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エッセイ179:その気になれば自己啓発教材はイッパイある

 数日前になります。今年もインフルエンザワクチン(以下、ワクチン)を接種しました。初めてワクチンを接種したのは、2001年11月初旬でした。17年前のことですが、料金は3,500円だったと思います。
 それまで、年数回は風邪に罹り、毎年1回は数日間寝込んでおりました。確か45歳過ぎだったと思います。新人事制度導入という仕事を抱えていたこともあって、心身に無理を強いる日々が続いていた時期でした。インフルエンザをこじらせてしまい、肺炎と診断されたことがありました。
 その後、20数年間お世話になったK社を退職した年、そのK社で同じ仕事に携わっていた近畿在住のNさんから、核心を突いた指摘をされたことを思い出しております。「井上さん、忙しいからと言って、インフルエンザになったらシャレにならないよ!」と。それは、薬剤師有資格者でドラッグストアの人事教育責任者である私に対する、共に育んできた信頼感からくる親愛表現だったのです。転職入社一年目でしたから、“風邪で具合が悪いので休みを頂きます”と言える状況でもありません。自身の備えという視点、感染予防という観点からも、ワクチン接種を選択したのです。以来、インフルエンザとは無縁です。風邪をひいても寝込むことはなく軽い症状で済んでいます。
 接種した翌日、E森の原稿やメモ書きの整理作業を行いました。その中から、昨年(平成29年)12月23日(土)の出来事と、翌24日(日)に考えた事・教わった事を呟いてみます。

その気になれば自己啓発教材はイッパイある
 
 12月23日は天皇誕生日です。昨年は土曜日でした。午前中はお墓参り、そして正月料理用の食材の買い出しを行ないました。冬にしては穏やかな日和でしたから、12時半過ぎからウォーキングのために自宅を出ました。
 道路に出て直ぐのことです。見知らぬ通行人から“救急車を呼んでください”と急かされました。路上の真ん中で、同じ町内のMさんが、うつ伏せで倒れていたのです。顔面を強打したのか出血しており、意識も無いように感じました。その場からほんの数メートル先の信号付き十字路には、路線バスが通行できずに停車しており、慌てながら119番しました。
 見渡せば、Mさんを道路脇に運ぶ人、介抱する人、交通整理をする人、救急車誘導のために待ち構える人など、確か10名弱の居合わせた方々が、何らかの対応をされていたと思います。私と同じ年代と思しき方から20歳代前半の方まで、“今何をしなければならないのか”を、それぞれの判断で遂行されているのです。救急車の手配を終えた私は、事の次第を伝えるためにMさん宅に向かいました。家族の方をその場にお連れした時には、Mさんは既に意識を取り戻しており、警察の方が聴き取りを始めていました。救急車で運ばれたMさんでしたが、翌日に元気な姿を拝見してホッとした次第です。
 振り返って考えてみれば、いくつかのことを学び、そして感じました。
 先ず、119番した時の質問への返答に関してです。冷静であれば何ら難しくないのでしょうが、イザという時には、なかなか文言が出てこないのです。私の場合は場所でした。自宅から10㍍も離れていない場所でしたが、住所は直ぐに答えられても、質問された目安となる施設や店舗の名称がなかなか出てこないのです。普段であれば答えられても、緊急時には、そうはいかないことが分かりました。備えの引き出しが、一つ増えたと思います。
 二つ目は、自主的に交通整理をしてくれた若い男性の行動姿勢です。大学生か新社会人ほどの年令だと思います。車が通行可能なのは片側一車線だけでした。いくら交通量が少ない通りとはいえ、時間の経過とともに車が混み始めたのです。その方は、渋滞にならないよう上手にコントロールして交通整理を行っていました。警察官が到着するまでの数分間だったと思いますが、即応していた姿が何とも頼もしく感じられましたね。救急車の到着後、ある程度落ち着いた状況を見計らって、立ち去ったようです。警察の方からの質問に答えていたので気がつきませんでしたが、何とも状況対応力に優れた、清々しい若者の姿に感心させられました。

 翌24日は、日曜日のクリスマスイブでした。その日の切り抜き記事がいくつか残っていました。朝日新聞の一面には、『国連安全保障理事会における北朝鮮への新たな制裁強化決議』、『天皇陛下84歳の誕生日を祝う一般参賀(写真付き)』などが掲載されています。今でも残している記事は、『フォーラム“横断歩道、止まらない?”』(オピニオン面)、『未来ノート-202Xの君へ-体操・白井健三』(スポーツ面)、『折々のことば 971』(一面)、『窓“手紙を握って、配達ルートへ”』(社会面)の4点でした。
 私が切り抜いている記事の多くは、その時々の問題意識の網が掬い取ったものばかりです。私自身の考え方を、より幅広く、より深く、よりしなやかに、そしてより強くしてくれる教材になるのです。それ以上に、“無知の知”を明らかにしてくれます。それまで知らなかった出来事、さらには人のあり様を知るきっかけとなり、謙虚に学ぶことを促してくれる存在なのです。
 『折々のことば』は、『天声人語』や『経済気象台』とともに、視野拡大の格好の教材になります。私の固定観念に横やりを入れて、着眼点を増やしてくれます。その日は、“サンタクロースがいなければ……”でしたが、200文字前後の表現に至るプロセスに興味がつきません。見る角度によって異なる見解に、考え続ける意欲が触発されます。
 『フォーラム“横断歩道、止まらない?”』は、“日本では信号機の無い横断歩道で車が止まらない”ことを、3回シリーズで取りあげた2回目の記事でした。実は、以前から同様の問題意識を抱いていた私が7年前に呟いた内容です。相変わらずの実態を確認できましたが、コンプライアンスのケーススタディ事例の一つにしたいと考えております。
 一番心に響いた記事は、『窓“手紙を握って、配達ルートへ”』です。地元のバス会社に勤務するI子さんは、東京での大学4年間、新聞配達を続けたそうです。最後の集金の時に、配達先のUさんから手紙を渡されました。今の仕事にはつらいこともあります。そんな時に、自宅のコルクボードに貼った手紙を見つめるそうです。新社会人に対する“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”の3番目(心を込めた自筆のお礼状を出す習慣)が、直ぐに頭に浮かびました。

 こうやって書き出してみて、改めて気づかされたことがあります。それは、私たちの周りには、問題意識をチョット高めて観察すれば、自己啓発教材が散りばめられていることです。その気になれば、自問自答できるテーマ、掘り下げて考えたいテーマが、無尽蔵にあるということが分かってくるのです。
 いつ頃から新聞や雑誌の切り抜きを始めたのか、もう記憶には残っておりません。思い出せそうにありませんが、意識してスタートさせた訳ではないでしょう。小学校高学年の授業だったと思います。社会問題に関する出来事をいくつも切り抜いて、何らかの作品にしたことは覚えています。そんな時期から、興味を持った記事を切り抜いて保管していたのかもしれません。目的意識を持って切り抜きを始めたのは、昭和61年(1986年)10月以降になります。合併会社の専任教育担当を拝命した時からです。不惑の40歳を過ぎていました。切り抜いたものは、使い古しのコピー紙に糊付けをして、テーマ別にファイリングします。多い時でファイルボックス(以下、FB)20個分はありました。ここ10年間は定期的に整理整頓しておりますから、現在はスリム化して数個のFBに止めております。自己啓発教材は人それぞれでしょうが、私の場合は、新聞や雑誌の記事、書籍、録画したテレビ番組がメインでしょうか。内容でいえば、日々の社会の動きや出来事、仕事の進め方・あり方や方向性、心構えや判断基準などの考動理論、生き方や処し方につながる○○観(人生観、人間観etc)に関するモノが多いと思います。
 長年人事教育の仕事に携わって、日常の出来事の中にこそ本質的な問題が潜んでいると思うようになりました。その気になって感受性と問題意識のアンテナ感度をあげると、自己啓発の教材がイッパイあると自覚できるようになりました。その具体的な事例として、一年前の出来事を取りあげた次第です。そのあり方は人それぞれ十人十色で構いません。無知の知を素直に認めて、問題意識を働かせて自己啓発に努めたいと思います。
                                                       (2018.11.15記)

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