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エッセイ115:教育成果を左右する自己動機づけ

 教育成果を左右するものは、一体何だろうか?どのような要素が当てはまるのだろうか?
 研修会、勉強会、OJT、講演、ミーティングなど、どのような教育機会、育成機会においても、常に意識し手探りを繰り返しながら現在に至っております。その一例をエッセイ1⒑回(続・教育機会におけるオリエンテーションの重要性)で取りあげました。
 今回のエッセイでは、成果を左右する重要な構成要素の一つであります「動機付け」について考えてみたいと思います。
 先ず、現在私が考える“動機付けとは何か?”に触れておきましょう。
仕事を立派にやること、勉学に励み修得することへの熱意と関心”と定義しております。
 教育担当の立場では、全ての教育機会において“自己動機付けをいかに引き出すのか”という大命題との葛藤であり、“どれだけ引き出すことができたか、どれだけ影響できたのか”が評価の大前提である、という話になります。いつも難題で逃げ出したくなる代物です。
 何故、難題と位置づけている“動機付け”を取りあげたのか? その理由を最初に申しあげておきましょう。
 昨年の初夏になります。ある企業から若手薬剤師10名を対象とした勉強会を委任されました。一にも二にもコミュニケーション能力をブラッシュアップすることが狙いでした。経営者と人材育成が主任務の人事担当者からの聴き取りを念入りに行ない、未熟と判断した基礎部分の習得に特化したカリキュラムをカスタマイズしました。“コミュニケーションの基礎知識を一から学び直すこと”と共に、“限られた時間の中で、自身の考えや伝えたい事柄をいかに的確に伝えるか”という話し方の実戦力を身につけるために『2分間スピーチ』と『テーマレポート作成』を組み入れました。全8開催(1開催当り3時間~4時間)で、短期集中の2週間で行ないました。休日も含めた関係で、受講者にとっては厳しい日程だったと思います。スピーチとレポート作成は毎回です。全て、遵守ルールを設けました。それらは、一人ひとりの意欲度を観るための仕掛けでもあるのです。
 また、全受講者に対して、経営者自らが時間をかけて個別面談することを絶対条件として請け負いました。個別面談は有効なコミュニケーション手段であり、社員育成の基本の一つなのです。対話を通しての重要な動機付け機会になります。これは啐啄同時の考え方と同じですが、人材育成の場合、啄という行為内容がポイントですね。教育担当や上司の腕前が試されることになります。
 一方、この個別面談の実態に目を向けますと、お寒い限りの企業が多いのではないでしょうか。

 前置きは以上にして、昨年の秋に実施した若手薬剤師10名との勉強会から、自己動機付けと教育成果の関係を呟いてみたいと思います。主観的側面に依る判断になりますが、自己動機付けの度合いが教育成果に及ぼす影響度が少しは見えてくるのです。

教育成果を左右する自己動機付け

 初日はオリエンテーションです。(オリエンテーションの重要性は、エッセイ75回、110回をご参照ください)
オリエンテーションは、正に10名への動機付けの重要な機会であり、10名の自己動機付けの状況を量る機会となります。また、いのうえ塾定番カリキュラムである毎日の2分間スピーチとテーマレポートは、それぞれに複数のメリットがあります。そのメリットの中でも重要なのが、一人ひとりの自己動機付けの実態を窺い知ることができることにあります。
 先ず、推し量った結論から申しあげましょう。
 受講した10名の内、4名(以下A組)は積極的な参画姿勢で終始しました。この機会にコミュニケーション能力を高める、という目的意識が明らかな取組み姿勢でした。
 2名(以下B組)は、明らかに“参加したくない。学ぶ気もない”という姿勢でした。ほとんど下を向いたままで、簡単な問いかけに対してすら、聞き取り難い微かな声で「分かりません」と返答してくるばかりなのです。私の顔も見てくれません。メモもほとんどとりません。メモの重要性については、常に言及しているのですが、それでも筆記用具は脇に置いたままでした。馬耳東風という言葉が、久方ぶりに眼の前を飛び回りました。“会社の指示だから出ているだけ…”という程度の受講理由でしょうから、席を温めているだけになります。“その忍耐強さの使い道はないか?”、さらに“どこまで続けていられるのか?”などと、頭を過ぎったしだいです。
 残りの4名(以下C組)は受身型で、その場の状況に合わせて行動するタイプと感じました。

 問いかけに対する発言などの積極性の違いは初日からの徴候でしたが、3日目から明らかな違いが出始めました。特にA組とB組の習熟度(教育成果の一つ)の違いです。その明らかな違いを、2分間スピーチの出来栄えで比較してみましょう。
 2分間スピーチは、毎日全員が同じテーマでスピーチします。テーマは日替わりですから、全員が同じ8テーマを話すことになります。原稿は600文字(±10文字)で用意し、当日提出がルールです。本番は原稿無し、2分間ピッタリでタイムアップとなります。早く終われば、残り時間の埋め合わせの必要性も生じます。2日目には、プレゼンテーションの3要素(内容、話し方、態度・姿勢)を学びますから、3日目以降は、それらの課題も意識しなければなりません。
 コミュニケーション能力をブラッシュアップするためには、前日の数々の地道な事前準備にかなりの時間を費やすことが求められます。そこにこそ、自己動機付けの強弱が顔を出してきます。
 A組の4名は、日によって多少の違いはあれども、及第点の毎日でした。及第点のレベルも日を追う毎に、(徐々にではありますが)明らかに上がっていくのが分かりました。
 先ず、2分間±5秒で話し終えるようになりました。内容も、メリハリがあって分かり易いストーリーへと進化していきました。話し方や姿勢も、意識して改善しているのが分かるのです。本人自身が成長している手応えを感じ始めているのではないか、とさえ思えてきます。
 一番の感心事は、“私の話を聴いて欲しい”という熱意を感じたことです。その熱は、聴く人の心の中を駆け巡ります。伝播するのです。聴き手が、一時でもいいから、その熱を正面でキャッチするという経験をすれば、それが自分自身のコミュニケーションのあり方を掘り起こすきっかけになるのです。成長へとつながっていくのです。
 一方B組ですが、残念ながら2週間での成長は、微々たる物ではなかったでしょうか。いや、マイナスだったかもしれません。やりたくない、早く終わりたい、だから早口になります。同じように原稿を用意しながら、1分35秒前後で終了してしまいます。声は小さく聞き取れない箇所がかなりありました。視線は落としたままですから、聴き手はそのことが気になって内容どころではなくなります。その日のレポートには、改善目標を自書しながら、最後までその改善努力は感じられませんでした。どうにか気づいてくれるよう方向付けしたものの、聴く耳を持って頂けなかったということになります。結局は、私の力の無さを認めるしかありませんでした。
 C組は、A組B組どちらの影響を受けたかによりますが、進歩と停滞を繰り返しながら、2週間で成長の手応えを感じることはできました。日常の仕事場での定期的な動機付けフォローを、経営者と人事担当者にはお願いいたしました。
 毎日のテーマレポートにも差を感じました。それは、主に改善に対する主体的姿勢とその内容です。これに関しては、別の機会に取りあげたいと思います。
 一番早く書き上げたのはB組の2人でした。15分ほどでしょうか。C組が続きます。
 A組の4人は、その倍以上の時間をかけて仕上げます。必ず、本日学んだ教材を開き直して復習から始めます。消しゴムのカスも多いのです。考えながら練り直している証しでしょうか。
 一番の違いは、教材やメモを書き写すのではなく、自分の言葉で翻訳をして表現している箇所が多いことです。借り物のレポートではないのです。そして、主体的、肯定的、目的的な内容なのです。この傾向は、8日間変わることはありませんでした。

 今、それまでの“いのうえ塾”を振り返りながら、動機付けの重要性をつくづく感じております。さらには、動機付けの難しさに苛まれている私がいるのです。尽きることのない課題ですが、倦まず弛まず取組むしかありません。春間近い2月下旬、椿の開花が待ち遠しい今日この頃です。
                                                                      (2016.2.22記)

エッセイ114:続・つぶやきエッセイからの贈り物

 あるニュースを思い出しております。
 小学4年生の女子児童(以下、Aさん)が、お祖母さんのオレオレ詐欺被害を未然に防いだことです。昨年11月中旬、餃子で有名な栃木県宇都宮市での出来事でした。
 Aさんが帰宅すると、お祖母さんが現金を数えていたそうです。不思議に思い事情を訊いたところ、テレビで見るオレオレ詐欺に似ていることから、Aさんがお父さんの職場に連絡をしました。そこで詐欺であることが判明したのです。
 大切なことは、それで一件落着ということではなく、そこから“何を学ぶか”、“何を学ぶべきか”ということではないでしょうか。以下、私の見解です。
 日頃からの家族間の良好なコミュニケーションの産物であり賜物である。それに尽きるのではないでしょうか。ニセ父親の電話内容(出張先で大事な物を紛失)から、その日の父親の行動(出張の話は聞いていない)を知っていたAさんが、これは怪しい?(オレオレ詐欺ではないか)と想像したのです。
 もう一点は、Aさんがお祖母さんに対して、感じたことを気軽に(或いは、率直に)話しかけていることです。日常的に当り前に行なわれている家族内コミュニケーションの成果といえましょう。サザエさん家族を思い起こしました。
 コミュニケーション能力を身につける学び舎は家庭そのものにあります。五月蝿いほどに、言葉と思いが行き交う会話、相手を気遣う言葉と思いに基づいた対話を、家庭内で日々始終続けたいと思います。Aさんの行動から教えて頂きました。
 そんなことを思い出しながら、エッセイ114回は、111回の続編を呟きたいと思います。その趣旨に関しては、本文の最後に述べさせて頂きました。
 ただし、全て私的な内容になります。恐れ入りますが、そんな内容に気の向かない方は、パスして頂きたいと存じます。その場合は、申し訳ございません。

続・つぶやきエッセイからの贈り物

 111回で呟きましたエッセイからの贈り物として、“①あやふやなこと、曖昧なことは、可能な限り調べる”、“②私の見解や思いを、考えては練り直す”、その行為を無意識に継続できるように努めた結果としての“③深耕の習慣化”、“④キチンと公言する”、そして“⑤前提条件の捉え方が、より幅広くより深くなった”の五つを挙げました。
 これらの贈り物はそれぞれが独立しているのではなく、そのいくつかが重なりあっていることが、日が経つほどに肚に落ちてきました。問題解決の基本ステップまたはPDCAサイクルをスパイラルアップする上で、避けては通れない作法であることが分かってきたのです。
 前々回を書き終えて3週間になります。その間、薬学生とのプロジェクト(6日間)を企画運営しました。一段落して我に返った数日前、エッセイからの贈り物がもっとあったような気がして仕方がないのです。贈り物の再発掘を試みながら呟くことにしたいと思います。

 そうですね、言行一致を常に意識するようになりました。些細なことでもキチンとやり通す歯止め役として、あるいは優柔不断でやり過ごしてしまう抑止力として、私にとっては必須の指針なのです。そして、ぶれることなく実践し続けたい思いが、年を重ねる毎に強くなったのです。今では、言行一致こそが、人事&教育担当者としての倫理観の根幹の一つであると決めています。エッセイから頂いた厳しい贈り物となりました。
 継続実行が難しい言行一致を堅持するための行動習慣にも触れておきましょう。過去のエッセイでも言及している内容です。
いのうえ塾主宰の勉強会は当然として、依頼された講演や短時間のスピーチも、当り前にかなりの時間を割いて徹底した予行演習(私流のイメージトレーニング)も行ないます。行なっております。自己紹介や研修中の余談の中で“そうしている”と言い切っておりますから、やらざるを得ません。“やらざるを得ない”状態にして退路を断っていたのは、人事教育担当なり立て当初のことであって、今では受講者満足のための当り前の行動習慣になりました。
 そういう意味では、利他の精神が徐々に身についてきたのかも知れません。いのうえ塾では、相手:自分=51>49を信頼によるコミュニケーション実現の行動理論として、強く意識するよう方向付けしております。そうすることで、陥りがちなコミュニケーション阻害要因を納得して理解できるようになります。相手を尊重する意味でも、先ずは受け容れることから始めるようになりました。非常に難しいことではありますが、成長速度が牛歩であっても貫く姿勢に変わりありません。

 エッセイは記録として残ることになります。何年何月頃、どこで、どのような状況の中で、“何を考えていたのか、その理由は何なのか?”、“どのようなことを問題提起しているのか、何故しているのか?”などの記録なのです。ですから、“あやふやなこと、曖昧なことは、可能な限り調べる”、そして“私の見解や思いを、考えては練り直す”ことを、努めて意識し続けてきました。面倒臭がらずにやり続けて現在に至っております。やり続けながら、ある日ある時から、いくつかの口癖が始まったのです。それらも贈り物だと感謝しているのです。
 「継続は力なり」、「行動(実行)が心を耕すこと」、「小さな積み重ねは力なり」、「心構えと行動をセットで改めること」などは、その代表格になりましょうか。それまでのエッセイを紐解くたびに、“そうだ”、“そうなんだ”と肯いているのです。紐解くことで、行動し続けることの大切さが身に沁みてくるのです。
 昔読んだ本を読み直すと、当時とは違った解釈が浮き出てきたり、理解度の浅さが浮き彫りになることがあります。当時では理解できなかったことがストンと肚に落ちる、その時は気づかなかったことや考え違いが明らかになった、ということも何度か体験しました。私自身が呟いたエッセイにおいても、同じような感覚に出会うことがあります。無責任な気がしないでもありませんが、その様なこともあるのです。その多くは、未熟な私への激励として受け止めております。
 111回と今回のエッセイは、ある程度の経験を積んで将来の方向性が明らかなビジネスパーソン向けのメッセージでもあります。今後の人生の中で、それまでの人生を振り返った時に、必ずや存在する贈り物を探し出し、そこから新たな行動指針や心構えを特定して頂きたいのです。それも、借り物ではない自分の言葉で表現して欲しいのです。
 その行為は心を耕す作業であり、謙虚さへの原点回帰なのだと思います過去への感謝を添えての作業でありたいと願いながら……
                                                    (2016.2.19記)

エッセイ113:私のルーティーンは、10分間の振り返りと5分間の準備

 エッセイ111回「つぶやきエッセイからの贈り物」(2016.1.23記)の前文では、心の余裕についてつぶやきました。先ず、心の余裕に関して、もう少し踏み込んで申しあげたいことがあります。それは、“私の心の余裕は、時間の余裕とセットだ”ということです。つまり、私の心の余裕は、時間の余裕があって始めて実現できるのです。時間的余裕の無い状態であっても、心の余裕を持って対応することが理想なのですが、私には難しい課題でした。何度も跳ね返されました。考えあぐねた末に、ある時から、早期着手で乗り越える道を選択して現在に至っております。
 私の場合、満63歳で正社員の道を卒業してからは、自分と家族のペースに合わせた日々を送ることにしたのです。仕事を志事と置き換え、目の前にある目標を取捨選択して対処する身分を選択しました。何よりも時間的余裕を持つことが、最優先の行動基準となったのです。それは早期着手であり、併せて準備万端整えることが、具体的な行動規範になります。その上で、“無理はしない”、食事は“腹八分目”、志事は“出来栄え七分目”というように、余裕のある歩留まりを前提とした日々を目指して行動しているのです。
 その理由の一部は、前々回のエッセイで触れました。それ以外では、身体の老いを素直に受け容れているからでしょうか。身体のあちこちにガタがきました。積極的な気持ちについていけない身体能力になりました。嚥下能力も衰えましたから、大好きなお餅だけではなく、3度の食事も十分咀嚼するようにしております。心肺機能も衰えました。記憶力の減退には、もうお手上げ状態です。当然ですが、欲張って無理をすれば、その反動が頭をもたげてきます。数年前から、等身大の意味が心身で理解できるようになったのです。
 さて、一昨日は立春でした。24節気の一つで、春の始まりを意味する日でしょうか。
 今回のエッセイは、昨年の流行語を拝借して、“私のルーティーン”をつぶやいてみます。

私のルーティーンは、10分間の振り返りと5分間の準備

 ある時、幼い時からの持病である臆病に効く処方薬を考えました。その一つが、毎日行なう“私のルーティーン(routine:日課)”になりました。1日15分間を目安に、PDCAサイクルのCとAを回すのです。
 先ず10分間、その日の振り返りをします。主な目標の結果判定とその要因を検証しながら、その日1日を総括するのです。結果判定がやり難い目標(例えば、納期が半年後の目標など)は、その日の進捗目標に対して行ないます。反省すべきことがあれば、主体的にキチンと反省します。心の持ち様に対しては謙虚な姿勢で向き合い、間違いや過ちは素直に反省することを忘れないように努めております。さらに、愛情のこもった三度の食事に感謝をします。家族の笑顔、友人・知人の気遣いにも“有難う”の気持ちを確認します。意識すれば、感謝できることは容易に見つかります。感謝しなければならないことは、私の周りには山ほどあるのです。振り返りの10分間は、思いのほか長い時間です。心を落ち着けて、穏やかな姿勢で臨むようにします。
 振り返って総括し終えたら、明日の準備です。5分間を目途にしております。
 総括内容を踏まえて、明日の目標やタイムスケジュールを確認します。再構築が必要な場合もあります。約束があれば、時刻と携行物、移動手段の確認をします。準備物のチェックは入念に行なっております。過去の失敗から学んだことです。
 明日の準備は物心両面の備えであり、安眠熟睡のための導入剤の役目も担っていると思います。

 日によって所要時間は異なりますが、20年以上継続している“私のルーティーン(日課)”をご紹介いたしました。内容は別にして、同様のルーティーンをやられている方は、かなりいらっしゃると思います。そうではない方には、是非お奨めしたい日課として呟いたのでした。
 この日課は、自分流の“備えよ常に”だと思います。そして、私にとりましては、年相応の年輪を重ねる成熟への一里塚となっているのです。
                                                                     (2016.2.6記)

エッセイ112:あの大震災から5年になります

 昨年(2015年)は、忘れてはならない数々の出来事が節目を迎えた年でした。
 30年前の日本航空123便御巣鷹山墜落事故、20年前の阪神淡路大震災とオウム真理教地下鉄サリン事件、そして太平洋戦争が終戦から70年目の年でした。
 年を重ねる毎に、新たな事実や真相を知ることになります。その中でも、被害にあわれた方、被災された方、そして様々な形で関わりを持たれた方の思いには、ただただ聴き入るしかありません。想像することが憚られ場合もあります。何かを問いかけられても、声を発することすら適わない気がする時が多いのです。私に言えることは、忘れないことでしょうか。明らかになった真実に耳を傾けることでしょうか。明日3月11日は、東日本大震災の日ですね。

あの大震災から5年になります
 
 先週あたりから、東日本大震災に関する特別番組が多くなりました。かなりの紙面を割いている新聞の特集記事には、自然と目が惹かれます。今日の岩手版の中には、“岩手県内被災自治体で不足が見込まれる応援職員が70名に上る”、“震災の復興業務に携わる任期付き派遣職員が、宿舎の仮設住宅で死亡しているのが見つかった。自殺とみられる”の記事がありました。何とも言いようがありません。放映される大津波の映像は、私の弱ってきた心臓に強い衝撃として押し寄せてきます。その圧迫に耐え切れそうもない感触が、年々増してきたように思います。
 明らかになった実態や真実も増えてきました。その範囲は多岐に亘っています。その多くは、改めて考え直さなければならないことです。一つひとつ地道に解決するしかないのでしょうが、そのことを簡単に口に出すことができそうにないほどの難題です。被災地の行政の皆さんも、如何ともし難い現状を目の前にしながら、限られたマンパワーで尽力されているのですから。
 仮設暮らしの方々のお話し、遠方で避難暮らしをされている方々のお話しには、ただ黙って傾聴するしかありません。目を逸らさないで、聴き入るしかありません。数日前に、両親を津波で亡くされた幼い兄弟の5年間のルポルタージュが放映されたそうです。これからも心のケアを含めた支援が欠かせません。町の薬剤師には、そんな志事が待っている気もしながら……。
 福島原発事故の影響を受けていらっしゃる方々には、何重もの苦を強いていることになります。この状況がどれだけ続くのでしょうか。自宅に立ち入ることすら許されない方々の心情には、気休めの想像力なんて何の役にもたちません。帰りたいけれども、帰ることが叶わないという諦念感に対しては、その思いを受け留めるだけで精一杯になります。何を感じようとも、結局は他人事にしかなり得ません。そんな自分自身に対して、腹の立ちようもないほどです。
 様々な復興調査データも目にします。それにしても、復興のイメージは、千人千色だと思います。その千色の色模様には、簡単な比較ができないほどの違いがあるでしょう。立場の違い、被災場所の違い、被災実態の違い、職業の違い、仕事環境の違い、家族状況の違い、避難場所の違いなどによって、それぞれ大きく異なるのだと思います。そして、未だに行方不明の方が2600名近くもいらっしゃるのです。
 あの大震災から、明日で丸五年になります。
 「キチンと向き合いましょう」。私が問題提起するときの口癖の一つです。しかし、東日本大震災による津波と原発事故の被災実態を目の当たりにして、その口癖を安易に使ってはいけないと思うようになりました。阪神淡路大震災、日航機御巣鷹山事故、SARSと闘って亡くなられたカルロ・ウルバニ博士の活動、エボラ出血熱に感染して亡くなったウマル・カーン医師と医療従事者達のケネマ国立病院(シェラレオネ)での活動、… 知らないことが余りにも多過ぎるのです。東日本大震災にしても、実態のほんのコンマコンマ…何パーセントすら知らないのです。その自覚からスタートしなければいけませんね。毎年…、毎年思い知らされることです。
 そんな中で、私にできることは何だろうか?そう自問自答することだけは、続けようと決めております。それは、「反省したままで終わっていませんか?評論家で終わっていませんか?」、「どのような行動を起こしているのですか?」に尽きるのです。4年半前から始めた「被災地を知る啓発活動」、「大震災から学び考える活動」、「日々の仕事や考え方、そして心構えを見直す活動」を継続することが、私にできる当面の目標として継続したいと思います。
                                                                               (2016.3.10記)

エッセイ111:つぶやきエッセイからの贈り物

 毎年頂く年賀状の扱い方は、年を重ねるたびに、少しずつ変わってきたように思います。
 その内容を拝見し拝読しながら、ちょっと立ち止まっては、お一人お一人の今を考えるようになりました。余白に記された控えめな一言二言の文言から、緩やかにではありますが、想像の翼を広げるようになったと思います。心の余裕が増したからでしょうか。関心の在処の変化でしょうか。はたまた、(長く生きてきたからこそ味わうことができる)積み重ねてきた大切な交流への愛着のようなものでしょうか。“後顧の憂い無きように”を意識しての身支度のようにも思えます。
 縦15cm弱、横10cmの年賀状で、宛名であれ、挨拶・お礼・近況・気遣い・誓いであれ、私の想像力を一番掻き立ててくれるが、最近では味わうことが少なくなった自筆の筆致であり筆蹟なのです。その方の懐かしい姿と声、個性溢れる一挙一動を呼び覚ましてくるのです。
 自分自身の身近な過去から、当時を懐かしんだり偲んでみることも、時と場合によって、抱えているストレスをかき消してくれることだってあります。“たまには、そんなひと時があっても良いではないか!”と、素直に言えるようになりました。その様な感覚は、自分事で精一杯だった弱輩の時代には気づかなかったと思います。過去を懐かしむだけの事態は、意識して避けていたような時期もありましたから。
 私にとりまして、チョッピリ振り返ることが定番となった1月のある日、10年以上もつぶやき続けているエッセイから頂いたご褒美をかみ締めることにしました。

つぶやきエッセイからの贈り物

 それが重要であるかどうかに関係なく、あやふやなこと、曖昧なことは、可能な限り調べるようになりました。いま考えつくエッセイから頂戴した贈り物の一つです。
 言葉の正しい読み方は当たり前として、その意味や成り立ち、人名であれば(特に)読み方と経歴、事件や出来事となると背景やあらましから始まって、事実を知るための関連する情報や周辺知識も追いかけて調べこともあります。専門知識や専門用語の場合、理解できるようになるまでには、思いのほか時間を要するものです。業績魂と使命感、そして忍耐力で乗り越えるしかありません。
 身近な言葉でも、国語辞典を丹念にめくることで、より適切な表現言葉に出会うようになりました。間違った解釈をしていた言葉も、恥ずかしながら数知れません。恥かしさから生まれてくる自尊感情が、キチンと調べる行為を促しているのでしょう。
 引用する場合には、出典情報元も掲載するように心がけております。当り前の当然の作法なのですが、20年ほど前までは無神経でした。
 情報の在処探しには、今でも苦労しております。どうしても入手できない場合には、図書館を利用するようになります。通い詰めたこともありました。余談ですが、廃版になる書籍が多いことから、その時点で必要性を感じなくても、一行だけでも“これは…”と思った場合には、購入するようになりました。そこから積読が始まりまったのです。今でも、常時30冊を下りません。
 一つのことを調べることによって、必ずといっていいほど新たな知識と出会うのです。知識の増幅感を感じます。ある知識から新たな知識が増産(or増殖)され続ける感覚でしょうか。歴史上だけではなく、現在活躍されている未知の人物を知る機会にもなりました。昨年ノーベル医学生理学賞を受賞されました大村智教授を知ったのは、2年半前に遡ります。
 「手抜きをしないで可能な限り丹念に調べる」ようになったのは、結局、私以外の方々に対して私の考えを呟いて問いかけることがきっかけでした。つぶやきエッセイが後押ししてくれたことになります。そして、私なりの責任感が露払いを買って出たのだと思います。
 思考停止と評されることを心の底で嫌い、勘違いや間違いを恐れることなく、私自身の見解や思いを考えては練り直すようになりました。そして、キチンと公言するようになりました。幼少の頃から引っ込み思案で優柔不断な私は、自己主張をすることはほとんど無く、周りの意見に合わせて行動していました。従属的依存意識の代表選手でした。すごくやりたいことがあっても、主体的に具申して、積極的に働きかけることもありませんでした。現状を打破しようとする自主性がなかったのです。何よりも勇気が欠如していたのです。そこには、常に自信が持てない私がおりました。一方、そんな自分に苛立ちを覚え、嫌悪感イッパイのもう一人の自分がいたことも記憶に残っております。
 その状況は大学に入学するまで続きました。そこから目覚めたのが30歳半ばを超えてからでした。真に卒業できたのは、50歳過ぎの転職がきっかけとなりました。私の人生において、正に画期的なエポックメーキングだったと思います。
 話を続けましょう。

 エッセイを呟くようになって、1話を完結するまでに要する平均時間は、優に10数時間を超えています。正確に調べたわけではありませんから根拠不足ですが、テーマ設定に始まって、ストーリーの素案作り、起稿から脱稿までの総時間は、それ以上であることに間違いありません。当然、短時間で呟き終えたエッセイもあれば、数え切れないほど練り直しては右往左往し、仕切り直しを繰り返して呟いたエッセイもかなりの比率を占めます。403回もその一つに属するでしょう。脱稿までに2ヶ月を要したエッセイ、1年半も温めていたエッセイだってありますから。
 5年ほど前からは、いくら時間がかかろうとも、焦ることもなく苦も感じなくなりました。ある時期からの長年の持病でもありますセッカチ病から解放されたのでしょう。

 10年以上も続けられたから気づくことでしょうが、深耕の習慣化も頂いた贈り物と感じております。これなどは、一番の贈り物かもしれません。
 さらには、深耕の習慣化の産物でしょうか。念には念を入れるようになりました。エッセイに関しては、「石橋を叩いて渡る」ようにしております。だから、あやふやなこと、曖昧なことは、可能な限り調べるようになったのでしょう。そのことと、私自身の見解や思いを考えては練り直すこと、さらには深耕の習慣化とが相俟って、前提条件の捉え方がより幅広くより深くなったことがあげられます。
 特に、もう5年近く前になります東日本大震災の経験は、前提条件の捉え方に大きな教訓を指し示してくれました。日常の仕事のあり方を鑑みても、いかに想定外が多いことに愕然とさせられます。“甘い”という一言で片付けては思考停止と揶揄されるでしょう。「想定外=出来ない言い訳」と定めて、全知全能を動員して事前準備を怠らないようにしなければなりません。“咽喉元過ぎれば熱さを忘れる”は想定内と位置づけて、“だから、何を何故どのように対処するのか”が、ルーティーンの思考習慣となりました。
 この指針も、つぶやきエッセイからの贈り物と思えてきたのでした。

                                                                     (2016.1.23記)

エッセイ110:続・教育機会におけるオリエンテーションの重要性

 “薬局の未来は、薬剤師一人ひとりがつくる”(エッセイ103回タイトル)
 このキャッチフレーズは、『まちの本屋』(田中幹人・著/ポプラ社:2015年11月13日第1刷発行)から拝借いたしました。著者の田中さんは、さわや書店(本店:岩手県盛岡市)フェザン店の店長だそうです。そのあとがきのタイトル“本屋の未来は、自分たちでつくる”に、大いに心惹かれました。その14文字に魅せられて、即購買を決めたのでした。
 そのあとがきの4ページには、その昔、よく耳にした言葉が出てきました。今でも、時々耳にするフレーズです。しかし、一方の耳からすり抜けて、「でもね、・・・・・・」で終わっているようにも感じます。この機会に、志を、そして思考習慣や行動指針を看脚下してブラッシュアップしたいものです。
 エッセイ110回は、研修や勉強会の進め方について考えてみたいと思います。

続・教育機会におけるオリエンテーションの重要性

 ある講習会に参加しました。3時間強のカリキュラムが用意されておりました。
 開始から20分して、「これではダメではなかろうか?」と思い始めました。休憩をはさみ再開して間もなく、「これではダメ!大問題!!」という結論に至ったのです。

 そもそも何がダメなのか、どのようにダメなのか、このことから呟いてみましょう。
 先ず、講習会の狙いは何なのか、何を目指しているのか、目的や目標が分かり難かったのです。私が分かり難いと感じたのは、講師の思いでもあります“何故、この講習会を企画したのか!”という肝心の開催理由が伝わってこないのです。ある程度の想像はついていましたが、多くの受講者の心を掴むことは難しいだろうと感じました。これでは、開催したという主催者側の自己満足で終わりという結果を予想するしかありません。演題に期待して受講された方には、何とも傍迷惑な話であったと思われます。
 目的が曖昧な講習会(研修会、勉強会、セミナーと呼ばれる教育機会も含む)は、進め方そのものに大きく影響します。それもマイナス方向への悪影響です。前段で申しあげた内容が、その一例ということになります。
 グループによる分科会が組み込まれている場合は、グループ毎の進行状況に大きな違いが生じてきます。目的が曖昧ですから、進行役だけではなくグループメンバーの理解や解釈には、当然の摂理としてかなりの巾が生まれてくるでしょう。奥行きにも大きく差が出ると思われます。案の定、私が考えていた方向とは程遠い進め方になりました。結局、“何を討議したかったのだろうか?”という、モヤモヤ感のままで終わってしまいました。
 受講後、「何故そうなったのか」、「どうするべきであったのか」などを自己分析しながら、この体験を反面教師とすることで今後に活かそうと誓ったのでした。

 過去に遡って反芻すれば、このような実態の集合教育機会は、かなり現存しているのではないでしょうか。教育ニーズとはかけ離れた、開催することが主目的の教育機会を苦々しく感じたことが、数え切れないほどありました。
 一方、恥かしくて批判など到底できない教育機会を、何度となく私自身が行なっておりました。教育担当成り立てだった時期の私は、正しくそんな有様でした。しかし、私が強く自覚したある大失敗を契機として、今でも事のほか気を使っていることがあるのです。回を重ねたエッセイにおいて、何度となくつぶやいている内容です。
 その失敗を初心として、試行錯誤を繰り返しながら行き着いた先は、出来得る限りの準備を積み重ねて好スタートを切ることでした。
 それは、スタート時のオリエンテーション(或いはガイダンス)の重要性です。その教育機会の「狙い(目的・目標)」、「狙い達成のためのカリキュラムと全体スケジュール」、「進め方、取組み方の基本ルール」を明示し、共有化することです。ここが集合教育における動機付けの肝所だと思います。長期間にわたる教育機会では、カリキュラムの節目節目において、狙いを確認しながら進めていくことも重要になります。話を本題に戻す時に使う言葉を“閑話休題”といいます。狙いは、正に閑話休題の役目を担うのです。
 その様な苦い恥かしい失敗体験と理由から、私流のイメージトレーニングがスタートしました。40歳代前半からですから20数年間続けてきたことになります。移動する公共交通機関の中で、ちょっとした空き時間を利用して、なかなか寝付けない床の中で、予定日間近の総仕上げや予行として…… 。声を出して話し方を検討したり、ボディランゲージのあり方を調整したり、時には頭の中で言葉を追いかけながら、様々な工夫を繰り返し、試行錯誤を積み重ねては、徹底して訓練に励みました。手抜き無用の精神で、決められた所要時間管理もキチンと行なうのです。50歳前後の何年間は、納得するまで鍛練した記憶が残っております。
 井上流オリエンテーションの詳細はエッセイ75回(平成26年11月アップ)に譲るとして、「狙い(目的・目標)」、「狙い達成のためのカリキュラムと全体スケジュール」、「進め方、取組み方の基本ルール」を明示し、共有化することは、受講者の参画意識を明らかに促進してくれたのでした。

 スポーツの世界では、イメージトレーニングの有効性が盛んに取り上げられています。余談になりますが、20数年間、私が自己流で予行演習してきたことがイメージトレーニングであることを自覚したのは、ごくごく最近のことになります。
                                                                    (2016.1.8記)

エッセイ109:継続して行動することの意味を考える

 マザー・テレサ(1910 ~1997)が残した言葉の多くは、医療倫理を考える時の根源となる問いかけではないか、と思えてきます。その表現はシンプルで分かり易く、心に凛然と響いてきます。しかし、時代背景やその全活動実績(理由も含めて)を知れば知るほど、私ごときがこうやって取りあげることすら憚ってしまいます。恐縮しながら、心の姿勢を正して一つだけ取り上げさせて頂きます。

「この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。だれからも自分を必要とされていない、と感じることです」

 インドのカルカッタ(現在名コルカタ)の路上に倒れている多くの病人に対して、開設した「死を待つ人々の家」というホスピスにおいて、限りある数少ない薬を投与しました。その病人たちは、その薬で助かる可能性のない方々です。それなのに、何故使ったのでしょうか。
薬を使うのは病気を治すことではなく、“有難う”と言って感謝の笑顔で死を迎えて欲しい、という理由からなのです。ちなみに、マザー・テレサはカトリック教会の修道女ですが、亡くなられた方の看取りは、その方の宗教・宗派を尊重して執り行ったそうです。
 またノーベル平和賞授賞式のインタビューでの「世界平和のために私たちはどのようなことをしたらいいのでしょうか」という問いに対しては、「家に帰って家族を愛してあげてください」と答えています。あの有名な「愛の反対は無関心である」を思い起こします。
 それらに共通する根源は、日常の人間愛そのものではないでしょうか。直接間接を問わず医療に関わる人間への、職務遂行上の土台となる仕事観熟成の重要な問いかけではないでしょうか。
 マザー・テレサに思いを馳せた、師走初めのある日の夕暮れ時でした。

 エッセイ109回は、継続して行動することの意味を考えてみたいと思います。

継続して行動することの意味を考える

 目標達成へのスタートラインは、「決心」することから始まります。“何らかの行動を起こそう”と心で決めることです。
 しかし、決心しても目標に向かって行動しなければ実現には至りません。決心したことを、迷わず実行する「決断」まで高めなければなりません。苦もなく達成できそうな目標であれば別ですが、ハードルの上がったストレッチ目標の場合には、(大げさに言えば)煩悩を捨ててキッパリと肚を括った決断が行動促進剤となります。決心を決断まで強めることが、後顧の憂いを振り切って積極的な行動へと導いてくれます。「やります」という心の姿勢の芯を強化して、信念まで高めてくれるのです。それが業績魂を燃やし続けるエネルギー源にもなるのです。
 それでも第一歩を踏み出せない場合があります。迷いや恐れが上回って、“明日にしよう”、“明後日でもいいや”と先送りしてしまうのです。気がつけば信念が揺らいでしまい、折角高めた決断の灯が消えてしまいそうな自分がいるのです。直ぐに着手しなくても、当分は眼に見える影響が現れそうにない場合がそうです。身の回りの現実は、そんな事態が似たり寄ったりではなかったか、と思えるのです。
 それでは、どうするべきか … 。
 決断したら間髪入れずに「決行」することです。思いっ切りスタートダッシュするのです。眼をつぶってでも発進するのです。
 それでも閻魔様は立ち塞がります。業績主義主流の今の時代、即効性(或いは速効性)が最優先評価事項ですから、日々期待する成果を求められます。しかし、直ぐには成果が顕われないのです。なかなか答えが出てこないことの方が、ずっとずっと多いのです。決断し決行したとしても、いつの間にか、嫌々の三日坊主(一日坊主かもしれません)を繰り返すことになります。気がつけば行動計画は中断しています。これでジ・エンドです。頻繁に見聞きしてきました。
 わざわざ登場して立ち塞がる閻魔様の真意は、“失敗は成功の母なり”、“だから、もっともっと試行錯誤しなさい。努力し続けなさい”、“成果に行き着くまで歩き続けなさい”、ということなのですが、その真意に気づくまでには多くの実のある失敗体験が必要かもしれません。この件は、機会を改めて申しあげたいと思います。

 結局、成果への道のりは、いかにして行動の継続を維持し続けるかにかかってくるのです。
 先ず、ありがちな行動習慣、陥りがちな行動習慣を考えてみたいと思います。
 通常、“意志が強いと継続できる”と思いがちですが、果してそうなのでしょうか。先ほど申しあげたように、成果が見えてくるまでには時間を要しますから、“このやり方でいいのだろうか”という手探りの中で進めることになります。暗中模索、試行錯誤の連続です。そのような状態が、スタート時の小さな不安や迷いを増幅して、徐々に行動制御へと働きかけていくのです。決心して決断し、決行したことが途切れ途切れになって、行動の継続に綻びが出始めます。そうなると、“私は何て意志が弱いことか”と自己嫌悪の芽が顔を出します。意志が弱いというのはマイナスイメージですから、どうしても否定的になりがちで、知らぬ間に行動停止の方向へ舵を切ってしまうのです。以上のパターンは一例に過ぎないかもしれませんが、意志の弱さを問題にすると陥りやすいパターンではないでしょうか。
 話を進めましょう。
 そこで向き合いたい視点は、意志ではなく、“やりたい”、“やってみたい”という意欲なのです。意欲で行動の継続へと引きずり込みたいのです。意志の問題は“行動は何とか継続できれば良い”程度に留めて、いかにして意欲を掻き立てるのかを問題にしたいのです。
 ここからが、今エッセイのクライマックスです。
 意欲を掻き立ててくれるファクターは三つあって、それらのミックスブレンドこそがキーポイントになると考えています。エッセイ71回で取りあげました、「使命感」、「自己確信」、「好きであること」の三つの要素のミックスブレンドのことです。アベノミクスをもじって、イヨク(意欲)ミクスとでも命名しましょうか …… 。そして、イヨクミクスを木の幹とすれば、それらを支える根っこ(土台)こそが、行動継続を生み出す最も重要な要因ではないかと思い続けて、現在に至っております。そして、その最重要となる要因は、今までのエッセイで何度となく取りあげました「純粋な志」、「明確なビジョン」と位置づけているのです。

 今回のエッセイのタイトルは、「継続して行動することの意味を考える」でした。ピントを絞って、まとめ直してみしょう。
 継続行動の意味は、“成果への王道であり、結局は近道なのである”という結論に達します。王道(=継続行動)を歩み続けるには難しい側面もありますが、“やりたい”、“やってみたい”という意欲に着目し、意欲を維持する土台となる「純粋な志」と「明確なビジョン」を意識した志事の進め方を身につけることをお奨めしたいと思います。
 最後に、もう一言付け加えさせてください。
 長い年月をかけて積み重ねて追究する生涯学習(ライフワーク)テーマを、一つ持たれてはいかがでしょうか。当然“やりたい”、“やってみたい”というテーマでしょう。そのライフワーク追究の過程において、“行動を継続することの意味”や“行動を継続する原動力が何であるか”が、ある時、見事に結晶化するのだと思います。
 以上が、私の現時点での心境でした。

追:決断の選択肢は、行動の継続が全てではありません。中止や休止もあります。仕切り直しだってあるでしょう。今回のエッセイは、継続行動が成果に直結する時のケーススタディとして呟きました。付記させて頂きます。
                                                                (2015.12.3記)

エッセイ108:一人ひとりの心の中にある学び舎

“日々勉強する”ことは、私にとりまして一生涯の志事なのです。ある時にそう決めて、現在に至っております。その時が何時のことであったのか、実は思い出せないのですが…。
 それ以来、学び塾を始めとして私が企画し運営をする教育機会では、「勉強の目的は何でしょうか?」、「その理由は何でしょうか?」という問いかけの頻度が、かなり多くなりました。その問いかけに対する回答が何であれ、自答を持つということは、やらされ意識ではない積極的な自己動機付けに繋がってくるのです。言われなくても自主的に取組むようになるのです。さらに、そのような自律した生き方は、お互いの志が共有できている周りの方々に対して、少なからず良い影響を与えてくれます。それはパーソナルインフルエンスの世界ですね。
 「勉強の目的は何でしょうか?」、「その理由は何でしょうか?」という問いかけに対する私の考え方は、エッセイ69回(人材育成の本質を考える:2014年6月10日記)で取りあげております。
 ある予備校講師が受験生に対して、勉強の目的をこう語っていらっしゃることを知りました。
「勉強すればするほど、すてきな仲間に出会う可能性が高まります。だから勉強しましょう」と。そして、「あなたは他の人から見て、出会うに値するだけの仲間となって新しい学校に行こうとしていますか? 出会うに値する仲間として新しい企業に参入しようとしていますか?」と続きます。
 大いに共感させられました。
 今回のエッセイは、学びの大切さと要諦について、改めて呟いてみましょう。

一人ひとりの心の中にある学び舎

 成人前の薬学部2年生Sさんは、ある悩みを抱いているそうです。昨年初夏の話です。その状況から判断した私の見解、そして私のある思いを申しあげたいと思います。皆さんにも考えて頂きたいのです。
 そのSさんは、それなりの志を立てて薬学部を受験し、一昨年の春合格したそうです。入学してからの14ヵ月間、入学前の想定とは異なる環境からか、“選択ミスをしたのではないか”という不安にかられ、自分自身の将来を描けなくなっているのだそうです。その理由の一つは、入学してから学んでいる一般教養科目の面白さに目覚めたこと、もう一つはSさんが感じる同窓生との相性にありそうでした。
 どのような学部でも同じだと思いますが、入学初年度の専門科目は限られており、いわゆる一般教養科目がほとんどではないでしょうか。また、他学部、他学科の学生と机を並べて学ぶ機会があるのも、この時期の特徴かもしれません。その様な環境下で、Sさんは一般教養科目に圧倒的な興味と楽しさを覚えました。また対人関係においては、同じ薬学部生とは波長が合わないと感じているのです。挙句の果て、“薬剤師には向いていないのではないか?”、“薬学部生は薬剤師以外の選択肢はないのではないか?”というように、将来像が描けないことを悩み始めたのでした。さらに掘り下げていけば、真剣に模索し続けていくうちに、自分自身の将来を見据えることの難しさの壁が高くなってしまった、と感じているのかも知れません。
 薬学の専門的イロハを履修する前の段階で、ましてや患者と直接向き合う経験すらない成り立ての2年生の段階では、Sさんの悩みは当然の結果と言えましょう。不躾な表現になりますが、“一笑に付す”レベルであって、現時点においては何ら心配する必要性を感じないのです。
 その理由の第一は、それなりの志を抱いて薬学部に入学したことです。漠然とした憧れではなく、薬剤師の職能を理解して、ある程度の覚悟と使命感に基づいての選択だと思われるからです。
 もう一つの理由は、薬剤師としての固有専門能力修得の根幹となる一般教養科目の面白さに目覚めたことを評価したいのです。どのような職業にも相通じることですが、任務遂行と使命実現の基盤はその都度向き合うことになる種々の問題解決であるということです。その問題解決に必要な能力の拠り所の土台は共通専門能力であって、その学び舎こそが一般教養科目にあたるからです。多くの学生には見向きもされない科目なのかもしれませんが、そこに目覚めつつあるSさんを高く評価したいのです。

 ここからは、Sさんの今後についてのつぶやきを続けましょう。
 Sさんが今の問題意識を忘れずに目の前の科目を学び続け、将来像を描く難しさを承知の上で自問自答を繰り返していけば、他の誰にも左右されないSさんオリジナルの将来像は、数年後までには明らかになると確信しております。
 何故に、確信と言い切れるのでしょうか。
 理想とする将来像は、将来の職業に関する専門能力の修得進度によって様変わりします。また、キチンと向き合った現場体験、出会った先生・師匠や同窓生・同志・ライバルなど、それぞれから様々な影響を受けることになります。結局は、学年を重ねる毎に、徐々に明らかになっていくのではないでしょうか。理想とする将来像追究という問題意識が消えない限り、その都度彷徨いながらも、収斂されていくのだと思います。Sさんの場合、将来像を描くだけの土台すら積みあがっていない段階ですから、悩みの渦に巻き込まれているのです。何年か後には、選択肢の巾が拡がっていくでしょう。その時点で、改めて将来像を考えれば良いのであって、心配無用と言いたいのです。
 私が感じるSさんの強みは、学ぶことの目的、勉強の目的について、自問自答を繰り返して、その回答を見出そうとしているところにあります。それは、大学のキャンパスだけが学び舎なのではなく、Sさんの全身全霊こそが一番の学び舎であって、目の前の科目を主体的に学んだ結果、一般教養科目から圧倒的な興味と楽しみを享受しているのです。近い将来学ぶ機会が増えてくる専門科目においては、今以上の興奮を持って学ぶことになるでしょう。
 この30年間、強く感じ続けていることがあります。それは、学び舎は一人ひとりの心の中にあって、その学び舎を造るのはその人本人なのだ、ということです。主体的に自問自答する、主体的に問題を投げかける、主体的にディスカッションに興じる、主体的に意思決定する、…… 。これが、心の学び舎の運営指針なのです。Sさんからは、やり通す期待感を抱いたのでした。
 学ぶ目的は10人10色で構いません。10人10色が当然です。一人ひとりの心の学び舎で、諸課題と向き合って自己啓発し続けることが重要なのだと思います。

 今回、Sさんの重苦しい心情を想像しながら、就職活動(以下、就活)中の多くの薬学生への問いかけに対する反応度の低さが、またぞろ蘇ってきたのでした。将来像を曖昧にしたまま、“病院だ”、“調剤薬局だ”、“製薬メーカーだ”の選択をし、同業他社との比較検討も疎かのままに内定をゲットして就活を終える比率が高いという実感は、10数年前から変わることがありません。採用活動が本格化する時期になると、憂鬱な気分が染み出してきます。気がつけば、来年卒業する学生の就活がもう間近に迫ってきているのです。
 私の問いかけは、「就活のスタートは、どのような薬剤師になりたいのか、将来の薬剤師像を明らかにすること」というものです。さらに、「何故薬学部を選択したのですか」、「どのような人間を目指していますか」と続きます。そのステップを突破しない限り、薬学部六年制の意義が闊歩することはないでしょう。薬学生の姿勢を含めた就活の実態がどうであれ、そう問いかけることを使命として、負げることなく問い続ける所存です。思いの温度は冷めておりませんから…。
                                                                      (2016.1.16記)

エッセイ107:結果の基(原因)はプロセスと心構え

 2年前の新聞で知った忘れられない善意のお話です。
 平成25年(2013年)5月、元看護師の中西豊子さんが亡くなりました。その前年2月に入居していたケアハウスのある愛知県豊橋市で、関西大学教授河田恵昭氏の講演を聴いたそうです。東日本大震災での岩手県上閉伊郡大槌町の甚大な被害が語られ、そのような中でがんばっている子どもたちの奮闘の様子が紹介されました。
 大槌町とは縁もゆかりもなかった中西さんですが、講演でのその話に心を痛めて、当時の大槌町長に手紙を書きました。“財産は全て大槌の子どもたちに使いたい”と。委託された親しかった知人らは、中西さんの遺志に沿って、全財産7千万円を寄付されました。そして、中西さんの遺産全額が大槌町の奨学金の貸付基金となる、ということを知りました。
 つぶやきエッセイでは、忘れずに心のどこかに留めておきたい市井の方を、何度か取りあげてきました。頻度は多くはありませんが、これからも取りあげたいと思います。その方々の生き方や考え方と可能な限り向き合って、私自身のこれからの人生を耕す機会にしたいと思うのです。

 エッセイ107回は、今後のいのうえ塾で問いかけたいテーマを呟きたいと思います。日々の忙しさの中では、どうしても疎かにされがちなことです。年に1、2回程度でも方向付けすることで、PDCAサイクルが少しでもスパイラルアップすることを期待したいのです。視点を変えながら、何度となくエッセイの中で問いかけている基本に関することです。

結果の基(原因)はプロセスと心構え
 
 アマチュアスポーツの指導者の育成術で、最近とみに目にするウェイトの高い着眼点があります。十数年前から言われ始めたように感じております。人材育成の方法論とその理由は、指導者一人ひとり違って当り前のことですが、これから紹介することは、私自身が特に共感できる内容です。

 ある大学野球部の監督は、育成の基本をこう捉えていらっしゃいます。
 「結果だけでは怒りません。過程や取組む姿勢で結果が決まると思っています」と。勝つことは当然としても、先ず1人の人間としての部員育成を第一に考えているのです。その理由を、「社会に出て、自由な発想で取り組み、活躍できる選手になって欲しい。そういう選手がいるチームは強いのです」と言い切っています。
“そこに至るプロセスと取組み姿勢を支えている心構え(行動理論、考え方、思考習慣)が結果の基(原因)”、という考え方が根幹にあるのではないでしょうか。

 高校野球における育成の考え方や指導のあり方にも、プロセス重視を見ることができます。そのプロセスの一つが、日常の生活態度や練習への取組姿勢に重点がおかれていることです。そこに、以前とは違う指導のあり方の変化を感じます。
 ある有力校の監督が話された内容の骨子を紹介しましょう。
 「優勝することが花だとすれば、花は枝に支えられ、枝は幹に支えられ、木全体を支えているのは目には見えない根っこになります。小さいことを確実にこなすことが根っこ作りです。日頃から小さいことができないと、サインを見落としたりバックアップ(カバーリング)を怠るのです」と。挨拶や靴の脱ぎ方などのマナー、人との付き合い方・接し方、感謝すること、協調性などを、人として身につけたい目に見えない当たり前の作法を、小さいことと位置づけているのです
 毎日のマナー徹底は当り前として、練習場だけではなく、どのような場所においても、落ちているゴミを拾って捨てる習慣の徹底などは、社会に出てからのことも考慮しての全人的な生徒育成であることに気づかされます。一人ひとりのプレーの中で、予期せぬエラー(ミス)はつきものです。ですから、常に一つひとつのプレーをバックアップすることは、そのエラー(ミス)による被害を最小限に食い止めることが可能になります。それが最終結果に大きく影響する場合もあるでしょう。ゴミに気づかない人、落ちているゴミに気づいても拾わない人は、時々手抜きをする癖が身についてしまうのだそうです。バックアップが疎かになったり、肝心な時のエラーとなって失点につながる可能性が高くなってしまうのでしょう。
 ゴミ拾いもバックアップも誰かに認めてもらうためにやるのではなく、チーム目標達成のための当り前の行動として厳しく躾けているのだと思います。このことは、会社における仕事遂行のあり方にも相通じることであり、リスクマネジメントの基本であると再認識しております。

 チーク(組織)作りというのは、全員が揃って初めてベストとなるチーム(組織)を実現することだと思います。近付くための幹は、プロセス(日々の生活習慣、行動習慣)と心構え(日々の行動理論、思考習慣)の変革に重点をおいて育成することに尽きるのではないでしょうか。私の失敗体験からも、この着眼点にいたく共感を覚えるのです。そして、これらの具体的内容と何故そうするのかという理由を反芻しながら、企業では蔑ろにされてはいないだろうかと思える社員教育の実態に、ハッとさせられているのです。
 そう考えながら、日本女子バレー全盛期に監督をされていた故小島孝治氏(1930年~2014年)の選手育成の考え方を思い起こしております。
 小島氏が監督で出場した1972年ミュンヘン五輪では銀メダルを獲得しました。4年後のモスクワ五輪は、金メダルを期待されながら国として不出場になりました。そのようなことから“悲運の名将”とも言われた方です。指導者としての基本姿勢を、小島氏はこう語っています。
「私は、選手を指導する最初の1年間は、基本的なことを厳しく叩き込みました。なぜなら、基本が出来ていない選手は、故障やスランプ、敗戦など落ち込んだ時、這い上がれないからです。だから1年間は、基本的なパスやスパイクのフォーム、バレーボールのルール、そして先輩や目上の人に対する礼儀作法をしっかりと身につけさせました。そうした基本を的確に習得することが、競った時に一歩抜きん出る力となります。基本ができた選手は、自ら練習に取組んで、放っておいても伸びていくようになるのです」と。

 結局、“結果はプロセスと心構えで決まる”という考え方を、社員育成、選手育成、生徒育成の根幹に据えるべきではないでしょうか。(即戦力化、即効性優先の)人材育成の現実に大きな違和感を覚えながら、一方では自分自身の非力さを不甲斐なく思う毎日なのです。
                                                                   (2015.10.10記)

エッセイ106:“備えよ常に”は、リスクマネジメントの基本

 足利事件をご存知でしょうか。丹念に自分自身で見聞きした調査報道で、服役していた菅家利和さんの冤罪立証を後押しされた日本テレビ記者がいらっしゃいます。当時の番組横断的キャンペーンが、日本民間放送連盟賞「放送と公共性」において最優秀に選ばれました。そのテレビ記者は清水潔さんという方です。5年ほど前の新聞で知りました。
 清水さんは、山歩き用の運動靴をいつも履き続けているそうです。どのような現場に行っても困らないようにするための必須アイテムなのです。これは、想定外にも対応できるような備えとして、清水さんが導き出したプロ記者としての仕事流儀なのだ、と解釈しております。
 それにつけても、最近つくづく思うことがあります。仕事であれ、学びであれ、準備不足が横行していることです。準備内容の貧困化と言っても過言ではありません。“想定外という言い訳は恥かしいこと”と自分自身に言い聞かせて、どのような事態が起きたとしても最低限の任務を果たすことができる作法を特定し、その作法を当り前に実践し維持し続けている人が、本物のプロフェッションなのだと思います。それは、この数年間しつこいほどに方向付けしている“備えよ常に”という不易の日常的作法の一つなのではないでしょうか。

“備えよ常に”は、リスクマネジメントの基本

 先ず、「備えよ常に」の意味と意義を考えてみましょう。私見になります。

 ボーイスカウトのモットーである「備えよ常に」は、“イザという時に備えて、日頃からいろいろと準備しておきましょう”という意味です。
 ビジネスパーソンとして社会に船出した皆さん方は、様々な仕事を指示され、将来はやりがいのある仕事を任される時がくるでしょう。そのような時に、与えられた仕事、任された仕事をやり遂げられる能力開発を、日頃からコツコツこつこつ積み重ねていくことこそが、基本中の基本ではないでしょうか。倦まず弛まず、克己心と自助力で蓄積した開発能力が、与えられた仕事、任された仕事をやり遂げる原動力となるのです。

 スピード優先、効率化優先、即戦力化、アウトソーシング化、…… 。いつ頃から、このようなことが当り前化してしまったのでしょうか。バブル経済が弾けたあたりからでしょうか。
 それらの基本理念や意図、そして本質的機能が整わないまま、継ぎ接ぎされたシステムとやり方が急いで築かれ、慣れないままに運用されてしまったのです。スピードこそが一番の競争優位性の旗の下で、見切り発車したのです。その結果、企業を支える要となる人材育成の劣化という大きな代償を払うことになったのです。
 つくづく想います。
 イザという時に備えて、日頃から万全の準備をして、目の前の日々の課題や出来事と向き合って対処することが基本です。仕事であれ、日常生活であれ、自己啓発であれ、人生万般において「備えよ常に」を積み重ねて習慣化することが大前提なのです。
 失敗から学ぶ、学習能力を磨く、そして準備万端整える、これらは全てリスクマネジメントと言われる範疇の基本中の基本ではないでしょうか。私は、つくづく感じ想っているのです。
こ のことを、今の時代、どれだけの方々が気づいているのでしょうか。実践しているのでしょうか。69歳目前の私ですが、問題提起し続けることに疲れつつあります。もう言い疲れてしまいました。私の正直な本音は、その疲労感からくる諦念感なのです。
                                                     (2015.9.28記)

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