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エッセイ93:「考えるとは?」を、行動レベルで考える

 5月3日は、国民の祝日の一つであります憲法記念日です。
『国民主権、平和主義、基本的人権の尊重』を基本理念とした日本国憲法が、昭和22年(1947年)5月3日に制定されました。私が生まれて約7ヵ月後のことです。「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」という趣旨のもと、翌年の5月3日から国民の祝日となったのでした。
 法治国家である日本において、全ての法律の基盤となるのが日本国憲法なのだそうです。“なのだそうです”とは、何とも情けないお話ですが、そのことを最近学びました。改めて学びました。国政では改憲論議が活発化しております。改憲の是非を問うアンケート調査結果が、盛んに報道され始めております。これまた情けないお話しになりますが、今の私には自信を持って回答することができません。「改憲か」、「護憲か」という前に考えなければならない、それはそれは高いハードルがあるのです。その高いハードルとは、私自身がどれだけ日本国憲法を知り理解しているか、という大命題のことです。
 ある方はこう言われました。「改憲、護憲の前に、先ず知憲」と。
 義務教育から始まって、高校そして大学において、日本国憲法を真剣になって学んだ記憶が皆無に等しいのです。大学時代は薬事関連法規の勉強はしました。社会人になってからのある時期は、独占禁止法、景表法、大店法などの流通に関する法律の勉強もしました。その時々の仕事遂行上、必須だったからです。それらの法律に則った仕事が行われなければならないからです。もう少し法というものを掘り下げてみると、それらの法律の根底に流れている理念は日本国憲法であって、薬事法や薬剤師法の本質を理解するためには、先ず憲法を学ぶことが避けては通れない前提要件になってくるのです。そうであるならば、毎年の薬剤師国家試験の問題として、日本国憲法から2問は出題するべきではないかと思えてきます。薬剤師にとっての倫理観の土台として、薬剤師倫理規定とともに、日本国憲法にこそ本質的意味が隠されていると思うのです。以上、私の呟きでした。
 今回のエッセイは、考えるという行為を考えてみましょう。

「考えるとは?」を、行動レベルで考える

 とにかく便利な世の中になりました。
 コンビニエンスストアでは、そのお店の取扱商品であれば1年365日24時間購買することが出来ます。いつでも入手可能ですから、買い置きの必要がありません。何らかの事情でも無い限り、必要になった段階で買いに走れば事足りるでしょう。事前にあれこれ考えなくても、日常生活に支障をきたすことはあり得ない環境下にあるのです。流通企業にとって、生き残り策の一環としての利便性追求は更に激化していくことでしょう。
 そのような中での私の心配事は、便利さが進展すればするほど、全身を使って考える必要性が減っていくことです。別の言い方をすれば、思考停止を招きかねないことです。それ以上に恐ろしいことは、そのことに気づかないばかりか、日常生活における問題意識が低下してしまうことではないかということなのです。
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言います。大騒ぎしたことが教訓として生き続けて、備えを疎かにしてはいけないことへの格言なのでしょうが、苦かった出来事がいつの間にか忘れ去られてしまうのも現状です。「人の噂も七十五日」の通り、特に他人事であれば、時の経過とともに多くの出来事は消え去っていくのです。だから、それは人間の生理的現象と認めた上で、“忘るべからず。考え続けるべし”と、言い聞かせたいのです。

 つくづく思います。考えるという行為が少なくなってしまいました。
 考える余裕がなくなっているのでしょうか。考える必要性を感じなくなったのでしょうか。考える必要性が亡くなりつつあるのでしょうか。はたまた、考えることが拒絶される場面が多くなっているのでしょうか。
 想像の羽を広げることは異端児なのでしょうか。感受性も、好奇心も、そして問題意識も、厄介者なのでしょうか。
 少々気落ちしながら、“考える”ということを行動レベルで表現してみました。

       足考:行動することは、足で考えること。
       手考:メモすることは、手で考えること。
       口考:言葉に感情を添えて表わすことは、口で考えること。
       目考:観察することは、目を凝らして考えること
       頭考:感じること、疑問に思うこと、興味を抱くこと。
          そして、掘り下げること、組み立てること、深化させることは、
          頭を使って考えること、脳で考えること。
       耳考:傾聴することは、耳を研ぎ澄まして考えること。
       指考:温もりや肌触りを感じることは、指先を使って考えること。
       顔考:思いや情緒を表情に表すことは、顔全体で考えること。
       心考:相手の気持ちを想像することは、心を使って考えること。
       書考:書き表すことは、言葉に魂を添えて考えること。

 こうやって問題意識を整理整頓してまとめ直してみれば、考えるという行為の巾の広さが見えてきます。これらの「○考」は全て考える行為だと思えてくるのです。この「○考」をシッカリと認識しながら、日々全身で考えるという行為を実行することは、脳活性化の自己動機付けになります。何故なら、ちょっと意識してその気になれば、○考の機会は身の周りに散らばっているからです。ステレオタイプが巾を利かせている昨今、考えることの意義、考える行為の実例を啓発するとともに、問題意識を高める行為の実践を奨励し続けたいと思います。

 最後にひと言。
 本文の冒頭で申しあげた便利さを、否定している訳ではありません。決して、悪者扱いにしているのではありません。エッセイ88回(町の電器屋さんと在宅医療の共通点)で取りあげたように、多くの高齢者にとって便利さは非常に有難いものです。便利さのニーズは十人十色で異なりましょうが、自力での生活が難儀になってくる年代にとって、お節介と思えるほどの便利さに縋り付きたくなる場面が出てくるのです。このことは、69歳を目前に控えた私の実感です。加齢現象を意識することのなかった年令では、全く思いもしなかった実感なのです。想像できなかった実感なのです。
                                                   (2015.5.30記)

エッセイ92:新社会人のスタートは不易の基本修得から

 食事の時の素晴らしい挨拶言葉が、二つもあります。どなたもご存知であり、当り前に発している言葉でしょう。二つともに心の底から発したい言葉です。
 それは、食事の前の「いただきます」と食べ終わった時の「ごちそうさまでした」です。その食後の「ごちそうさま」の意味を考えてみたいと思います。
 「ごちそうさま」を漢字で表すと「御馳走様」になります。その「馳走」は、本来“奔走すること”、“走り回ること”を意味します。
 昔は、大事な来客をおもてなしするために、遠方まで馬で走り回って食材や獲物を調達して食事の用意をしました。そのような命がけの働きに対する「有難う」という感謝を表す言葉として、「御」と「様」がついて「御馳走様(ごちそうさま)」という丁寧語で使われるようになったようです。  
 食事の挨拶用語の意味を調べながら、新年度スタート時期にあたります3月と4月のビジネス誌や新聞紙上には、新社会人向けの特集記事が多いことに気がつきます。その内容についての一考察です。

新社会人のスタートは不易の基本修得から

 企業における人材育成の仕事に携わっている限り、ビジネス誌であれ新聞であれ、社員教育や人事制度に関する記事に対して敏感に反応してしまう行動パターンは、これからも消えそうにありません。また、日本能率協会、日本生産性本部、産業能率大学などによる意識調査は、30年も前から気にかけてチェックをしております。リタイヤ後も変わっておりません。
 前文で申し上げました新社会人向けの特集記事は、目を通してハイ終わりではなく、必ず微妙な変化を読み取ることに頭を使います。数年ぶりに新卒新入社員研修がなかったこの4月は、新社会人向けの記事内容を、時間の許す限り分析することにしました。余裕のある時に、今後の進め方や教材内容の見直しに結び付けようという思惑なのです。
 “新社会人に望みたいこと”、“働く上で重要なこと”、“新しい職場になじむために”など、概ね似たり寄ったりの見出しが多いように感じます。中には、“職場にいる使えない社員の特徴”というようなマイナス表現のタイトルもあるようです。新入社員とっては、反面教師として捉えることが出来そうです。
 内容に目を移してみると、ランキングで表わしたり、図表を用いたり、理解しやすい工夫を凝らしていることが目に留まります。身だしなみから始まって、挨拶、言葉遣い、報連相やPDCAサイクルなどの仕事遂行上の基本、そして公私にわたる行動姿勢や心構えのあり方にいたるまで、そうする理由も添えて詳細に方向づけがされています。
 ここからが私の呟きです。
 それらの内容は、正しく「不易流行の不易だなぁ」という肚の底からの実感です。30年近くの間、ずっと変わることなく、いのうえ塾新卒新入社員研修の幹をなしている部分なのです。その時々の状況に応じて、強調し力を入れる箇所に僅かな違いはありますが、根幹となる育成ニーズは変わっていないのです。
 一方、気になることは、そして正確に把握しておくべきは、毎年同じように叫ばれ続けている基本教育の現実の姿がどうなっているのかということです。半日程度でお茶を濁しているように感じる現状、社員の躾を外部講師に委ねて満足している現状で良いのでしょうか。それらは、本気で社員を育成しようとしている姿なのでしょうか。ちなみに“いのうえ塾”では、ビジネスマナー修得に24時間以上を費やしております。ビデオ学習、ロールプレイング、複数回の理解度確認テストもやります。都度、試行錯誤しながらの産物です。
 新卒新入社員教育の柱の一つは、千載不易と位置づけられる全職種共通のビジネスパーソン基本スキルの修得でなければなりません。出来るという技能レベルに達するまで愚直に実施するべきと、つくづく感じ入っております。
                                                                        (2015.5.2記)

エッセイ91:入社式では企業理念の本質をシッカリ語る

 4月2日付けの新聞には、毎年恒例の記事が掲載されます。主な有名企業の新入社員入社式でのトップの声の要旨です。
 激励の言葉は当然として、現在の経営環境下での期待したい行動指針が強調されることが多いようです。将来を背負ってくれる新入社員への期待度が、非常に高いからでしょう。
 その様子を想像しながら、私には以前から気になっていることがあります。当り前の基本が見過ごされている世の中になったと感じられることが、根本的要因なのかもしれません。それが企業経営にもいえる現象ではないか、と思えてくるからです。私が気になっている内容は、マス媒体の報道で知り得たほんの一部がもとですから、間違った指摘になるかもしれません。その場合は、一見解として受け止めて頂きたいと存じます。
 今回のエッセイは、その気なっていることをつぶやきます。

入社式では企業理念の本質をシッカリ語る

 昨年と今年、さらには10年以上も前の入社式での社長訓示の報道内容を見比べております。
 過去一年間の業績、経営環境の実態によって、その内容や厳しさに差が生じてくることは当然のことでしょう。それを除きますと、具体的内容は業種や会社によって異なってくるのでしょうが、根っこの部分は概ね似たり寄ったりの内容ではないかと思えてきます。求められる能力や行動姿勢、現状を打ち破るための行動指針、具体的な仕事の進め方と取り組み方など、これから始まる新入社員研修でも触れられるであろう内容が中心のような感がしないでもありません。
 内容は別にして、社長の生の声を直接拝聴できる機会は、年に数えるほどしかないかもしれませんから、新入社員にとっては心の高ぶりが半端ではないでしょう。それだけ、貴重な時間なのだと思います。
 一方、企業倫理が問われる事態が相も変わらず飛び込んできます。“エーッ、あの企業が……”と言われるような有名企業も例外ではありません。だからと言う訳だけではありませんが、経営トップの口から新入社員に対して必ず語って頂きたい内容は、不祥事など起こさない企業の存在意義に関わる“根源的な何か”ではないでしょうか。私が言及したい“根源的な何か”とは、社是・社訓も含めた企業理念の核心のことです。
 先ず、“企業理念とは何か?”についての私見から申しあげましょう。
 企業理念は、『企業の根本的な存在理由や存在意義』を表わし、『時代の流れや時空を超えた、企業経営に対する普遍的な価値観であり、揺ぎ無い信念と行動原理』ではないでしょうか。
 存在理由、存在意義という視点でもう少し掘り下げてみれば、企業の目指す方向や事業領域を表わし、意思決定の価値基準・判断基準となります。行き詰まった時に帰るべき原点は企業理念、と言われる所以でもあります。さらに、日々の仕事遂行の行動規範としての社員共通の哲学であったり、時には社外へのメッセージという役割も担います。全ての企業業活動の源泉にもなります。正に、企業文化の中核と言えるのではないでしょうか。
 企業経営の普遍的価値観であり、揺ぎ無い信念と行動原理を表わした企業理念を、その意味する本質的側面から始まって、自社の具体的理念の詳細を、将来の企業を背負って立つ若人に対して、経営トップ自身が、滔々と熱く、朗々と高らかに語って頂きたいのです。さらには、企業理念の番人になることも、強く訴えかけて欲しいと思います。そしてこの訓示は、新入社員だけではなく、従業者(経営陣も含めた社員全員)に対する本気度を表明する一番の機会なのです。自社の存在意義に関わる“根源的何か”を語ることこそが、何よりの歓迎表現であるべきだと強く思います。
 入社式後に始まる新入社員研修では、教育担当者からレクチャーされるのでしょうが、企業理念が企業経営の根っこであり幹であるからには、経営トップがその意義と意味を直に語るべきです。それこそが企業不祥事の一番の防止策であり、ステイクホルダーに対する誠実な企業経営の公約宣言になると確信しているのです。
 入社式において企業理念の本質を真剣に語ることを、大小を問わず、全ての会社で実践されることをいつも願っております。
                                                  (2015.4.15記)

エッセイ89:人のふりを見たなら、我が身をふり直してみましょう

 文化庁が毎年行なう「国語に関する世論調査」があります。
 その中の慣用句の使い方に対する正答率の低さに暗然となりながら、間違った使い方をしている自分の実態も明らかになってきます。
 先輩の「まだ未定です」を笑いながら、「あとで後悔しないように…」と発して苦笑したこともありました。この二つの例のように、意味が重複する言葉を二重に使ってしまう重ね言葉は、かなり蔓延しているかもしれません。
 そのような実態に対する問題提起を、これまでのエッセイでも何度となく呟いてきました。それは、“共に考えてみませんか”という問いかけであると同時に、それ以上のウェイトとしての“人のふり見て我がふり直せ”という自己啓発の勧めなのです。
 私が企画するコミュニケーションの基礎講座の一つに、コミュニケーションの難しさ体験ゲームがあります。進行役を務めながら、常に意識していることがあります。それは、受講者の言行から得た教訓を、私の言行にも当てはめて看脚下することです。冷静になって“我がふり直せ”を行うことです。
 エッセイ89回は、“人のふり見て我がふり直せ”の過程でつくづく思い知らされた、良好なコミュニケーションの大前提の一つをつぶやいてみましょう。

人のふりを見たなら、我が身をふり直してみましょう

 過去に数回取りあげました「号泣」の使い方に対する苦言は、今でも変わることはありません。ですから、可能な限り、言葉の正しい意味を調べて、正しい使い方をする努力を惜しまずにおります。
 それでも、意味を知らずに使ってしまう言葉、間違った意味で使っている言葉、さらには初めて知る言葉などが、星の数ほどあるのです。
 この10数年間、セミナーや研修会において、出てくる言葉の意味を確認する機会が増えてきました。意味が分からない言葉は、極力調べて理解した上で使うようにしてもらいたいからです。 
 5人の仲間と会話しているとしましょう。同じ言葉を使っても、5人5様の理解と解釈で会話が進んでいきます。後になってから、その違いが表面化することもあります。正しく、コミュニケーションギャップというやつです。
 私自身の経験を通して、今ハッキリと声を大にして申し上げたい当たり前があります。それは、良好で信頼のコミュニケーション実現のための前提条件のことです。最近行ないました“コミュニケーションの難しさ体験ゲーム”で気づいたことです。この前提条件は、当り前のことではありますが、日常では見過ごされていることが多いのも実態だと思います。
 その前提条件の一つは、「共通に理解できる言葉を活用することの重要性、必要性を認識すること」であり、もう一つは、「共通認識を確認して共有化しておくことの重要性を理解すること」です。この二つを大前提としたコミュニケーション教育を企画し編集することが、重要なポイントになります。前提条件の認識度合いによって、克服目標や要点は大きく異なってきますから。
 その前提条件をどのように捉え、どれだけ意識した現場教育が行なわれているのでしょうか。開催することが目的の教育機会ほど、無駄で無益なものはありません。コミュニケーションの難しさ体験ゲームでの受講者の実態から、私自身の日常を謙虚に振り返っております。

                                                               (2015.3.5記)

エッセイ88:町の電器屋さんと在宅医療の共通点

 ネットスーパーが増えてきました。自宅まで配達をしてくれます。大手ホームセンターでも、宅配付き発注を始めたようです。
これらは、高齢者社会における切実なニーズを商機と捉えた結果の対応と思われます。
 エッセイ88回では、急速に拡がっている高齢化社会での現ニッチ商法の本質を考えてみたいと思います。

町の電器屋さんと在宅医療の共通点

 この数年間、新聞の折込みチラシで目に付く流通業は、食品スーパー、郊外型ショッピングセンター、ホームセンター、ドラッグストア、家電量販店、紳士服や子供服のチェーン店でしょうか。カーディーラー、サプリメント、新築マンション、さらに学習塾や進学塾のチラシも多いですね。企業でいえばユニクロが頻度ナンバーワンかもしれません。
 家電量販店のチラシは、紙面が大きいですね。表示価格だけではなく、ポイント還元表示も目を惹きます。最近では、家電だけではなく、洗剤やトイレタリー商品まで掲載されているチェーン店もあります。
 我が家の家電製品のほとんどは、メーカー系列の町の電器屋さんにお願いをして購買しております。30年近いお付き合いになります。20才代の遠い昔は、購買単価の安い量販店を利用していました。東京に住んでおりましたから、秋葉原が定番でした。当時は、説明書を見れば設置も使い方も、自力でどうにかなりました。最近の(といっても20年も前あたりから)白物家電製品の多くは、接続や設置が難しくて一般消費者の手に負えません。ましてや老眼鏡の必要な高齢者世帯では、説明書が細かすぎて、内容を理解することすら如何ともし難いのが現状でしょう。少なくとも、私の場合は百%そうなのです。
 また、故障した時などのアフターサービスはお手上げです。メーカーへ直接アクセスするしかありません。困ってしまい指定された電話番号に問合せをするのですが、つながるまでにどれだけの時間を要するのでしょうか。過去のお話になりますが、「ただいま込み合っております。そのまましばらくお待ちください」が続いてしまい諦めてしまったことがトラウマになっております。
 一方、30年近くお付き合いのあるY電器屋さんの場合は、商品選定から取り付け、そしてアフターサービスまで、私達の声を聞きながら対応してくれます。我が家のご担当はSさんで、私たち夫婦より10歳前後はお若いくらいの大ベテランです。
 家全体の配線状況もご存知ですから、安全上も安心してお任せできます。ファンヒーターなどの暖房器具の定期点検、コンセントの点検などにも気を利かせてくれます。10数年間お世話になった洗濯機の買い替えの際には、水道の注水蛇口の微かな水漏れを探し当てて、最新の蛇口に交換してくれました。その時は、故障中のCDプレーヤーの修理もして頂きました。DENON製で25年前に購入した愛機です。
 商品の購買単価は高いのでしょうが、我が家に合った製品選択、納入から取り付け、定期点検や故障時のアフターサービスなど、電話一本で快く相談に乗ってくれます。部品交換が必要な場合は、可能な限り調達して対応してくれます。その部品が100円であっても……。総合的に判断すれば、町の電器屋さんの方が、ずっと徳得(お得+お徳)だと思います。高齢化世代にとっては、何よりも安心、安全なのです。

 Sさんとの会話から、かなりお忙しい様子をうかがい知ることができました。高齢化社会の進展が大きな要因であるのが見えてくるのです。顧客のニーズに合ったコンサルタント営業が持ち味の町の電器屋さんは、これから益々重宝される存在になると感じております。
 前文で取りあげましたネットスーパーなどのような宅配付き販売の台頭も、結局、高齢化社会からくるウォンツへの試行であり、ニーズへの対応なのではないでしょうか。
 そして、このことは盛んに奨励されている在宅医療にも共通する時代の要請なのだと思います。
 何事も、時代時代の実態や変化に感受性と想像力を働かせて、その本質を追究して見極めることが求められるのではないでしょうか。企業の経営環境の変化への対応を、経営の土台である企業理念という視点で具現化することこそが、企業の社会的責任なのだと感じております。そう考えさせられた町の電器屋さんの存在でした。

                                                     (2015.2.28記)

エッセイ87:必見&熟読・熟考「アイタイカラ」

 今日から37日後は平成27年3月11日です。あの東日本大震災から4年になります。
 発災から数ヶ月間、毎週交替で釜石・大槌地域の医療支援にかけつけてくれた多くの薬剤師がいらっしゃいました。その中の一人、大阪府薬剤師会所属で調剤薬局に勤務されている西垣さんは、その間、一度ならず二度も釜石に来てくれました。
 以来ずっと、年数回の頻度で釜石・大槌を訪れては、独自のボランティア活動を続けていらっしゃいます。その活動がWEBサイトで見ることができるようになりました。
 今回は、そのWEBサイト「アイタイカラ」のPRエッセイにしたいと思います。

 大阪と釜石の往復の移動だけで2日間を要します。そんなタイトな日程の中でのボランティア活動に対しまして、被災県の一生活者として感謝の念を表するだけではなく、その実行力を心から尊敬しております。そして、可能な範囲でしかありませんが、その活動を少しでもサポートしたいと思い続けております。そんな私の思いが、PRすることを催促したのです。
 さらに踏み込んで、呟くだけではなく、「アイタイカラ」の閲覧を強く推奨したいのです。
 特に、薬学生や経験の浅い薬剤師、将来の方向性が確定できていない薬剤師、もっと生活者とつながった活動を志向している医療従事者、…… そのような皆さんにアイタイカラ活動を知って欲しいのです。決して、“同じことをやりなさい”と言いたいからではありません。それぞれが等身大で活動する何らかのヒントが、その中に詰まっているように感じているからです。

必見&熟読・熟考「アイタイカラ」

 西垣有輝子さんは、東日本大震災が発生した3月11日から5月末までの間、ボランティア薬剤師として釜石方式を支えてくれました。そのことがきっかけとなって、年に数回(当初は4回、現在は3回)の頻度で釜石&大槌を訪れては、独自のボランティア活動を続けていらっしゃいます。現地NPO法人などの支援によるヨーガ教室です。西垣さんは、薬剤師であるとともにヨーガインストラクターなのです。
 一昨年からは、同じ大阪在住のタッチケアセラピストである石井万里子さんが加わって新ユニットが結成されました。仮設住宅を回りながら、ヨーガレッスンとタッチケアというユニークな活動へと発展させています。
 当初は、“被災地に行って何かをやること”で精一杯だったようです。ある時、“帰って現地の様子を伝えること”の大切さに気づかれたそうです。そこで昨年8月、ホームページ「アイタイカラ(逢いたいから)」を開設されました。お二人の気負いのない志や瑞々しい思いが、率直に伝わってきて、自然と心に沁みこんでくる内容のサイトです。

 トップ画面から、七つのコンテンツにアクセスできます。
 ABOUT(私たちの活動のこと)、DIARY(活動日誌)、VOICES(現地で聞いたこと)、PHOTOS(フォトギャラリー)、ACTION MAP(活動マップ)、WHAT WE CAN DO(被災地のためにできること)、そしてCONTACT USです。
 アドレスは、http://isiimarico.wix.com/aitaikara になります。

 Aboutでは、この活動に対する二人の考え方や思いが語られています。
 DIARYは、非常に読み応えのある活動日誌です。一番感服しているのは、一人の人間として同じ目線で感じたことを表現されていることです。私はそう感じています。昨年7月と11月の活動日誌がアップされています。今年の一回目は、2月5日(木)から9日(月)の正味3日間、数ヶ所で教室を開催されます。
 VOICESは、被災者の声、復旧に携わっている方の声ですね。“多くの人に読んで頂きたい”、それが二人の一番の願いかもしれません。
 PHOTOSには、活動状況だけではなく、被災地の今や移り変わりが表現されています。
 WHAT WE CAN DOでは、多くの被災地情報にアクセスできます。これだけのサイトを、よくぞ調べあげた、と感心しきりです。

 このHPは、石井さんが担当されています。
 理屈抜きで労作ですね。豊かな感性と所々に表れる心配り、飾ることのない心情表現、砂に水が浸み込むようにスッと入ってくる言葉遣いや感想文、…… 一期一会風のHPに出会えたことに感動しております。
 二人とも仕事をお持ちですから、更新するには相当のエネルギーと時間が必要なことでしょう。内容量が多い上に、相当に練りこんだ表現になっています。更新情報掲載が遅れることなど気にしないで、時間の許す範囲で納得のいく内容に仕立てて欲しいと願っております。それで十分ですね。
 それにしても、このような質の高い、心のこもった、手作り感のある、飾り気のない自分たちの思いと真剣に向き合っているWEBサイトは、そうザラにはあるまい。何かを誇張して宣伝するのではなく、“私たちが…”と自慢することもなく、淡々と活動している姿に、心洗われる気がしております。この活動では移動に車が必要不可欠です。西垣さんはそのために運転免許を取得されました。

 再度申しあげます。是非、ご覧ください。全てのコンテンツを、熟読頂きたいと存じます。
 また、感想などはCONTACT USから直接届けることもできます。是非、皆様方の声をお願いいたします。

 以上、「アイタイカラ」活動のPRエッセイでした。(2015.2.2記)

エッセイ86:私が教わったデクノボーからの教訓

 年明けにお届けいたしましたエッセイ82回では、新カリキュラム「生き方を学ぶ①“雨ニモマケズ”」のねらいと進め方、そして討議内容を紹介させて頂きました。
 今回は、新カリキュラムの最後のまとめでの私の見解に言及したいと思います。私が教わったデクノボーからの教訓、現時点で感じているデクノボーからの教訓をつぶやいてみます。

私が教わったデクノボーからの教訓

  何事においても熱意と誠意が基本。
  熱意があれば、一所懸命になって観る。シャカリ気になって調べる。真剣に訊く、聴く。
  そうすると、幾つもの着眼点が分かってくる。複数の回答が見えてくる。

 この3行が、デクノボーから教わった教訓とその理由になります。

 物事の基本は熱意と誠意ではないでしょうか。熱意と誠意があれば、熱心な行動となって表れてきます。熱心さは、必要に迫られて、もう後がない状況に追いつめられた時点で、自然発生的に生まれてくるように感じています。
 そうなれば、一所懸命になって考えます。考え抜こうとします。眼を凝らして観察します。方々から調べます。分からなければ、頭を下げて訊きにいくでしょう。真剣になって聴きます。聞き漏らさずにメモをとります。鬼のような形相で対処するのです。
 だからと言って、直ぐに解決するわけでもありません。そう簡単には解決に至りません。
 しかし、熱意と誠意が基本にあれば、ちょっとしたことで諦めることをしません。諦めずに心を啓いて追究すれば、様々な教訓に気づき始めます。幾とおりもの着眼点、観点、眼の付け所が分かってきます。そこまでくれば、解決したも同然でしょう。
私は、ちょっと不自由で、恵まれない環境の中に置かれている状況の時に、不思議と知恵が涌いてくるような気がします。競争上、二番手、三番手、あるいはそれ以下の場合の方が、一所懸命に取り組むことが出来るような気がします。負けず嫌いだからでしょうか。
自分自身の置かれている立場、境遇をしっかりと認識し、等身大の行動をとり続けていれば、今、何をするべきかを描くことが出来るようになると信じています。以上が、私が教わった木偶の坊からの教訓とその理由になります。

 もう一点、Q1の解釈例として用意していることもご紹介したいと思います。
 そして、雨ニモマケズからの皆さんの気づきや考えを、是非教えて欲しいと願っております。

  ・雨にも風にも、雪にも夏の暑さにも負けない丈夫な身体。
  ・無欲(無私)。                                     ★心身健全
  ・怒らない、微笑(静かに笑っている)。                      ★謙虚
  ・よく観聴きして理解する。そして忘れない。                    ★観察
  ・病気の子供がいれば、行って看病する。                     ★傾聴
  ・農作業に疲れた母親がいれば、行って稲束を背負う。             ★しっかり向き合う
  ・南に、…… 。北に、……。                              ★共に悩む、考える
  ・日照りの時は、…… 。寒い夏は、……。        
  ・ほめられもしない。苦にもされない。                           ●相手:自分=51>49

Q1:木偶の坊とは、“役に立たない人をののしって呼ぶ言葉”です。雨ニモマケズのデクノボーは、本当に役に立たない人なのでしょう  
   か。読み返しては、想像力を働かせ、どのような人なのかを考えて、発表しあってください。
   そして、議論を繰り返して、グループとしての見解をまとめてください。
                                                                          (2015.1.31記)

エッセイ85:鍵をかけていた私の小さなプライド

 一年前になります。料理研究家の小林カツ代さんが亡くなられました。平成26年1月23日(木)のことでした。
 簡単ではあるが手抜きではない料理研究家として、料理のあり方をトコトン追究された方であることを知りました。確か、NHK-TVの映像ファイル「あの人に会いたい」という再放送番組(10数分)だったと思います。その時のあの人は、亡くなられた小林カツ代さんでした。
“伝えること”は、料理研究家の主要任務だそうです。その番組の中での自信に満ちた表現は、私の心にジャストフィットしたのでした。『料理は化学です』と …
 その言葉に魅せられた理由が、二つありました。
 高校時代、私の大好きな教科の一つが化学でした。とにかく、成績が良かったのです。文系志望でしたが、理系志望者を抑えて県内模擬テストで一番だったこともありました。そのことが、薬学部受験のきっかけでもありました。
 もう一つは、日頃から“企業内人事も社員教育も化学反応だ”という認識をもっていたからです。ある時から、社員一人ひとりの知恵による化学反応こそが、人材育成の根幹だと考えるようになりました。化学反応の触媒役に徹して言動することは、人事教育担当のあり方の重要な行動指針の一つだと考えております。今でもそう位置づけております。

『料理は化学です』に心を強く揺さぶられながら、昭和61年(1986年)10月に教育部門責任者を拝命した時のことを思い起こしております。
 このエッセイは、企業の教育担当者、人材育成に関わっている方々への問題提起です。

鍵をかけていた私の小さなプライド

 チームワークの面白さの一つが、“三人寄れば文殊の知恵”をお互いが実感できることではないでしょうか。それは、チームメンバーのそれぞれの知恵が、自発的に化学反応を起こして新たは知恵が生み出された結果、一人では実現不可能であった課題が解決できるようになることです。よく言われます組織活性化とは、それぞれの組織の中に、様々な化学反応を巻き起こすことではないでしょうか。前文で申しあげましたが、“化学反応を発生させたり巻き起こす触媒役が、人事教育担当の職責を果たす幹”と自認して以来、今でもその考え方に変わりありません。
 28年前に教育部門責任者を命じられて半年後、触媒役を果たすための人事教育責任者の必須要件として、二つの課題を設定しました。自分自身に課しました。
 “全社員の氏名を正確に書くことが出来ること”、“顔と名前が常に一致していること”でした。『料理は化学です』に出会って、当時の苦悩を思い起こしたのです。

 30年近く以前の当時、専任の教育部は会社にとって始めての部門でした。システムもノウハウも、そしてお手本もありませんから、頭を悩ませながらの試行錯誤の連続でした。試行錯誤というよりも、右往左往しながらの自信のない毎日でした。行き当たりばったりの日々でした。一歩進んでは半歩下がり、10歩前進しても10歩下がるといった具合です。
 半年後の昭和62年3月下旬には、新卒新入社員が入社してきます。研修が始まります。未経験ですから、どのような教材を使ってどう進めるのか、それすらも分かりません。自信の欠片もありませんから、常に躊躇しながら恐る恐るの毎日でした。何をどうやって料理したのか、私の脳裏には何も残っておりません。思い出せません。
 それから一年も経っていないと思います。先ず“在籍する社員を知らなければ職責を果たすなど出来ない”ということに気づいたのでした。どなたかのアドバイスだったのかもしれません。何かのきっかけが示唆してくれたのかもしれません。失敗から気づかされたのかもしれません。それも思い出せません。
 当時の社員数は550名(内、正社員400名)ほどと記憶しております。東北6県に15の拠点がありました。社員名が記載された職制機構図(全拠点の組織図)で、氏名を覚えることからスタートしました。精神を集中させて丸暗記と音読を繰り返しました。昼食時間、終業後、帰宅後、休日を利用しては、拠点別組織別に社員名を何度も書き出して覚えました。どれだけの時間を要したのかも記憶から抜けております。
 拠点での仕事がある時には、とにかく社員の顔を覚えることを最優先にした時期もありました。四直四現主義の会社でしたから、拠点回訪の頻度が多かったことは、今でも感謝しております。
 元号が平成に変わった頃には、全社員の顔と名前が一致していること、全社員の氏名を記名できること、この二つはクリアしたと思います。さらに、一人ひとりの主なプロフィール(当然、マル秘事項)も頭の中に入れました。その会社では、14年間人事教育の仕事に従事しました。全社員の顔と名前が一致していたことは、人事責任者になってから、その重要度を強く感じるようになったのでした。

 “全社員の氏名を正確に書くことが出来ること”、“顔と名前が常に一致していること”の2点について、口外したのは初めてになります。私には口に出して言えるほどの能力も公表できる特技もありませんが、この二つのことは私の心の中のささやかな自慢であり、仕事に対する責任感の表現であり、誠実な仕事遂行を支える小さなプライドでした。

*「料理は科学」という言い方をされている料理研究家もいらっしゃるようです。
 小林カツ代さんは、「料理は化学」と表現されていました。科学と化学の違いを、どれだけ意識されて使い分けているのか、そのことは追究しておりません。科学と化学の違いを調べてみなければいけませんね。

                                                                    (2015.1.22記)

エッセイ84:学生と社会人との大きな違いの一つ

“茹で蛙現象”に陥るな! 
この警句をご存知の方は、かなり多いのではないでしょうか。先ず、茹で蛙現象の復習をしましょう。
 ここに二匹の蛙がいます。一匹の蛙を水の入った鍋に入れます。その鍋を徐々に温めていくと、その蛙は水温の上昇に気づかないまま良い気分になり、やがて沸騰したお湯の中で死んでしまいます。二匹目の蛙は、最初から沸騰した鍋に入れました。二匹目は驚いて、直ちに跳びはねて鍋から脱出をしました。ただし、この二匹の蛙の比較現象は、科学的な実験結果ではなく、疑似科学的な作り話として広まった、というのが事実のようです。
 この茹で蛙現象は、ビジネスセミナーや管理者研修などにおいて、今でも引用されることの多い警句の一つだそうです。会社も組織も人間も、ゆるやかな経営環境の変化に気づきにくく、気がついた時には致命的な状況に陥っていることへの警鐘として使われています。そのことは、経営環境への適応こそが生き残りの重要な条件であることを示唆しています。そして、気づかないまま陥ってしまうマンネリ化に対する、さらに知らず知らずに進行してしまうぬるま湯体質に対する、それはそれは強烈な目覚ましパンチなのだ、と受け止めております
 企業生き残りの要件には、いくつもの要素があって、その時々に優先順位を明らかにして対処することだと思います。その中でも、経営環境の変化への適応と企業理念の具現化の融合、つまり不易流行こそが着眼点の原点だということは、エッセイの中で繰り返してつぶやいてきました。

 今回のエッセイは、現状のぬるま湯体質に気づいていない薬学生や成り立ての薬剤師に対しまして、ハッキリと喝&活を入れたいと思います。この10数年間接してきた学び塾での薬学生、採用活動で出会った薬学生、いのうえ塾新入社員研修での新卒薬剤師の中には、ぬるま湯体質への危機感の乏しい方々を多数見てきました。その存在が、常に気になります。“どうにかしなければ”と、つくづく感じているのです。

学生と社会人との大きな違いの一つ

 学生から社会人になると、多くの人がそれまでとは違う大きな何かに出会います。その違いが何であるのか、その感じ方には個人差があるでしょう。全く何も感じない人もいることでしょう。
 Mさんは、その大きな違いを、こう表現しました。
社会人になると、自分の方から向かっていかなければ明日はありません」と。
 続けて言いました。
学生の時は、黙っていても明日は来ました。カリキュラムとスケジュールが明示されていて、それに則して動いていれば済むことがほとんどでしたから」と。
 10数秒の沈黙の後に、ためらいながら言い続けました。
最近は、社会に出てからも、“黙っていても明日は来る”と勘違いしている人が多くなっているような気がします。言われたことは行動に移しますが、それ以外はやりません。常に指示を待っています。自分で考えたり、調べることにも消極的で …… 」
 具体例が続きました。

 30年前だって、同じような人が存在しました。しかし、その比率は明らかに高くなっていると思います。“何故そうなったのか”、“問題意識があっても何故対処しないのか、出来ないのか”、幾つもの要因が存在することでしょう。この業界だけの問題だとすれば、それは重大な事態という認識を持たなければなりません。
 学生と社会人との大きな違いを、学生の時から考えて回答をシッカリ持つよう問いかけたいと思います。回答理由もキチンと言えるように促したいと思います。それが、今の私に出来ることであり、やらなければいけないことだと考えております。
                                                                               (2015.1.19記)

エッセイ83:怒りを鎮めて、焦らず腐らず日々努力

 平成26年の師走は、かなり寒い日が続きました。押し迫った27日(土)の最低気温は、氷点下10.3度まで下がりました。肌に突き刺さるような痛覚を味わいました。
 20年前までであれば、氷点下10度前後の最低気温で真冬日(最高気温も氷点下)が続く厳寒に対して、平然と立ち向かう気力と対応力があったと思います。しかし、あと2年弱で70を迎える私の体力ですから、気力を前面に出しの体当たりは無分別との謗りを免れません。「周りの方々に対して迷惑をかけてしまう無理は厳禁」と心に大書して、上手にお付き合いすることで寒さとの共存を目指したいと思います。
 新年につぶやいた二つ目のエッセイは、エッセイ79回(「五ナイ」精神は“アオイクマ”)でご紹介しました『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』の第13条の原点に至る経緯をつぶやいてみたいと考えております。

怒りを鎮めて、焦らず腐らず日々努力

 全国規模の販売会社では、エリア毎の売上構成比率が年度方針や諸施策に反映します。マーケティング戦術は当然として、人事面、社員教育面などにも影響していたことでしょう。そのことは、パレートの法則を復習すれば理解できることです。
 私が20数年間お世話になりましたハウスホールド・パーソナルケア・サニタリー製品卸売業のK販売は、各県毎にその地域の問屋が中心となってAメーカー製品専門の卸売業として設立されました。以降、地域ナンバーワンを目指して、何度となく合併をくり返して全国をカバーする会社に発展を遂げ、何年か前に社名を変えて現在に至っているようです。
 私が退職した10数年ほど前には、全国9拠点体制で運営をしておりました。北海道、東北、東京(関東1都7県)、中部、近畿、中国、四国、九州の8支店と支店を統括する本店(東京)がありました。K販売の売上高は、いわゆる東阪名(東京、中部、近畿)の3大経済圏で70%を優に超えていたと記憶しております。日本全体の人口の7割弱(2010年国勢調査データ)ですから、当然の結果でしょう。
 私の所属しておりました1992年(平成4年)当時の東北地区(青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島の6県)は、人口構成比(対全国比)が8%弱で、売上げ構成比も7%ほどだったと思います。一方、エリア面積は日本全土の17%近くはありましたから、仕事効率面では大きなマイナス要因なっており、活動面での生産性向上には頭を悩ませました。そのような実態は、裏を返せば、それだけ知恵を働かせる可能性の高い宝庫なのですが、その時は劣等意識が勝っていたと思います。それも実態でした。
 支店毎の売上構成比率の高低は、全体への影響度と同じカーブを描いておりました。売上規模の順位が、あらゆる面での序列になっているのです。この本文の最初で申し上げたことです。
 K販売では年2回程度の頻度で、会社あげてのベストプラクティス発表会がありました。半期間の創造的チャレンジ活動の成功事例発表会です。全国の中で注目される現場におけるベストプラクティス事例が、毎回数テーマ発表されました。具体的には、消費者への購買促進支援、コンサルティング的な売場提案、効果的効率的販売活動の革新など、企業理念や基本方針の具現化が顕著であった事例でした。
 発表会で取りあげられる事例は、現実には売上げ構成比の7割を占める、東阪名(京浜関東圏、中京中部圏、京阪神近畿圏)からの発表が主流を占めておりました。一方、全体に対する影響度が低いエリア(つまり、売上構成比がBランク、Cランクの支店)の場合、頑張りが評価される度合いも低かったと感じましたし、実際に何度も経験しました。
 そのような状況下で怖かったのが、“それで当り前、それが当り前”という意識が染み付いてしまう事でした。その現状に慣れっこになって、常に五番手、六番手でオーライ、という負け犬根性に蝕まれてしまう事でした。それ以上に、そういう認識すら感じなくなってしまうことを一番恐れた時期もありました。
 卸売業であっても、当時の組織形態には、人事、総務、経理、教育、物流などの間接部門も存在しておりました。私の場合、新設部門の教育部の配属になりました。新設部門ですから蓄積されたノウハウもありません。先ず、自分自身を一人前の教育担当にすることから始めなければなりません。それから数年間、全国の教育担当者育成のプロジェクト活動が頻繫に行なわれました。仕組み作り、教材作り、マニュアル作りと、真新しい白いキャンバスに新たなロードマップを描く活動です。不慣れなルーチンワークを未熟な能力で実践しながらのプロジェクト活動でしたから、今振り返ってみれば、よくやれたと思うほどの数年間でした。いや、10年間でした。
 そのような部門も、売上構成比の高低による影響度が巾を利かせていたと思います。………

 以上、長々と状況説明したのには、訳があります。
 その理由は、これから申しあげたい『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』の第13条に至る経緯の要因をキチンと申し上げなければ真意が伝わらない、という判断からです。本音は、もっと生々しい実態を詳しく申しあげたいのですが、際限がありませんので本論に移ります。

 売上構成比の高い東阪名地域の活動には、目を見張る成功事例、取り入れるべき成功事例は、それなりに存在しておりました。さらに、会社全体を背負っているという自負心、そして背負っているというプレッシャーの渦中での日々の活動に対しては、素直にリスペクトしなければなりません。
 しかし、中には、首をかしげる活動、実態とはかけ離れた活動事例もあったのです。それを押し付けられたこともありました。教育部門、人事部門において、明らかに素晴らしい成果に結びついた自前の活動が看過されることもありました。問題提起をしても、見向きもされずに無視されたこともあります。一方的に、業務連絡一つで報告書の提出を求められたこともありました。威張り散らされたあの出来事は、今でも脳裏に残っております。
 正直申しあげますと、腐りました。肚のそこから、一人怒ったこともありました。しかし、頭を冷やして考えれば、それでは何一つ生み出すことが出来ないばかりか、私自身に負けることになります。そんな思いが数ヶ月は続いていた時に出会ったのが、『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』の第13条の“アオイクマ”でした。
 アオイクマの五ナイ精神は、私の心に冷静さを取り戻してくれました。冷静になって行動すること、基本理念を日々具現化することを喚起してくれました。“私の使命は何なのか?”、“私の任務は何なのか?”、“私の顧客は誰なのか?”を、原点に帰って考えるように促してくれました。考えがまとまって再構築されたら、焦らず腐らず日々努力することを呼び戻してくれました。そうすることで、私の座右銘である誠実であることを、思い出させてくれたのでした。
 「継続は力なり」、「積み重ねは力なり」のスタートラインは、正に“この時だった”と、新年のスタート月に気づいたのでした。
                                                                                                         (2015.1.10記)

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