> エッセイ&ニュース

ライン

ライン

記事一覧

エッセイ84:学生と社会人との大きな違いの一つ

“茹で蛙現象”に陥るな! 
この警句をご存知の方は、かなり多いのではないでしょうか。先ず、茹で蛙現象の復習をしましょう。
 ここに二匹の蛙がいます。一匹の蛙を水の入った鍋に入れます。その鍋を徐々に温めていくと、その蛙は水温の上昇に気づかないまま良い気分になり、やがて沸騰したお湯の中で死んでしまいます。二匹目の蛙は、最初から沸騰した鍋に入れました。二匹目は驚いて、直ちに跳びはねて鍋から脱出をしました。ただし、この二匹の蛙の比較現象は、科学的な実験結果ではなく、疑似科学的な作り話として広まった、というのが事実のようです。
 この茹で蛙現象は、ビジネスセミナーや管理者研修などにおいて、今でも引用されることの多い警句の一つだそうです。会社も組織も人間も、ゆるやかな経営環境の変化に気づきにくく、気がついた時には致命的な状況に陥っていることへの警鐘として使われています。そのことは、経営環境への適応こそが生き残りの重要な条件であることを示唆しています。そして、気づかないまま陥ってしまうマンネリ化に対する、さらに知らず知らずに進行してしまうぬるま湯体質に対する、それはそれは強烈な目覚ましパンチなのだ、と受け止めております
 企業生き残りの要件には、いくつもの要素があって、その時々に優先順位を明らかにして対処することだと思います。その中でも、経営環境の変化への適応と企業理念の具現化の融合、つまり不易流行こそが着眼点の原点だということは、エッセイの中で繰り返してつぶやいてきました。

 今回のエッセイは、現状のぬるま湯体質に気づいていない薬学生や成り立ての薬剤師に対しまして、ハッキリと喝&活を入れたいと思います。この10数年間接してきた学び塾での薬学生、採用活動で出会った薬学生、いのうえ塾新入社員研修での新卒薬剤師の中には、ぬるま湯体質への危機感の乏しい方々を多数見てきました。その存在が、常に気になります。“どうにかしなければ”と、つくづく感じているのです。

学生と社会人との大きな違いの一つ

 学生から社会人になると、多くの人がそれまでとは違う大きな何かに出会います。その違いが何であるのか、その感じ方には個人差があるでしょう。全く何も感じない人もいることでしょう。
 Mさんは、その大きな違いを、こう表現しました。
社会人になると、自分の方から向かっていかなければ明日はありません」と。
 続けて言いました。
学生の時は、黙っていても明日は来ました。カリキュラムとスケジュールが明示されていて、それに則して動いていれば済むことがほとんどでしたから」と。
 10数秒の沈黙の後に、ためらいながら言い続けました。
最近は、社会に出てからも、“黙っていても明日は来る”と勘違いしている人が多くなっているような気がします。言われたことは行動に移しますが、それ以外はやりません。常に指示を待っています。自分で考えたり、調べることにも消極的で …… 」
 具体例が続きました。

 30年前だって、同じような人が存在しました。しかし、その比率は明らかに高くなっていると思います。“何故そうなったのか”、“問題意識があっても何故対処しないのか、出来ないのか”、幾つもの要因が存在することでしょう。この業界だけの問題だとすれば、それは重大な事態という認識を持たなければなりません。
 学生と社会人との大きな違いを、学生の時から考えて回答をシッカリ持つよう問いかけたいと思います。回答理由もキチンと言えるように促したいと思います。それが、今の私に出来ることであり、やらなければいけないことだと考えております。
                                                                               (2015.1.19記)

エッセイ83:怒りを鎮めて、焦らず腐らず日々努力

 平成26年の師走は、かなり寒い日が続きました。押し迫った27日(土)の最低気温は、氷点下10.3度まで下がりました。肌に突き刺さるような痛覚を味わいました。
 20年前までであれば、氷点下10度前後の最低気温で真冬日(最高気温も氷点下)が続く厳寒に対して、平然と立ち向かう気力と対応力があったと思います。しかし、あと2年弱で70を迎える私の体力ですから、気力を前面に出しの体当たりは無分別との謗りを免れません。「周りの方々に対して迷惑をかけてしまう無理は厳禁」と心に大書して、上手にお付き合いすることで寒さとの共存を目指したいと思います。
 新年につぶやいた二つ目のエッセイは、エッセイ79回(「五ナイ」精神は“アオイクマ”)でご紹介しました『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』の第13条の原点に至る経緯をつぶやいてみたいと考えております。

怒りを鎮めて、焦らず腐らず日々努力

 全国規模の販売会社では、エリア毎の売上構成比率が年度方針や諸施策に反映します。マーケティング戦術は当然として、人事面、社員教育面などにも影響していたことでしょう。そのことは、パレートの法則を復習すれば理解できることです。
 私が20数年間お世話になりましたハウスホールド・パーソナルケア・サニタリー製品卸売業のK販売は、各県毎にその地域の問屋が中心となってAメーカー製品専門の卸売業として設立されました。以降、地域ナンバーワンを目指して、何度となく合併をくり返して全国をカバーする会社に発展を遂げ、何年か前に社名を変えて現在に至っているようです。
 私が退職した10数年ほど前には、全国9拠点体制で運営をしておりました。北海道、東北、東京(関東1都7県)、中部、近畿、中国、四国、九州の8支店と支店を統括する本店(東京)がありました。K販売の売上高は、いわゆる東阪名(東京、中部、近畿)の3大経済圏で70%を優に超えていたと記憶しております。日本全体の人口の7割弱(2010年国勢調査データ)ですから、当然の結果でしょう。
 私の所属しておりました1992年(平成4年)当時の東北地区(青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島の6県)は、人口構成比(対全国比)が8%弱で、売上げ構成比も7%ほどだったと思います。一方、エリア面積は日本全土の17%近くはありましたから、仕事効率面では大きなマイナス要因なっており、活動面での生産性向上には頭を悩ませました。そのような実態は、裏を返せば、それだけ知恵を働かせる可能性の高い宝庫なのですが、その時は劣等意識が勝っていたと思います。それも実態でした。
 支店毎の売上構成比率の高低は、全体への影響度と同じカーブを描いておりました。売上規模の順位が、あらゆる面での序列になっているのです。この本文の最初で申し上げたことです。
 K販売では年2回程度の頻度で、会社あげてのベストプラクティス発表会がありました。半期間の創造的チャレンジ活動の成功事例発表会です。全国の中で注目される現場におけるベストプラクティス事例が、毎回数テーマ発表されました。具体的には、消費者への購買促進支援、コンサルティング的な売場提案、効果的効率的販売活動の革新など、企業理念や基本方針の具現化が顕著であった事例でした。
 発表会で取りあげられる事例は、現実には売上げ構成比の7割を占める、東阪名(京浜関東圏、中京中部圏、京阪神近畿圏)からの発表が主流を占めておりました。一方、全体に対する影響度が低いエリア(つまり、売上構成比がBランク、Cランクの支店)の場合、頑張りが評価される度合いも低かったと感じましたし、実際に何度も経験しました。
 そのような状況下で怖かったのが、“それで当り前、それが当り前”という意識が染み付いてしまう事でした。その現状に慣れっこになって、常に五番手、六番手でオーライ、という負け犬根性に蝕まれてしまう事でした。それ以上に、そういう認識すら感じなくなってしまうことを一番恐れた時期もありました。
 卸売業であっても、当時の組織形態には、人事、総務、経理、教育、物流などの間接部門も存在しておりました。私の場合、新設部門の教育部の配属になりました。新設部門ですから蓄積されたノウハウもありません。先ず、自分自身を一人前の教育担当にすることから始めなければなりません。それから数年間、全国の教育担当者育成のプロジェクト活動が頻繫に行なわれました。仕組み作り、教材作り、マニュアル作りと、真新しい白いキャンバスに新たなロードマップを描く活動です。不慣れなルーチンワークを未熟な能力で実践しながらのプロジェクト活動でしたから、今振り返ってみれば、よくやれたと思うほどの数年間でした。いや、10年間でした。
 そのような部門も、売上構成比の高低による影響度が巾を利かせていたと思います。………

 以上、長々と状況説明したのには、訳があります。
 その理由は、これから申しあげたい『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』の第13条に至る経緯の要因をキチンと申し上げなければ真意が伝わらない、という判断からです。本音は、もっと生々しい実態を詳しく申しあげたいのですが、際限がありませんので本論に移ります。

 売上構成比の高い東阪名地域の活動には、目を見張る成功事例、取り入れるべき成功事例は、それなりに存在しておりました。さらに、会社全体を背負っているという自負心、そして背負っているというプレッシャーの渦中での日々の活動に対しては、素直にリスペクトしなければなりません。
 しかし、中には、首をかしげる活動、実態とはかけ離れた活動事例もあったのです。それを押し付けられたこともありました。教育部門、人事部門において、明らかに素晴らしい成果に結びついた自前の活動が看過されることもありました。問題提起をしても、見向きもされずに無視されたこともあります。一方的に、業務連絡一つで報告書の提出を求められたこともありました。威張り散らされたあの出来事は、今でも脳裏に残っております。
 正直申しあげますと、腐りました。肚のそこから、一人怒ったこともありました。しかし、頭を冷やして考えれば、それでは何一つ生み出すことが出来ないばかりか、私自身に負けることになります。そんな思いが数ヶ月は続いていた時に出会ったのが、『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』の第13条の“アオイクマ”でした。
 アオイクマの五ナイ精神は、私の心に冷静さを取り戻してくれました。冷静になって行動すること、基本理念を日々具現化することを喚起してくれました。“私の使命は何なのか?”、“私の任務は何なのか?”、“私の顧客は誰なのか?”を、原点に帰って考えるように促してくれました。考えがまとまって再構築されたら、焦らず腐らず日々努力することを呼び戻してくれました。そうすることで、私の座右銘である誠実であることを、思い出させてくれたのでした。
 「継続は力なり」、「積み重ねは力なり」のスタートラインは、正に“この時だった”と、新年のスタート月に気づいたのでした。
                                                                                                         (2015.1.10記)

エッセイ82:デクノボーからの教訓は何か?

 エッセイ80回の前文では、教材作りのきっかけと内容に触れさせて頂きました。数年前からは、現状の教育ニーズへの即応型だけではなく、近い将来考えて頂きたいと想定している教育ニーズに備えてのカリキュラム企画にも着手しております。
 今回のエッセイは、今後の勉強機会で実施したいと考えている新カリキュラムを取りあげたいと思います。ある主人公の生き方を想像して考えながら、これからの自分自身の生き方を見直すきっかけにしよう、というのが基本目的です。
 その主人公は“雨ニモマケズ”(宮沢賢治作)のデクノボーです。「生き方を学ぶ①“雨ニモマケズ”」というタイトルにしました。所要時間は3時間30分から4時間の予定です。
 以下、その進め方と主な内容を紹介させて頂きます。

デクノボーからの教訓は何か?

 どのようなカリキュラムでも、オリエンテーションで幕を開けます。「生き方を学ぶ①“雨ニモマケズ”」では、30分前後を考えております。ねらいの理解と企画した経緯の共有化が、主目的になります。現在考えております台本を披露したいと思います。

『 平成23年3月11日(金)午後2時46分 ・・・・・・・ 東日本大震災が発生 ・・・・・・ 。
 民放テレビ各局からは、しばらくの間、それまで流れていたようなCMが姿を消しました。それに変わって、番組の合間を縫って、いくつかの詩の朗読が繰り返されました。皆さんは、それぞれの詩に対して、どのような感情を抱きましたか。平時には思いもよらなかった感じ方をした方が多かったのではないでしょうか。このような秋(とき)だからこそ、痛く心に響いた詩が多かったことが思い起こされます。
 今日は、平成○年○月○日○曜日です。あれから○年と○ヶ月が過ぎ去りました。どのような出来事でも、時間の経過とともに「風化」という現象が待ち受けていますね。被災地では、“思い出すのが辛い”、“もう忘れてしまいたい”という切実な思いの方もいらっしゃることでしょう。一方、そんな思いを言葉にも顔にも出さない方もいらっしゃるかもしれません。
 皆さんは、あの時の詩を、いくつ思い出すことができますか。
 私がイの一番に思い起こしたのが、俳優渡辺謙さんが、落ち着いた抑制した声で朗読していた「雨ニモマケズ」、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」でした。何とも言えないほどに、聞き入りました。こんな一大事の時に、頭の中では何かしなければと思いながら、ただただウロウロしているばかりの自分のアンチテーゼ(ある主張や事物
に対して、それと矛盾する主張や事物)への言い訳ではないか、と思えなくもありません。様々な思いが交錯しながら、私の心にスーッと沁み込んでいきました。そんな思いを抱いた方は、私以外にもいらっしゃったのではないでしょうか。
 一方、しばらくして、何度も読んでは、どうして“サウイフモノニ ワタシハナリタイ”と考えているのか想像しながら、あの木偶の坊こそが、いつの間にか、どこか遠くに置き忘れてしまった(捨ててきてしまった)相手の立場に立つことの一例を示しているように感じ始めたのでした。気持ちが少しばかり落ち着いて、“あの秋(とき)、何を問いかけたかったのだろうか”という思いが涌いてきた頃でした。この「雨ニモマケズ」は、それは有名な詩ですね。国語の時間に、先生の後について読み合わせしたような記憶もあります。
 本日は、「雨ニモマケズ」で賢治の言いたかったことは一体何なのか、デクノボーに託した思いは何だったのか、を一緒に考えみたいと思います。そして、このデクノボーが志向する生き方から、現在の生活環境、経済環境の中での自分自身のこれからの生き方のヒントを学びとり、それぞれの考え方を披露し合いながら議論してみたいと思います。
 さらに、この議論を通して、“あの東日本大震災、福島原発事故を決して風化させてはならない”ということを、遠い未来まで訴え続けたいと思います。被災地で薬局を再開した大学の後輩も、同じような想いを抱いているようでした。   』


 オリエンテーションの後は、「雨ニモマケズ」を全員で唱和します。賢治が言いたいことは何なのか、何を表現したかったのか、考えながら唱和することを念頭において、数回繰り返す予定です。諳んじるようにしたいのですが……。
 唱和を終えましたら、グループ討議に入ります。
 今回は、3つの問いを用意しております。テーマ毎に、“討議”と“発表内容のまとめ”のグループワーク、そして“グループ発表”を、1時間前後と想定しております。状況に応じて、私自身の見解もはさむ考えです。
 討議内容は、以下の通りです。

Q1:木偶の坊とは、“役に立たない人をののしって呼ぶ言葉”です。
   雨ニモマケズのデクノボーは、本当に役に立たない人なのでしょうか。
   読み返しては、想像力を働かせ、どのような人なのかを考えて、発表しあってください。
   そして、議論を繰り返して、グループとしての見解をまとめてください。

Q2:皆さんは、(少しでも)「雨ニモマケズ」のデクノボーのようになりたいと思いますか。
   それともNOですか。どのような理由でそう思うようになったのでしょうか。
   先ず各人の考えと理由を、皆の前で披露し合いましょう。それらをもとに、議論を通して、グループの結論とその理由を
   まとめてみましょう。進め方や決定基準は、グループで決めてください。

Q3:「雨ニモマケズ」から、あなたは何を学びましたか。何を思いましたか。何か気づいたこと、気づかされたことはありますか。
   あなたの思いや気づきを、周りの皆さんへ、2分間で紹介してください。思いのたけを披露してください。

 まとめでは、私自身が教わった教訓を申しあげる予定です。その内容は、機会を改めましてつぶやきます。多くの皆さんと意見交換したいものです。
 また、第一回目の実施後には、討議内容の見直しにも着手したいと考えております。
                                                         (2014.12.1記)

エッセイ81:気づかない思考停止の当り前化が心配で

 対象が新社会人であれ、新任管理者や中堅社員であれ、基礎教育における教育ニーズの多くは、千載不易の側面が多いように感じています。だからと言って、毎年同じやり方でお茶を濁していてはプロ失格です。私の場合、最低年1回の見直しを欠かしたことはありませんから、教材の改訂は小まめに行っております。
 中には、20数年間使い続けている教材があります。同じカリキュラムの同じ教材であっても、重要ポイント、マーカーする箇所、特に意識して実行することを奨励したい項目などは、毎年教材研究を欠かさずに見直しております。ストーリーや言い方、進め方も、一から練り直します。そうすることは、ある時から決意をした私の仕事観であり倫理観なのです
 2年前から、いくつかのカリキュラムを抜粋して、保存している20年前、10年前、5年前のMY虎の巻の比較を敢行してみました。同じ教材でも、進め方、ストーリー、表現方法、補足教材などが、どのような変遷をしているのか、不易部分はどこなのか、・・・ に興味を抱いたからです。
 ねらいやストーリーの骨格は不変でしたが、使う言葉の変化はありました。強調ポイントには、明らかな変化がありました。進め方も同様です。「プレゼンテーションの基本」という2時間のカリキュラムでも、ICT技術の急速な進展は、コミュニケーション能力の教育課題に対して多大な影響を及ぼしているのが分かります。補足資料が変わっているのです。強調したい文言や繰り返して方向づけする箇所にも、かなりの変化がありました。20年前までは当り前の行動様式であったFace to Faceの意義や、基本的な能力強化策を強調しなくてはならない場面も増えています。

 教育機会における不易流行を意識しながら、見直しすることが学びそのものであって、そこから新たな見方や考え方、捉え方を発見することがあります。継続して学び続けことが、自力でコントロールできる数少ない成長手段であることに気づかされます。

 今回のエッセイは、以前も取りあげました思考停止について、もう少し考えたいと思います。

気づかない思考停止の当り前化が心配で…

 前文で申しあげましたが、ICT技術の急速な進展は、コミュニケーション能力の教育課題に多大な影響を及ぼしています。教育課題の捉え方が多様化しているようにも思います。何しろ、知りたい情報があれば、その多くがその場で入手可能になりました。ツールさえ手許にあれば、誰もが手軽に検索をして入手できる便利な時代になったのです。
 情報量も情報入手速度も、10年前とは明らかに異なります。20年前とは隔世の感があります。私自身その恩恵を受けている身ではありますが、心の片隅でボソッと、それも無意識につぶやいていることがあります。日常茶飯事とは申しませんが、諦念感を伴った習慣化された心配事になっているのでしょう。
 私のICTツールはデスクトップ型パソコンです。知りたいことや確認したいことがあれば、パソコン上の検索画面を開き、検索窓口に知りたい情報に関するキーワードを入力するだけで、選択に困るほどの既存情報が表示されます。その中から、不確かな選択基準の下、“これならば信用できそう”と判断した情報にカーソルを合わせてクリックをします。
 多忙で余裕のない時には、その内容をほとんど百%正しいと信じて、解ったつもりになっている自分の姿を見る時があります。時間的精神的余裕があると、そんな自分自身にゾッとする時があります。私以外の方々に同様のケースを感じた時には、末恐ろしくなった時もありました。
 そんな危機感を覚えた時には、何かの本で読んだ問いかけを起動するように、私の脳内リスク監視システムにセットしております。

「クリックしただけで“わかったつもり”になってはいませんか?」という問題提起です。
 この“わかったつもり”ということを、“情報入手=理解という思い違い”のことではないか、と解釈しております。表現を変えると、いわゆる思考停止状態を指します。
 この思考停止状態、かなり蔓延していると感じております。20年前には当り前に行われていたディスカッション(討議)が、教育手段として強調されていることも一因です。
 さらに心配していることがあります。思考停止状態に気づいていないことです。それは知らず知らずの内に思考停止を容認しているマネジメントや教育機会が増殖しているのではないか、という私なりの心配にまで発展しているのです。そのことは、思考停止状態が及ぼすであろう将来の負の遺産に対する危機意識へとつながっています。
 考えること、掘り下げること、組み立てること、追究すること、…… 。最近、とみに申しあげる機会の多い問題解決の思考プロセス”は、科学者の一員である薬剤師にとって必須の行動習慣でなければなりません。思考習慣であって欲しいと思い続けております。
 考える力は、一歩踏み出す行動力であり、“迷う”ということは考えている証左になります。
 進展し続けているICT化による手軽さや便利さの恩恵を、否定したり避けて通ることは出来ませんし、するべきことでもありません。情報ソースを探す、欲しい情報に触れる、地球の裏側の出来事がリアルタイムに分かる … 。現在のICTツールは、知るきっかけとしての優秀な手段であることに変わりありません。しかし、そっくりそのまま鵜呑みにするのではなく、それぞれのツールや手段の長所、短所を理解して、自分の頭で思考しながら活用することです。ネット情報を活用する時には、複数の情報を調べて、その内容を突き合わせて一度は自分の頭で考える行動習慣を身につけて欲しいと思います。
 それにしても、健康食品、化粧品、トイレタリー商品…、数多くの謳い文句がネット上を支配しています。消費者による絶賛の声を尻目に、“ホンマかいな?”と高を括っております。
 アンチエイジングは、アンチ思考停止がナンバーワン&オンリーワン!
 ここ数年、つくづく感じていることを取りあげました。
                                                                (2014.11.9記)

エッセイ80:目の前の事とキチンと向き合うためのメモ

 師走を意識し始めた平成26年11月半ばのことでした。
 受講者の年齢や職務経験に関係なく、その時々の状態で即応できるような教材や資料作成を始めたのがいつ頃であったのか、何故そうしようとしたのか、四半世紀以上も前のことを思い起こしていたのでした。
 専任教育担当を拝命して、その職務遂行に自信が持てなかった時期であったことに間違いはないでしょう。40歳前後から40歳代半ばまでの6、7年間は、脇目もふらずに、指示されたことに対して精一杯対処していた時期でした。指示されたことしか、目に入らない状態の時期でした。
 特に、研修担当者として社員の前に立つ時には、“受講者からの質問の回答に窮してしまわないか … ”、そんなことが気になって、常に大きなストレスを感じながら落ち着かない心境の期間が続きました。集合教育機会が多かったこともあって、この状態では心身ともにもたないと思いつめた時期でもありました。一方、弱気虫は自助努力を蝕むと言い聞かせて、折れそうなプライドを支えようともしました。その僅かばかりのプライドが、ある時、あるヒントを呟いてくれたのでした。確たる自信はありませんが、そう信じています。

その日一日を振り返って、君が必要と考えた君自身のための教材集を作成してみないか。それがダメであったなら、その時に考え直してみればいいのではないか!」と。

 その呟きがきっかけとなって、その都度必要と感じた教材作り、資料作りに励むようになりました。どのような質問がきたとしても私の見解を回答できるようにするための問答集、その都度感じられる教育ニーズ解決のための日々の行動指針例、必要に迫られて作成した教材、… 目の前の課題解決のために、手当たり次第に作りまくったのでした。行き当たりばったりの毎日であったことでしょう。その当時、ワープロ技術を持ち合わせておりませんでしたから、手書き原稿を作っては、部下にワープロでの清書をお願いしました。そんな記憶も蘇ってきます。
 その癖は、将来必要となるであろうと想定した教育課題にまで発展していきました。想定した教育課題を解決するための新カリキュラムの企画立案です。この一年は、薬局長などの中間管理者向けの人材育成を主テーマとした基礎教育のカリキュラムを、試行錯誤を繰返して、考えて、掘り下げて、組み立てております。
 教材集を作り始めた頃に作成したものの一つに、『メモ習慣化の効用』(A4版1頁)というタイトルの教材があります。現在でも活用しております。メモする習慣が身についていないビジネスパーソンが多いからでしょうか。
 今回のエッセイは、最近気づいた私流のメモ効用をつぶやいてみたいと思います。効用というよりも、私の作法という表現の方がピッタリくるのですが …… 。

目の前の事とキチンと向き合うためのメモ

 “常に”ではありませんが、複数の仕事や課題が重なってしまって、かなりの時間を要すると判断した場合、その仕事や課題の一覧表をメモ風に書き出して貼り出すことにしております。メモの内容は、仕事・課題の名称、納期、優先順位などです。仕事・課題の名称は、MYメモですから私が理解できる範囲の略称で表記しております。
 作成のきっかけは、メモランダムの日本語訳である備忘録だったのかもしれませんが、それ以上に“取りこぼし絶対防止という目標必達魂を、自分自身に言い聞かせるのだ”という意思表示でした。そう決め付けて、一人悦に入って実行していた時期もありました。
この作法、最初にやり始めて以降、当り前の躾として習慣化されてしまったようです。当たり前のことですから、いつでも自然体で行なっております。
 
 ある時、パソコンに貼っていたメモを眺めながら、ふと頭をかすめたことがあります。この数年間の口癖の中でも、使う頻度の多い部類に属する口癖があります。
「先ず、目の前のことにキチンと向き合いなさい」が、それです。
 メモを眺めながら、「そうか、このメモはキチンと向き合うための意思表示なのだ」、そう思えてきたのです。
 私の仕事&課題一覧表は、目の前にある仕事をキチンと遂行する、キチンと課題を解決するのだという責任感の意思表示になっているのです。最近になってそう思えるようになったのです。

 60歳も半ばを過ぎたあたりからでしょうか。こんなことが増えたように思います。
あの時の、あの人の、あの行動は、あの意見や言動は、そういうことだったのか。…… 」
 時空を超えて分かることがあるのです。そう認識できることが増えてきたのです。それだけ、様々な経験を積み、謙虚に振り返っている結果なのでしょうか。
 私の仕事&課題一覧表作成理由も、時空を超えて気づいた『メモ習慣化の効用』の主要な一つになりました。

                                                                (2014.11.21記)

エッセイ79:「五ナイ」精神は“アオイクマ”

 明けましておめでとうございます。平成27年が幕を開けました。
 これからも、目の前の課題と向き合って、精一杯取り組む所存です。私のエッセイでは、日常生活や体験を通して気づいたことを中心に、そこから何らかの問題を投げかけ続けたいと考えております。倦まず弛まずの姿勢を堅持しながら……。本年も、宜しくお願い申しあげます。

 年初のエッセイは、五ナイ精神という私にとっての自戒精神について考えてみます。
 部下を持つ管理者向けの未活用の教材があります。1988年(平成元年)に作成しました、新任営業マネジャー教育用の教材兼手引き(マニュアル)です。所属組織で中堅クラスになった学び塾メンバーや、なかた塾の薬局長向けに手直しをしております。その教材兼手引き、『なんてったってアイドルになる具体的17ヵ条』と名付けました。
 その17ヵ条の各条文には、私の当時の未熟な心情や感情が反映されています。その時点では気づいていませんでしたが、20数年を経て、より客観的な眼で観察すれば、掲げた条文内容の原点や経緯が見えてくるのです。その原点や経緯については、別の機会に譲ることとして、その第13条を取りあげてみます。当時受講したマネジャー研修で学んだ精神と記憶しております。

「五ナイ」精神は“アオイクマ”

 先ず、手直ししました第13条をそのまま紹介しましょう。

第13条:顧客に対して「五ナイ」精神で接している人
 薬局長の頭痛のタネに、患者様やその他の顧客からのクレームがあります。例え、当方に落度が無かったとしても、苦情や抗議を受けることもあるでしょう。電話の場合には、相手の方の顔や姿勢が見えないだけに、ついつい言葉遣いや対応姿勢が粗雑になってしまう可能性も出てきます。
 そのような時に、一人ひとりが、冷静になって考えて頂きたいことがあります。考え直して頂きたいとことがあります。それは、「私たちの使命は何でしたか?」、「私たちの仕事の原点は何でしょうか?」という問いかけです。
 私たちの使命は、我が社の、私たちの仕事上のステイクホルダーに喜んで頂くことです。その上で、永続的な繁栄を実現し続けることではないでしょうか。頭痛のタネである苦情や抗議のクレームにこそ、喜んで頂くための大きなヒントが潜んでいる気がするのです。
 そこで、対人関係の鉄則とも言える「五ナイ精神」の出番です。五ナイの頭文字をとって、「アオイクマ(青い熊)」と呼んでみましょうか。

   焦らナイ/怒らナイ/威張らナイ/腐らナイ/負けナイ

 五ナイ精神は、私の自戒精神でもあります。当時、私自身に言い聞かせたのは、“負けナイ”、“腐らナイ”、そして“焦らナイ”でした。
 そして、このようなメモも残しております。どなたの言葉かは不明ですが、当時の私を支えてくれた言葉です。

  我、決してあせらず、くさらず、辛抱して平凡なことをやり続ける。
  我、不都合を人に押しつけない。相手の身になって、当り前のことをやり続ける。
  これ誠実なり。

 アオイクマは状況に応じた解釈が求められます。まだまだ未熟ではありますが、その奥が少しは見えてきたように思います。

                                                     (2015.1.5記)

エッセイ78:歴史から学ぶ人でありたい

歴史から学ぶ人でありたい

 ジャンルを問いませんが、史実を改めて調べ直したり、関連づけて考え直してすると、それまで気にも留めずに素通りしていた事柄が反転して、大いなる興味へと変わることがあります。新たな想像の世界に引き込まれるように。
 いわゆるクラシック音楽の世界の話になります。名だたる名曲の初演日を時系列で並べてみると、“あの曲とあの曲は、同じ時代に作られた曲だったのか”という驚きに出会うことがあります。
楽聖といえばベートーベンですが、最後の大作である交響曲第九番ニ短調作品125「合唱」の初演は、200年近く前まで遡ります。1824年5月のことでした。それから6年後の1830年12月に、フランスの作曲家ベルリオーズの幻想交響曲が初演されました。楽聖の死の3年後になります。現在では標題音楽の最初の傑作と評される曲ですが、当時としては最も前衛的な音楽だったそうです。
 最近、そのような事実に気づかされながら、型を重んじていた時代に作られた、形式も雰囲気も異なるシンフォニーの曲作りのきっかけは何であったのか、動機付けの要因は何であったのか、大いに興味をそそられます。
 さらに、唱歌や童謡などの子どもの歌について、それらの歴史を知る機会がありました。
 8月下旬、ある音楽会を聴きに上京しました。全国大学音楽教育学会関東地区学会主催の「うたと映像でつづる日本の子どもの歌140年歩みコンサート」です。私の大学時代の部活(東京薬科大学合唱団)の恩師が企画構成し、司会まで務めた2時間のコンサートでした。
 140年の歩みとは、子どもの歌の歴史そのものです。その歴史にはその時々の世情が深く絡まりあっていることを知りました。日本における国情やその時代背景などでしょうか。幾重にも連なる壁を乗り越えて現在があることを認識することで、今まで意識もしていなかった側面が見えてくるのです。畏敬の念を禁じえません。

 何かの本からだったでしょうか、「歴史を学ぶ人でありたい」というアドバイスを頂戴したことがあります。現在を結果と置き換えれば、結果の原因は過去にあります。過去のプロセスの中に主因が存在します。現在は過去の歴史があっての産物と言えそうです。
 ただし、気をつけて学ばなければなりません。同じ人物、出来事でも、諸説が存在することです。何が真実であったのか、その見極めが難しい場合があるのです。学ぶことは当然として、そのまま鵜吞みにして信じてしまい、思考停止で終わらぬようにしなければなりません。
 学びの教材は、その気になれば彼方此方に存在しています。そのようなことを気づかせてくれた平成26年の夏でした。

                                                                (2014.10.20記)

エッセイ77:つぶやきエッセイを生涯のライフワークに!

つぶやきエッセイを生涯のライフワークに!

 私が企画し運営する全ての教育機会(以下、いのうえ塾)では、今でも育て続けている定番カリキュラムがあります。その一つが、当日或いは翌日に、その日一日(或いは前日)の振り返りをすることです。時間の許す限りという条件付きではありますが、反復することで要点を刻み込んで確実なものにしておきたいのです。一ヵ月後に同じ質問をされても、即答できるレベルにしておきたいからです。
 振り返ることの目的や重要性は、つぶやきエッセイで何度か取りあげております。直近では、エッセイ74回「振り返ることは、心を耕すこと」にて、掘り下げた見解を申しあげております。

 振り返りの時間帯は、その日の予定カリキュラムが始まる前の時間帯が多いですね。時間確保がし易いという理由もありますが、大切なことは別のところにあります。それは、前日まで学んできた内容と当日のカリキュラムの関連性を理解してもらうことです。それは自発的動機付けを高める導火線にもなります。その日の終礼後や昼食後のスタート時に組み入れる場合もあります。
 日によって異なりますが、振り返りは40分から60分の範囲で企画しております。現実には、メインカリキュラムの進行状況によって変わりますから、内容の優先順位を決めて進めていきます。その時間帯は、ホームルーム(以下、HR)という呼び方にしております。
 HRで取りあげるテーマの中では、「初志」、「行動理論(心構え)」、「○○観(考え方)」、「行動姿勢(行動姿勢)」に関する内容が、かなりのウェイトを占めています。それも、私自身の考え方、先哲の考え方を、噛み砕いて紹介します。さらに問題提起をしながら、一人ひとりに考えて意思決定する進め方にしております。日々の取組姿勢によっては、褒めることもありますし、叱る場合だってあります。
 もう一つ重要なテーマがあります。前日(または前回)学んだ要点や着眼点の復習と理解度確認です。復習内容は、事前に伝えておく場合もあります。研修で大切なことは、重要な点を理解することであり、何が何でも覚え切ることです。回答するまでに時間を要する人には、自助力の無さを恥かしいと感じて頂く時間帯にもなります。
 1週間以上にわたる研修、年間を通した“いのうえ塾”の場合は、HRは必須の定番カリキュラムです。定番化している根拠を問われても、確たる回答を持ち合わせておりません。強いてあげれば、30年間の試行錯誤の上での経験則としか言いようがありません。

 定番カリキュラムには、“MY(マイ)新聞”や“同期の歌”などの個性を表現できる自主制作ものもあります。その中のMY新聞について紹介したいと思います。
 中学生時代に作成経験された方が多いようですね。B4判の自作新聞がMY新聞です。平成元年の新卒新入社員研修から始めました。一番の目的は、時間の経過とともに、心の押入れにしまいこまれる運命の「初志」を忘れないためです。忘れないというより、現実に流されて萎んでしまいがちの大志を、年に一度は思い出して自己動機付けしてステップアップして欲しいからです。
 初代MY新聞の作者は、50歳目前の年代になりました。本人にとって、MY新聞の価値はいかばかりなのか、確認してみたくなりました。いや、私の自己満足に過ぎないのか、私の想い違いなのか、見極める責任を感じております。

 さて、あと五日寝ると68回目のMY誕生日になります。
 何とか続けてこられましたつぶやきエッセイを、生涯のライフワークにしたいと思います。“納得できる内容が表現できるまで”という条件つきではありますが、数日前に決めました。
 今回のエッセイは、私のつぶやき宣言でした。

                                                      (2014.10.2記)

エッセイ75:教育機会におけるオリエンテーションの重要性

 7月下旬、薬学生10名を対象とした「東日本大震災から学び考える“これからの薬剤師のあり方”」というタイトルのプロジェクトが開催されました。
 運営スタッフの一員として、初日の90分間のオリエンテーション(以下、オリエン)を担当いたしました。
 今回のエッセイは、薬学生に話した“今回のオリエンを私が担当した理由”と、“オリエンの重要性は?”などを中心に、教育機会におけるオリエンの重要性をつぶやいてみましょう。

教育機会におけるオリエンテーションの重要性

 私が担当するオリエンに90分もの時間をかけることには、ハッキリとした理由があるからです。
 今回の場合は、このプロジェクトの目的と目標の達成を前提として、参加する薬学生全員の自発的やる気を引き出し、自主性を高めて取り組んで頂くことが一番の眼目になります。
 具体的には「目的(背景、理由)」、「目指す目標」、「目標実現のための心構え、行動指針」の相互理解のために、90分という時間資源がどうしても必要となるのです。現実の教育機会に眼を向けますと、参加者の自発的やる気を高めるためのあり方に、大きな問題意識と危機感を抱いておりました。

 今プロジェクトの参加メンバーは、面識の無い方がほとんどでしたから、私の自己紹介からスタートといたしました。この段階では、私の話しに興味を抱き、もっと聴きたい、と思って頂くことが重要課題となります。過去30年間の失敗経験をもとに、親近感を意識して臨みました。
 自己紹介のあとは、教員ではない私が講義する理由を、率直に申しあげました。その時の内容を、全てご紹介させて頂きます。

『私は30年近く、いくつかの異なる業種の会社で、人事教育の仕事に従事してきました。薬学生はもちろん、数千人の理系・文系の学生とも接してきました。新社会人から幹部社員に対する企業内教育を通して、試行錯誤を繰り返しながら、人材育成の能力とノウハウを積みあげてきました。
 つくづく感じているのは、“大学時代に何を学び、何を考え、何を体験してきたのか”が、一人ひとりのその後の将来にとって重要な要素であるということです。そのようなことから、人材育成という共通目標を持つ企業の教育担当と大学が連携して取り組む必要性を、長い間強く感じておりました。
 一昨年12月のことです。薬学生向け合同就職相談会において、A大学薬学部のC先生と情報交換する機会に恵まれました。以降、薬学生や薬剤師の実態、問題点、課題などについて意見交換をさせて頂きました。数回の打合せを経て、共通認識の課題解決を目指してコラボレーションすることに至りました。そして、東日本大震災の被災地薬剤師から学び考えることを優先課題と位置づけて、今回のプロジェクトが誕生しました。今回のように本質的な課題を共有しながら進めるプロジェクト的連携が、継続して定着していくことを期待しております。』

 次に、“何故、オリエンを重要視するのか?”という問題を、率直に投げかけました。このテーマを、わざわざ時間をかけて取りあげた背景は、このエッセイの本文冒頭で申しあげた通りです。

『「何故オリエンが重要なのか?」、この点を参加者全員が理解し納得することは、このプロジェクト全体の目的と目標達成のための強力な推進役となります。人材育成の仕事に携わって30年になりますが、確信に近い私の経験則です。このプロジェクトの場合、理由はいくつかありますが、今回は次の四つのことを考えて頂きたいと思います。
 先ずは、次の二つの考え方を前提条件ととらえてください。
 一つは、「参加したメンバー一人ひとりが、“何らかの成果があった”と、自主的に判定し実感出来るようにしたい」という願望です。二つ目は、「人間の行動、言動には、必ず理由や背景(体験、思い、志など)が存在する」という認識です。
 その二つの前提となる考え方を推し進めていくと、目標達成に向けてチームパフォーマンスをあげる必須要件として、次の二つのプロセスは避けて通ることが出来ない、という結論に至ります。
 「プロジェクトの目的、目標、心構え・行動指針の着眼点を理解し共有化する」、そして「可能な限り、一人ひとりの思いや考えを率直に出し合って相互理解に努める」ということです。
 皆さんは、自主的意思決定によって当プロジェクトに参加しました。そうは言っても、人間は10人10色ですから、「何となく…」、「友人に誘われて…」という理由もあるかも知れません。
 いずれにしても、今申しあげました四つの理由を意識しながら、全員が自己紹介と参加理由の発表を行って、相互理解を深めるきっかけにしたいと思います。』

 自己紹介の内容は、次のようにしました。
 ・氏名、学年、所属ゼミ、出身地・出身校、好きな食べ物、嫌いな食べ物、現在の興味、何でも一言

 全員の自己紹介が終了して、そこから本題に入りました。
 目的、目標、目標達成の心構え・行動指針の着眼点の三点について、問いかけと対話による方向づけです。目的と心構え・行動指針は、現在の社会の状況や動きなどの背景、視野拡大のためのヒントなる考え方や着眼点を提示して、考えて意思決定するような進め方を志向しました。今回のエッセイでは、目的と心構え・行動指針の着眼点の一部をご紹介させて頂きます。

 目的については、プロジェクト告知案内状に掲載した文言と、私の考える三つの視点を交えながら、共有化と相互理解に努めました。
 プロジェクトとしての目標は、いのうえ塾の定番である“MY新聞”作成、さらにプロジェクト全体の見解発表を通して、同じ薬学生との議論の輪を拡げるきっかけ作りを予定しております。
 心構え・行動指針は、主に将来を考える着眼点と方向性について問いかけました。その骨子は、以下の通りです。

  ①着眼点1:予防医療・在宅医療・身近な健康相談ステーション、自助・共助・公助
     ・抜本的な医療のあり方の見直しが迫られている。
     ・被災地薬剤師の医療活動の中に、見直しのヒントがある。
  ②着眼点2:学ぶとは何か?→ 身につけたい問題解決の思考プロセス
     ・学ぶとは、「自主的に考えること、自問自答して気づくこと、決めること」、
      そして「多様な考え方があることに気づき、先ず受け容れて考えること」。
     ・育成課題の一つが、「自主・自律・自立」の三自であり、能動的な実行力。
     ・若い内に身につけたいのが問題解決の思考プロセス。
     ・自答が正答。その自答をぶつけあって、三人寄れば文殊の知恵を実現する
  ③着眼点3:社会の実態を知ることで、多職種連携の必然性とそのあり方を学ぶ。あるとすればどのようなことなのだろうか。

 以上、あるプロジェクトの初日の一部(90分間のオリエンテーション)を、つぶやきも含めて掲載させて頂きました。
 掲載目的を再度申しあげますと、教育機会におけるオリエンテーション(或いはガイダンス)の重要性に気づいて頂きたいからです。スタート時点で、参加メンバーと推進スタッフが、目的と目標を、背景・理由を含めて共有化し相互理解することで、メンバーの自発的やる気を可能な限り引き出すことです。そのプロセスを経ることによって、新たな方向性の展望視野が拡がる可能性が、大いに期待できるのではないでしょうか。
                                                    (2014.8.25記)

エッセイ74:振り返ることは、心を耕すこと

 我が家の庭で巾を利かせているのが椿とアジサイです。
 アジサイには、日本原産と言われているガクアジサイ、そしてホンアジサイ、西洋アジサイの他にヤマアジサイなどの品種が存在するようです。
 アジサイは水が大好物です。ですから、梅雨時のシトシト降る雨の日の鮮やかさといったら、表現のしようもないくらいです。最近は品種改良が盛んで、アッと驚く花色や花模様に出会います。
 6月からのひと月半は、大いに楽しませて頂きました。数えてみましたら、百本ものアジサイが身を寄せ合いながら、それぞれが元気に枝を伸ばしています。毎年の挿し木で増えてしまったようです。
 種類の特定は難しいのですが、二十種以上はありそうです。剪定後には、今年も挿し木をしました。数年後には、花を咲かせてくれるでしょう。

 さて、最近のエッセイでは、“振り返る”ことの意義をつぶやきことが多いですね。今回も、その“振り返る”ことについてつぶやきます。

振り返ることは、心を耕すこと

 振り返ることは、客観的に自分自身を見つめ直して、自分自身の状況や心情を知る旅でもあります。そうすることで現状の姿の背景が見えてきます。つまり、現状を結果とすれば、その背景である原因との関係が、明らかになってくるのです。

 振り返ることは、心を耕すきっかけになります。
 稲作で耕すのは田んぼです。稲の出来具合は、田んぼの耕し方で決まるそうです。私が表現しております“心を耕す”ということは、自分自身の心の本性を耕すことでもあります。稲作の表現を借りれば、心の田んぼを耕すということになります。
 心の田んぼを耕すことは、自己形成そのものになります。狭い心や堅くなった心をほぐしては掘り下げて、さらに深く耕します。そうすることで、等身大の自分の姿がクッキリと見えてきます。そこに辿り着いて、新たな志や将来の目標の芽を見つけることができるのではないでしょうか。

 教育とは、自分自身の本性を知る旅のように思えてきます。そのような視点に立って考えてみると、教育機会の中で、その時々の節目において、振り返りの時間をキチンと持つことは、一人ひとりの本質を明らかにする重要なプロセスの一つと位置づけられます。振り返ることは、自分自身の本性を明らかにするきっかけの一つになるのです。

 そう思えるようになったのは、何時頃からでしょうか。ある程度の経験を積み上げた結果からでしょうか。私自身の心の幹の年輪からきているのでしょうか。
 そのような自問自答をしながら、謙虚に振り返ることで見えてくることが増えてきたことは、明らかに認識できます。見えてきたことを素直に認めながら、目の前の諸事と誠実に向き合いたいと考えるようになりました。

                                                                       (2014.8.2記)

ページ移動

to TOP

₢킹 vCoV[ TCg}bv

c