見つかる、…… 。経験に優るものはない、と実感する時です。
 一方、何かを知りたければ、容易に検索できる時代になりました。経験の有無にかかわらず、ネットで検索した情報をコピペ(丸写し)しただけで‟理解できた“と勘違いしているケースが、非常に気になります。その行為に何の疑問も感じない実態は、もっと気がかりでなりません。だからでしょうか、10数年前からは、何よりも行動する(=やってみる)ことを奨励するようになりました。
 しかし、“経験に優るものはない”といっても、私自身の経験が他の方々に当てはまるとは限りません。そのような当たり前の理由から、同じような問題であっても、先入観で安易に当てはめることは戒めなければなりません。年配者の自慢話と押しつけにはウンザリでしょうから、観察力、傾聴力、感受性、想像力をミックス動員しながら、視野を広げて考えるように方向付けしております。そうすることで、状況対応の引き出しを増やしていけるのではないでしょうか。
 今回のE森は、教育担当者に求められる基本要件の2回目になります。これらは、私なりの経験と学びの産物です。この仕事に従事して20年目のまとめレポートを基に、何度か改廃して現在の内容に至っております。これも自力で策定されることをお奨めします。

教育担当者に求められる基本要件(その2)
Ⅱ.教育担当の行動指針  *詳細は添付ファイルを参照願います。

 1.人間的魅力を高めて、影響力を発揮できるようにすること
    ※周りの人たちに意識変革・行動変革することを発信し、影響を与え続けられる人になる!

 2.“必活仕掛け人”、“水先案内人”であり続けること
 3.オンリーワンのノウハウを作りあげる先駆けになること
 4.半歩先を歩いて、企業を取り巻く経営環境の変化・問題に敏感に反応すること

Ⅲ.求められる心構え・態度・スキル

 1.心 構 え
  (1)赤々と燃える成長願望を持ち続ける
  (2)自ら率先して学ぶ人になる:教うるは学ぶの半なり
  (3)良好な人間関係を作る:ヒューマンリレーション作りの達人になる
       *相互理解 → 相互受容 → 相互信頼 → 相互支持 
  (4)分りやすく的確・適切な言葉で話す:考えが貧弱だと、言葉も貧弱で分かりにくい
  (5)理解と納得の話し方をする:必ず結果とその理由・根拠をセットで
  (6)基本をよく知り、マネジメントに精通し、顧客の声によ~く耳を傾け、
          洋の東西の哲学(倫理)を知り、自社・他社を研究し、社員を知る
  (7)人のやる気の起こし方を知り、皆が生き生きとしている風土を目指す
  (8)人材育成・企業内教育に関する理論・技法を身につけ、言行一致を実践する
  (9)教育の要諦は、諦めずにやり続ける:「継続は力なり」、「積み重ねは力なり」、「根気は力なり」
  (10)「我以外皆我師也」という謙虚で真摯な共育魂を持つ

 2.態 度
  (1)情熱・本気
  (2)誠実・正義感・倫理観
  (3)共に考える姿勢:教育は共育なり
  (4)自分自身を客観的に観察できる冷静さ:離見の見
  (5)謙虚に看脚下:教わるとは?

 3.ス キ ル
  (1)教育理念と教育体系の構築、策定:教育とは?
  (2)教える内容の深い知識と技能:相手を納得させ、やる気を喚起する
  (3)教え方の知識と技能
  (4)人をひきつける対人関係能力、心に浸み込んでいくコミュニケーション能力
  (5)健全で柔軟な判断力
  (6)問題意識、好奇心、感受性、想像力
  (7)的確で適切な問いかけ、問題提起:「応答は問いに依存する」

                                                                      (2016.11.10記)

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